第七話 女帝派の産声3 ~主従の心が重なる時!~
「それにしても、とんでもない方っすね……」
思わずといった様子で、ジルベールがため息を吐いた。それから苦笑しつつ、
「でもなんか、なんでも一人でできてしまいそうで、俺たちなんて必要ないって感じもするっすね」
その言葉に、ルードヴィッヒは首を振って見せた。
「いや、あの方は、きちんと社会というものを知っているよ」
「どういう意味っすか?」
「わからないか? 確かにミーアさまは大体のことは、お一人でできてしまうだろう。特に頭脳労働に関しては誰に頼ることもなくできてしまうだろう。が、それでは国は回っていかない。それをよくご存知だ」
それもまた、ルードヴィッヒが感心するところだった。
「正直、俺は自分でできることは自分でやってしまった方が楽だと思っている。自分より劣る人間に仕事を割り振るのは気を遣う。だが、それをしなければ、組織は動いていかないんだ」
「なるほど、それで先輩や俺たちに、仕事を振ってると?」
「それだけじゃないぞ?」
「ん? どういうことっすか?」
瞳を瞬かせるジルベールにルードヴィッヒは言った。
「聞いていないか? 例の学園都市のことだ。ミーアさまは、国を動かしていく若者の育成にも興味がある。だから、セントノエルに帰る前に皇女の町に寄って行かれるそうだ。ご自分の、学園都市の様子を見るために」
横で話を聞いていた男が、口をはさんできた。
「ああ、それで思い出した。あの話は本当なのか? ルードヴィッヒ。師匠が、その学園の長になるというのは……」
「ああ、本当だ。すでに弟子の何人かも講師として呼んでいる。ミーアさまは、身分や金の有無にかかわらず、能力を持つ者には、それに相応しい教育を施されるおつもりらしい。つまりミーアさまは、我々のような存在を、学園というシステムのもとに生み出そうとされているということだ」
賢者ガルヴの師弟関係を、システム化しようとしている。それだけで、この場に集う者たちにとっては驚きだった。
ルードヴィッヒの言葉に、ジルベールは、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
「それは、うかうかしてられないっすね……。うちらの後輩が次々に現れるってわけだ」
「そうだ。能力は我々と同等の、そして恐らくは我々よりも忠誠心に厚い者たちが、だ」
帝国の叡智……巷にささやかれるそのあだ名が、決して誇張ではなかったことに、その場の誰もが言葉を失っていた。
「それで? 我々はどう名乗れば良いだろうな?」
生じた沈黙を破り、問うたのは、ここまで黙って話を聞いていたバルタザルだった。
「レムノ王国の革命軍みたいに、トレードカラーを決めてみますか? 紫の衣を着て表明したわけだから紫巾党みたいな……」
ジルの茶化すような言葉に、ルードヴィッヒはゆっくりと首を振った。
「ミーア姫殿下が自ら表明されたのだ。であれば、我々もまた、こう名乗らなければならないだろう……。女帝派、と」
「女帝派……」
ルードヴィッヒの告げた一言、それにより、その場の緊張感が一気に高まった。
「女帝派……、帝国初の女帝陛下か」
「ふふ、いいね。それは、実にやりがいがありそうだ」
こうして、ルードヴィッヒが組織した女帝派は、静かなる一歩を踏み出したのだった。
さて、帝都でルードヴィッヒが暗躍する中、ミーアはベルマン子爵領に向かって出発した。ベルマン子爵領から静海の森、ルドルフォン辺土伯領を経由して、ヴェールガ公国に向かう予定である。
帝都を発つ直前に「もう少しゆっくりしていけばいいのに……」とか「せめて、ベルちゃんは、もう少し……なんだったら、置いて行ってくれても……」などと……、ごねる父が若干ウザかったミーアである。
「というか、これ以上、ベルを置いておいたら、甘いものの食べ過ぎで太ってしまいますし……」
人は、他人のFNYはよく見えるものなのである。
そんなわけで、予定通りベルを伴っての出発である。
「うーむ……、しかし、ベルマン子爵領までも結構遠いですわね……」
馬車に揺られつつミーアは改めて思った。帝国は広いのだ。
「これは、帝都から各地に食糧を運んでいくのも面倒ですわね……。それに、食糧がないという連絡が帝都に届くまでに、そもそもの時間がかかりそうですわ」
これでは、何食かご飯を抜くことになるかもしれない……それはつらいことだ。
「……お腹が減るのはつらいこと……、あまり待たせずに届けられればよろしいのですけれど……」
前の時間軸、兵士の慰労と視察の名目で、帝国各地を回らされたミーアは、その目で見ているのだ。飢餓による惨状、人々の怒り、憎悪……。
食べ物の怒りは恐ろしい。空腹は人から冷静さを奪うものなのだとミーアはよく知っているのだ。
ルードヴィッヒの実地教育の賜物である!
「ああ、それに、ルードヴィッヒのことですから、きっと、わたくしに、細かな報告を上げてくるに違いありませんわ。そうなると、わたくしの仕事が増えてしまいますわ。なんとかできないものかしら……?」
基本的にサボることに手を抜かないミーアである。
「よくよく考えるとルドルフォン辺土伯のように、自発的に動いてくれるほうが楽ですわね。あの方の領地から食糧を運んでいただいたほうが、隣接する土地などには素早く運べるはずですし……。ふむ……。ある程度、その土地の貴族たちに、食糧供給を手伝わせるのは、一つの手ですわね……。具体的にどうすればいいかはさておき、自分の領地のことを一番知っているのは、そこの貴族であるはず……。であれば、それを利用しない手はございませんわ……。というか、そもそも、わたくしだけ働いて、連中がサボってられるなんて許せるはずがございませんわ! よし、その方向でルードヴィッヒに方策を立てていただくとして……」
今まさに奇跡的にも主と従、ミーアとルードヴィッヒの心は一つになったのだ!
……そうだろうか?
そのようなことを考えているうちに、ミーアの前に皇女の町が姿を現した。
皇女ミーアを支えるべく集う女帝派の者たち……彼らは、まだ知らない……。まとめ役の忠臣、ミーアの片腕ルードヴィッヒすら想像だにしていない。
皇女ミーアの次なる一手……。
ミーアが彼らの度肝を抜いてしまうのは、もう少し先のことだった。