第三話 ミーアパパの純情
「それはそれとして、ベル……、今日はお父さまに挨拶してもらおうと思っていたんですけれど……」
とりあえず、ベルのことはいったん棚上げしておいてから、ミーアは次の話題に移る。
「へ? ミーアおば……お姉さまの、お父さま……ですか?」
きょとりん、と首を傾げるベル。ミーアは重々しく頷いて、
「そう。現ティアムーン帝国皇帝、マティアス・ルーナ・ティアムーン陛下にですわ」
そう言っておきながら、ミーアは腕組みした。
――しかし……、よくよく考えると少し難しいかもしれませんわね……。
なにしろ、普段があんな感じでも、大帝国ティアムーンのトップである。
さすがに「自分の孫娘だから会って!」などと本当のことを言うわけにもいかないので……、そうすると、ベルはよくて一般民衆の娘。悪くすると不審者である。
「お父さまが暗殺者に命を狙われたなどという話はついぞ聞いたことがございませんから、きっとそれ相応に気を付けているはず。素性の明らかでない者と会うとは、あまり思えませんし……。さて、なんと言って誤魔化そうかしら……」
などと少々悩みつつ、ミーアは父の執務室を訪れた。
「失礼いたします。お父さま。少しよろしいでしょうか?」
「おお、ミーア! どうかしたのか?」
基本的に、ミーアの父、すなわち皇帝というのは割と多忙な人だ。けれど、食事の少し前の時間は比較的、自身の執務室でゆっくりしていることが多い。
理由はとても簡単で、状況が許すならば、彼はミーアと共に食事をしようとするためだ。そのため、御前会議やら、各月省からの報告やらは、すべて食事前にきっちりと終わるようにスケジュールが組んである。
愛娘ミーアと一緒に会話を楽しみながらする食事を、彼は、なによりも楽しみにしているのである。
……ミーア的には時々、それがウザくはあるのだが……それはそれ。
とりあえず、部屋の外にベルを待たせた上で、ミーアは父の部屋に入った。
「珍しいではないか。ミーアが自分から来るとはな。今日は、一緒にランチをできるのか?」
ミーアの姿を見た皇帝は、なんとも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ええ、それはまぁ、そうなんですけれど……。実は、今日はお父さまに会っていただきたい子がおりまして……」
「ほう。私に会わせたい者か……。ふむ……、それはもしかすると、お前が連れてきたというお友だちのことかな?」
皇帝は柔らかな笑みを浮かべて、顎をさすった。
「聞いたところでは、お前に似た顔の少女だというではないか? ちょうど見てみたいと思っていたところだ」
「あら、お耳が早いですわね。さすがはお父さまですわ」
父の反応に、ミーアは素直に感心する。
――白月宮殿に入ってくる者に関しては、すべて把握しているということかしら……。ふむ、お父さまが情報を大切にされる方だとは思っておりませんでしたわ。案外、お父さまもやりますわね……。
前の時間軸……、城に訪れていた大切なお客さまのことを、まったく把握しておらず、ルードヴィッヒにめちゃくちゃ怒られたことがあるミーアである。
事前に必要な情報を得ておくことの大切さは、身をもって知っているのだ。
けれど……、
「ふふふ、当然だ。私がミーアの交友関係を調べていないと思ったのかね? お前と同じクラスの者のみならず、馬術クラブの者も、生徒会に所属する者も、寮の隣室の者のことまで、すべて把握しているとも!」
胸を思いっきり張り、ドヤァ! 顔をする父に、ミーアは微妙に頬を引きつらせる。
「そ、そうですの。まぁ、いいですわ……。その子を紹介したいのですけれど……、ああ、ちなみに、お父さま……、突然ですけれど、隠し子などがいたりとか……、そういうことはありませんの?」
ふと思いついて聞いてみる。
もし、そういう覚えがあるんだったら"そういうこと"にできて楽ですのに……、などと安直なことを考え出すミーアである。
まぁ、貧民街で拾った少女でも、外国の貴族の娘でも、適当な身分を用意することはできるのだが、隠し子として認知させてしまったほうが、名実ともに妹として扱えて楽だなぁ、と思ったのである。が……、
「それは、絶対にあり得ぬことだ」
皇帝はきっぱりと首を振った。
「あら? なぜですの? わたくし、別に怒りませんわよ? 皇帝が世継ぎを気にするのは当然のことですし……。若かりし日にやんちゃしたとしても、わたくしは別に……」
「いや……そう言われてもなぁ……。私はお前の母以外に女を知らぬし……」
「……はぇ?」
口をぽっかーんと開けるミーアに、皇帝は、豪快な笑みを浮かべる。
「女遊びというものを覚える前に、お前の母に一目惚れしてしまったからな。わはは、思えばもう少し遊んでおけばよかったと思うよ」
――う、うーん……、これは……。お父さまの純情を聞かされたわたくしは、どう反応すればいいのかしら……?
ミーアが娘として、いささか複雑な気持ちを持て余している隙に、勝手に部屋を出て行った皇帝は……。
「ほぉ、君か。なるほど、確かにどこかミーアの面影があるな……。なに? 名前はミーアベル? なんと! 名前まで似ているではないか。ふふふ、もしも、ミーアに子どもが生まれたら、案外、君のような感じなのかもしれないな」
ミーアベルとすっかり打ち解けてしまった!
「ちょっ、お、お父さま、そんな気軽に! いくらわたくしのお友だちとはいえ、そんな簡単に受け入れないでくださいまし」
なんの疑問もなくミーアベルと打ち解けてしまう皇帝に、いささか不安になってしまうミーアである。なにしろ、混沌の蛇に限らず、ティアムーン帝国の皇帝を狙う暗殺者というのは決して少なくないはずなのだ。
けれど……、
「なぁに、ミーアと見た目がそっくりな少女だというのならば、悪い人間のはずがないからな。私が信じる理由は、それだけで十分ではないか」
さも当然、といった口調で皇帝は言った。
「じゅ、十分なんですの?」
「ああ、十分だ。何の問題もない。確かに人は外見では判断できぬものだが、ミーアに関しては違うからな。外見と内面、両方が揃わなければ、ミーアのような美しさは出てこないからな!」
わはは、と笑う皇帝に、ミーアは……、
――なんていうか、お父さますごいですわね……。
はじめて畏怖を覚えた。
――油断すると、わたくしの黄金像とか、本気で建て始めそうなのが恐ろしいところですけれど……。
同時に、なんとも言えぬ危機感をも、覚えてしまうのであった。