第二話 ミーア姫、正論を吐いてしまう
リンシャから話を聞いた翌日、ミーアは早速、ベルから話を聞くことにした。
ベルを城に呼ぶわけにはいかないからアンヌの実家に行かなければならないなぁ……、などと考えていたミーアだったが、その日は、とても寒い日だった。
外を見ると、なんと、チラチラ雪が降っていたりもした!
それを見たミーアは……、
「ふむ……。いつまでもベルのことを隠しておくわけにはまいりませんし……。せっかくの機会ですから、お父さまに紹介するのはどうかしら……?」
ふと、そんなことを思った。
「まぁ、ラフィーナさまや、シオンに居場所を作ってもらうこともできるでしょうけど。それでも、帝国の中にいさせるのであれば、お父さまに認知しておいていただくべきですわね……。それで、わたくしの義理の妹とするか……。あるいは、リーナさんと仲良しならば、イエロームーン公爵家に……でも、あそこも、毒草とかが危ないかしら……。いっそ庶民として、アンヌの家に面倒を見ていただくということもありですわね……。ふーむ……、その辺りのこともその内、話し合う必要がありますわね」
などと、いろいろと考えた末のことである。
……別に、雪を見てしまって……、寒そうだなぁ、外に出るの嫌だなぁ……、などと思ったというわけではない。思ったわけではないが、まぁ……、ミーアは雪を見た時、庭を駆け回るタイプではなく、ベッドで丸くなるタイプであることは否定のできないところではある。
とまぁそれはさておき、そんなわけで、ミーアはアンヌにお願いして、ベルを呼んできてもらったのだ。
「ふむ……、しかし、いったいベルは、どうしてそんなお金の無駄遣いをしているのかしら……?」
ベルは、ルードヴィッヒの教育を受け、アンヌやエリスに育てられたという。
「しかも、わたくしのことを、祖母として心から尊敬しているってお話でしたわ……。わたくしを尊敬しているというのならば、金貨を褒美として与えるというのは、いかにも不自然」
そのやり方はすべてを金で解決するというやり方に通じる。そして、常に金に頼ってばかりいると、必要な金額が天井知らずに上がっていってしまうことを、ミーアはよく知っている。
飢饉の際、食料を得るために、さんざん苦労してきたミーアなのである。
あるいは、ルードヴィッヒあたりならば、合理的な判断によってそういう方法を用いることもあるかもしれないが、ベルの教育上はあまり好まないのではないだろうか。
アンヌやエリスに至っては、そんなやり方をしたら怒りそうな気さえする。
つまり……、それは、誰かに教わったやり方ではなく、ベル自身が考えたやり方なのではないか。
……などと考えつつ、メイドに自分とベル、それにアンヌとリンシャの分の熱ーいお茶とお菓子の用意を指示。糖分の補給ルートをちゃっかりと用意する辺り、ミーアもだいぶ、戦術手腕が身についてきたといえるかもしれない。
今日もミーアのスイーツ戦線に異常はないのだ。
そうこうしている内に、ノックの音が聞こえた。
「失礼いたします。ミーアさま、ベルさまをお連れいたしました」
「ああ、来ましたわね……。どうぞ、お入りになって」
三人をさっさと自室に招き入れると、ミーアは愛想よく言った。
「ありがとう、アンヌ。ベルも、リンシャさんも寒かったでしょう? とりあえずお茶にいたしましょうか。お菓子を用意しておきましたわよ?」
そうして、三人をテーブルの周りへと誘う。
「わぁ! 美味しそうなケーキ! ミーアお姉さま、ありがとうございます!」
歓声を上げるベルに、ミーアは優しい笑みを浮かべるのだった。
さて、甘いお菓子とお茶で、お腹を落ち着けたミーアは改めてベルの顔を見た。
「ところで、ベル、少し小耳にはさんだのですけれど……、あなた、市場で買い物をした時に、お礼と称して金貨を渡して……、お釣りを断ったとか?」
「ミーアさま、横から失礼いたします。私も、実はお礼と言って銀貨をいただきました」
そう言って、リンシャは、それを取り出した。
「先日、森で賊に殴り倒された時に、ベルさまにいただいたものです。今まで世話になったお礼だと……。これは、お返ししますね……。私はこのような形でお礼をいただきたくはありませんし、お給金はラフィーナさまから直接いただいておりますから」
リンシャはにっこり笑って、ベルに銀貨を返した。
ミーアは、そんなリンシャの顔を見て、
――ああ、リンシャさん、ちょっぴり怒ってるんですのね……。
などと、なんとなーく察する。
……ちょっと怖かったので、あえて突っ込まず、ミーアはベルの方に目を向けた。
「それで、これはどういうことですの?」
「あ、はい。そうなんです。えっと……」
ベルはアンヌとリンシャをチラッと見てから、ミーアの耳元に顔を寄せた。
「金貨を渡した方はボクがもっと子どもだった頃に、すごくお世話になった方だったので、お礼をしておかなければって思いました。ボクにできる、一番のお礼が、金貨だったので、それでしました……」
「ベルがもっと子どもだった時……」
ミーアは腕組みしてつぶやく。
――なるほど……、つまりは帝国が内戦状態になった時に、ベルに良くしてくれたお店ということですわね……。
未来の世界においてベルは逃亡者であり、力のない子どもでもあった。誰かに優しくしてもらっても、ろくなお礼はできなかっただろう。
恩義を受けた際に、それを返したいと思うこと……、その気持ちはミーアにもよくわかるものだった。
アンヌになに一つ報いることなくギロチンにかけられたこと……、あの日の口惜しさを、未だにミーアは覚えている。
もしも、あの日……、アンヌにあげられるようなものを持っていたなら……、例えば金貨の一枚でも持っていたなら……なるほど、それを渡して恩義を返そうとしたかもしれない。
だから、決してベルに共感できないわけではない……ないのだが……。
「お金はみなに平等な価値を持ちます。自由に、その人の使いたいように使ってもらえますし、とてもわかりやすい。ボクにできる一番のお礼の形なんです」
「ベル……」
「それに、また会えるとも限りません。だから、その場その場できちんと受けた恩義を返そうってしてるんです」
ミーアは、そこでようやく知る。
ベルの深層意識に未だに根付いている焦燥感……。
その場、その場で恩義を返していくということ。それは、いつ自分がいなくなっても良いように、というベルなりの考えに基づくものなのだ。
ベルが生きてきたのは、「明日、お礼を言えばいい」と、気軽に思える世界ではなかった。
「あの時に、きちんと言っておけば……」という後悔をいくつも積み重ねる、そのような過酷な世界なのだ。
それを知ってしまったミーアは、うーむ……と思わずうなってしまう。
正直、説得する言葉が思い浮かばなかったのだ。なので、
「それでも……、わたくしは、すべてをお金で返そうというやり方には反対ですわ。お金がすべての人に等しく価値を持つ、なんでもお金で解決できるというのも誤りだと思いますわ」
ミーアにしては、至極まっとうなことを言ってしまった……極めて珍しいことである。
「そう……でしょうか?」
そしてそれを聞いたベルは、なんだか微妙に納得していない顔をするのだった。
それもまた当然の反応だっただろう。実感のこもらない借りてきた言葉では、人の心を動かすことなどできはしないのだから。
――うーん、これは困りましたわね……。
ミーアは甘いおやつをパクリと口に入れるが、生憎と都合の良い説得の言葉は思い浮かばなかった。