第百六話 月と星々のお茶会 前
月光会。
それは、ティアムーン帝国四大公爵家と皇女ミーアのみに参加が許された特別なお茶会。
エメラルダの企画立案によって始まったお茶会は、すでにセントノエル学園内で幾度か開かれていたのだが……、ただの一度もすべてのメンバーが揃ったことはなかった。
イエロームーン公爵家の娘、シュトリナが入学するまで、イエロームーンの席が空席であったことはもちろんあるのだが、それはそれとして、全員がそれぞれに忙しい身である。
すべて出席しているのはエメラルダのみで、サフィアスもルヴィも予定が合わないことがしばしばだった。
けれど、その日……。
グリーンムーン邸の一室には、三人の星持ち公爵令嬢と一人の星持ち公爵令息がそろっていた。
広い一室、その中心に据えられた円卓の周りに四人は座り、思い思いに談笑を楽しんでいた。
「しかし、まさか月光会にこんな形で全員が揃うなんて思ってもみなかったよ。この忙しい時期に召集をかけるなんて……。オレはまたてっきり、君がおかしくなったものとばかり……」
「あら、ずいぶんと失敬ね、サフィアスさん。それではまるで、私が空気を読めないみたいじゃない?」
サフィアスの軽口に、不機嫌そうに言うエメラルダ。
「いやいや、今回ばかりは私も青月の貴公子に賛同するよ。まさかミーア姫殿下の誕生祭の二日目にお茶会だなんてね……ふむ、この紅茶、美味しいね。ペルージャン産の紅茶かい?」
二人の会話を涼しい顔で聞いていたルヴィが、目の前の紅茶に口をつけて笑った。
「そのはずですわ。ラーニャ姫からの頂き物を、ミーアさまに分けていただいて……、あら? なにかしら、そのお顔は……」
「いや、なに。君も変わったな、と思ってね。緑月の姫君。ずいぶんと丸くなった」
ルヴィの指摘に、エメラルダは、はて? と首を傾げる。
「そうかしら? そのようなこともないはずですけど……、でも、そうですわね。ミーアさまの親友に相応しくあろうとは考えておりますわ」
その素直な物言いに、ルヴィは、わずかばかり瞳を見開いてから、
「なるほどなるほど。この場に集う者はみな、ミーア姫殿下と触れ合い変えられてしまったということか……。ねぇ、君もそうなのかな? 黄月の姫君」
そうして、ルヴィが視線を向けた先、静かに座っていたのは、野に咲く花のような可憐な少女だった。ふわふわの髪を揺らして、少女、シュトリナは愛らしい笑みを浮かべる。
「ええ。みなさんと同じか、もしかしたら、それ以上じゃないかしら?」
シュトリナの言葉を聞いて、
「あら? それは聞き捨てなりませんわ。私の方が軽いなどと……」
噛みつくエメラルダ。キッと、鋭い視線をシュトリナへと向ける。さらに、
「私も、そう言われるのは少し不快だね。私だってミーア姫殿下には、返しきれないほどの恩義を感じているよ」
珍しいことに、ルヴィもムッとした顔をしていた。
友情、恋愛、それぞれ別のベクトルではあっても、ミーアから受けた恩義は、二人にとって非常に大きな意味を持っているのだ。
「おいおい、なにを張り合っているんだい? もうすぐミーア姫殿下がいらっしゃるんだぞ?」
いがみ合う少女たちを見て、サフィアスは、やれやれと首を振った。
正直、女子同士の言い争いに口を挟むなど野暮なことだと、彼自身は思っているのだが……。
――まぁ、これも経験というものか。これも将来の役に立つかもしれないしね。それに、あまり騒がしくしているのも問題だからなぁ。話をするのは、あの混沌の蛇という者たちのことだろうし……。
生徒会で何度か耳にした話……、サフィアス自身は未だに半信半疑ではあるのだが……。
――ラフィーナさまもシオン、アベルの両王子も一切疑う様子はなかった。ということは、たぶん、その存在自体は確実なのだろう……。
そして、今まで生徒会だけで対処していたのを、いよいよ四大公爵家の者たちにも明かし、共に戦おうと……、ミーアはそう表明するつもりなのだと……、サフィアスはそう思っていたのだ。
――であれば、我々が仲間割れをしているわけにもいかない。ここは一枚岩になって対処しなければ、下手をすれば帝国が傾く。
自分だけが、重大な危機に関する情報を持っているのだから自分がしっかりしなければ、と……サフィアスは、いつになく気合が入っていた。
「そうですわね……私としたことが……」
サフィアスにいさめられたエメラルダが神妙な顔で頷いた。
「ああ、そうだったね。私も、少しムキになった」
ルヴィも、気持ちを落ち着けるかのように紅茶に口をつける。
「リーナも、不用意な発言でした。ごめんなさい」
シュトリナが最後に頭を下げて、その場は収まった。
それを見て、サフィアスは満足げに頷く。
――おお! オレもまとめるのが上手くなったな。生徒会でもまれているからだろうか。ふふふ、成長しているということだな!
などと、若干調子に乗ってしまうサフィアスであったが……実のところ、そういうことではなかった。なんのことはない。ミーアがこれから重大な話をすることを知っているのは、なにもサフィアスだけではなかったのだ。
エメラルダは知っている。
夏の無人島、そこで見つけた帝国の重大な秘密のことを。
ルヴィは知っている。
ミーアが数年にもわたる大規模な飢饉がやってくると予測していることを。そのために、皇女専属近衛部隊を、効率的に動けるように組織していることを。
そして、シュトリナは知っている。
自らの家を縛っていたもの。ミーアがそれを破棄してくれたことを。
みなが黙り込んだ刹那、部屋のドアが静かに開く。
「ご機嫌ようみなさま。この度は、お集まりいただき感謝いたしますわ。それでは早速、お茶会を始めましょうか」
入ってきたミーアは、ニッコリと微笑んで、言い放つのだった。