第三十六話 シャルウィーダンス?
ミーア・ルーナ・ティアムーンが、すべての学生たちの前に光臨した伝説の夜。
その始まりは、いささか不穏なものだった。
注目を集めに集めたミーアだったが、そのダンスはとても凡庸なものだった。
「……なによ、目立ってたくせに、ダンスは大したことないのね」
「……まぁ、大国のお姫さまと言ってもお子様ですし、仕方ないんじゃないかしら」
そんな嫉妬と嘲笑が入り混じった声が、会場のところどころで囁かれる。
なにしろ、せっかく苦労して着飾ってきたのに、完全に引き立て役にされてしまったのだ。ミーアと同学年の新入生たちはともかく、上級生たちにしたら面白くない話である。
面と向かっては言えないまでも、陰口、嫌味ぐらいは言いたくもなるだろう。
ミーア自身はどこ吹く風だったが……。
「そうですわ、アベル王子。なかなか、おじょうずなステップですわよ」
とても丁寧に、模範的に、アベルをリードするミーア。しかもそれを周囲には一切悟らせず、一見するとアベルのリードに任せているように見せている。
しっかりとパートナーの男子に華を持たせて、気持よく躍らせている。
見事な接待ダンス。できる女は違うのである。
そんな中で、
――これは……。
ただ一人、アベルだけは、ミーアの様子に気づいていた。
――もしかして、ミーア姫は、ボクのレベルに合わせてくれているのではないか?
同時に、彼は周囲の反応にも気づいていた。
ミーアに対して注がれる会場からの厳しい目。パーティーの主役のような登場をした彼女が、物笑いの種に転落することを嘲笑う者たちの視線。
その原因が自分にあることが、アベルは口惜しく、また、申し訳なくもあった。
――ボクを信じると言ってくれた彼女が、はずかしめを受けるなど……。
平然とした顔で踊るミーア。
自分が気にしないように、と、気遣ってくれているのだろう。それが、アベルには耐えられなかった。
そんな時、ふいにアベルの目に飛び込んできたもの、それは、この場において唯一、ミーアとつり合いが取れる人物……。
シオン・ソール・サンクランド。
彼が、ほかの女子に囲まれて談笑している姿だった。
ダンスの曲が終わったところで、アベルはミーアを連れて、シオンの方へと向かった。
「アベル王子? どちらへ?」
その問いかけに答えず、まっすぐシオンの前にやって来た彼は、
「シオン王子、頼みがある」
「どうかしたのか?」
突然のことに、シオンは少し驚いたような顔を見せた。
「ボクは少し疲れてしまってね。少し休みたいんだが、その間、姫君のお相手をお願いできるだろうか?」
「アベル王子!?」
驚愕の声をあげるミーア。だったが、そんなことには構わず、アベルはシオンを見つめる。
しばし無言だったシオンだが、
「なるほど。確かにミーア姫とはダンスにお付き合い願いたいと思っていた。よい機会だし、一曲お願いできるかな?」
「なっ!?」
ミーアは、一瞬、アベルの方に視線を向けた。
「飲み物をもらってるよ。ボクは、少し疲れてしまったから」
しばし、沈黙したミーアだったが、
「……そうですわね、では一曲だけ」
可憐な笑みをシオンに向けて、言った。
一瞬……、アベルの胸に痛みが走る。
その笑みが、先ほどまで自分に向けられていた愛らしい笑みが、自分以外に向けられるということに。
悔しさと、切なさと、嫉妬と……、さまざまな感情がごっちゃになって、叫びだしたいような衝動に襲われる。
――ボクに、力がないから……。
シオンと出会って以来、はじめて、アベルは思った。
負けたくない、と。
かつて、どう努力しようとも勝ちえない相手と思った相手に対して……。
負けたくない、諦めたくない、と。
生まれてから、ただの一度も抱いたことのない熱情が、その身を焼いているようだった。
「……次は、絶対に……ゆずらない」
唇を噛みしめ、アベルは踵を返した。
ちなみに、シオンに笑みを浮かべた時のミーアは、こんなことを考えていた。
――せっかくの機会ですし、華麗に転ばせて差し上げますわ。みんなの前で、せいぜい恥をかかれるとよろしいですわ!
正直、シオンとダンスとかまっぴらだったが、どうせしなければならないのであれば、最大限、チャンスを生かして恥をかかせてやろう、などと……。
ゲスな気持ちが、ついつい顔に出てしまったのだ。
そんな腹黒い笑顔が、可憐な笑みに見えてしまうほどに、すでにアベルの目は曇ってしまっていたのだ。彼にとっては、とても不幸な話である。
けれど、ミーアの企みは、失敗することになる。
彼女は忘れていたのだ。
シオン・ソール・サンクランド。
かの王子が、あらゆる面においてパーフェクトだということに。
ダンスの技能のみパーフェクトなミーアと違い、何から何まで出来る少年、それがシオンなのだ。
当然、そのダンスの腕前は……。
かくて、伝説の夜はクライマックスを迎える。