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第百一話 至高の色を身にまとい

 ミーア誕生祭、その始まりの日に、白月宮殿では盛大な舞踏会が催される。

 帝都ルナティアに集った大勢の貴族たちは、こぞって参加すべく、宮殿に集まってきた。

 宮殿の入り口、城門で、初めに彼らを出迎えたものは巨大なミーア雪像だった。

「ほぉ、これが噂の……」

 見上げるほどに壮大で、なおかつ細部までこだわりにこだわり抜いた芸術的一品。

 その完成度の時点で、すでに人々の目を引くのに十分な出来ではあったが……。貴族たちが感心したのは、別の点だった。すなわち……、

「これほどのものを、雪で作るとは……さすがは陛下だ」

 極めて完成度が高い彫刻を、暑くなれば溶けてしまう雪で作ろうという趣向……、これがたいそう貴族たちにはウケたのだ。

「なるほど……下手に黄金などで作っては野暮というもの。ちょっとしたことで崩れ、消えてしまうものに、これほど細工を施して労力をかけてる、ふふふ、儚くも切ない、何とも言えぬ風情がございますな」

「まさにまさに……」

 儚く消えるもの、泡と消える夢に金をかけてこそ、真の金持ちというもの。

 金を払った分の見返りを得るなど、ケチな商人のすることである。

「しかし……、このモデルとなっている姫殿下は、ずいぶんと野暮なことをおっしゃったとか……」

「さよう。民衆など捨て置けば良いのに。ずいぶんな入れ込みようとか」

 今回の誕生祭のお触れもそうだが、それ以前のミーアの行動も、彼らの目には非常識な行動に映っていた。

 貧民など放置すればよい。新月地区という住処を与えているのだから、わざわざ汚物に手を伸ばすがごとき行いをする必要はない。

 それを、自分たちから寄付を募り、病院を建てるなど無駄もいいところ。

 彼らの目には、そのように映っていたのだ。

「まぁ、未だ幼い娘なればこそでしょう。それに、帝国皇帝になるのは男児が慣例。将来的にはやはり、ブルームーン家のサフィアス殿が次期皇帝として有力かと……」

「いやいや、レッドムーン家にも男子は豊富。武門の家なれば、これからの帝国を率いていただくにも心強い」

 などと言い合う彼らの頭には、初めからミーアが帝位を継ぐという選択肢はない。皇帝の血縁、四大公爵家のいずれかの男児が帝位を継ぐものと信じて疑わない。

 古き慣習に縛られた彼らにとって、女帝の擁立など思いも寄らぬこと。皇女ミーアには、いずれ、どこぞの国にでも嫁いでもらえれば文句はない。その時までに尊き血筋の者としての常識を身に着けてもらえれば……、などと思っているのだ。

 そんな風にして、こっそりよからぬ相談を繰り広げつつ、彼らは会場に足を踏み入れた。

「ほぅ……」

 毎年のこととはいえ、そこに広がる光景に、彼らは思わず息を呑む。

 会場の真ん中に置かれた巨大な円卓。そこに並べられた料理は、帝国の姫の誕生を祝うのに相応しく、贅を極めたものであった。

 並ぶ料理は、すべて料理長が全身全霊をかけて作ったもの。精緻を極めたそれはまさに、食べる芸術品と呼んでも差し支えのないものばかりだった。

「さすがは、ミーア姫殿下の誕生晩餐会。毎回、この豪勢さには、ため息が漏れてしまいますな」

「そうですな……。いつもながら素晴らしい料理の数々……」

「先ほど食しましたが、いや、なかなか。料理長の腕の冴えといったところでしょう」

 などと、笑いあう彼らは……知らない。

 今年の晩餐会の料理が、どれほどの創意と工夫のなされたものであるのかを。

 実は、今年の料理……、ミーアの強い要望を受けた料理長が、苦心の末、例年の五分の二程度の費用で調理しているのだ。

「わたくし、安い材料で美味しいものというのが、食べてみたいんですの」

 そーんなミーアのかるーい感じのお願いを真面目に受け取り、料理長は頑張ったのだ。材料費を押さえつつ、貴族たちの舌を満足させる、それはまさに究極の一品と言える。

 もっとも……それは中央貴族の舌がアテにならないという話でもあるのかもしれないが……。

 ともあれ、料理長の一品に舌鼓を打ちつつ、彼らが談笑していると……、不意に、周辺の明かりが暗くなった。

「おお、どうしたというのだ?」

 ざわめきが、波のように広がっていった次の瞬間……っ!

「ご機嫌よう、みなさま。本日は、わたくしの誕生日をお祝いするために、いらしていただいて感謝いたしますわ」

 今宵の主役が登場した。

「お……おお、あれは……」

 その姿に誰もが、目を奪われた。

 会場の扉から現れた人物、ミーア・ルーナ・ティアムーンの、まばゆい姿に、みな度肝を抜かれていたのだ。

 まるで、仄かな輝きを放っているかのよう――否! 事実として、ミーアは輝きを放っていたのだ!

 淡く輝くは白金色の髪、ミーアが動くたび、サラリと流れては美しく煌く。ふっくら健康そうな頬も、細く華奢な首筋も、綺麗に浮き出た美しい鎖骨までもが、ことごとく、ぼんやりと光を放っている!

 そう……それはあの日、ミーアの命を救ってくれたもの……、湯けむり入浴剤の効果だった。

 今のミーアは、その身にまとう発光性の成分によって物理的に輝いているのだ。

「なんと美しい。輝くほどに美しいとはまさにこのこと……」

 などとつぶやいている者がいるが、否である。輝くほどではなく、事実として輝いているのだ。

 その上……、今日のミーアには……ほのかに大人の魅力があった!

 なぜならば……、

「あの紫色のドレスの仕立ても、実に見事ではないか……」

 貴族たちが驚いたのが、そのドレスの色合いだった。

 高貴なる紫色のドレスを、今日のミーアは身に着けていたのだ。

 普段から明るい色のドレスを着ることが多かったミーアである。昨年も、可愛らしくもどこか子どもっぽいドレスを身にまとっていた。

 ゆえに、そのドレスのセレクトは、その場の貴族たちに、ある種の衝撃を与えた。

 そうなのだ……。今日のミーアは、サラサラの髪とすべすべのお肌に加え、物理的な輝きと高貴な雰囲気までも身にまとった、まさに、文句のつけようがないお姫さまだったのである!

 だが……、その美しさに息を呑んだのも一瞬のことだった。

 貴族たちは、直後に考え始める。

 ミーアが、高貴なる色である紫色のドレスを身にまとった意味を……。

 至高の色である紫は皇帝の色。ゆえに皇女であるミーアが紫色のドレスを着たとしても不思議はない。不思議はないのだが……。

 自らの誕生祭、大勢の貴族たちを目の前にして、至高の色をまとうこと……、その裏に、どうしても彼らは意味を感じてしまう。

 それはすなわち……、自らが帝位を継がんとする、意志の表明なのではないか、と……。

 そして、彼らのその予想を裏付けるように、さらなる衝撃が待ち構えているのだった。


 ……ちなみに、ドレスの色が紫色になったことは、ここ最近のミーアの食生活と無関係ではなかった。

 そう、紫色は――収縮色!

 世の中には膨張して見える色もあれば、収縮し、縮んで見える色もある。

 それは、イエロームーン家での出来事以降、ちょっぴり食べ過ぎなミーアのために、アンヌが施したトリックアートなのだ。

「ミーアさま、実はクロエさまに聞いたことなのですが……なんでも、色の中には痩せて縮んで見える色というのがあるらしいですよ」

 などというアンヌの話に、ミーアがホイホイ乗っかっただけの話なのだが……。

 そんなトホホな真実に気づく者はただの一人もいなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >ふっくら健康そうな頬 わかりやすく言うと ぽ っ ち ゃ り 下 ぶ く れ で合ってますかね? お腹も幼児体系らしく、ぽよんと…
[一言] 輝くような美しさと言うのはなんともありふれた言葉だけれど、流石に物理的に輝いてるのは草生えますよ やーい!お前んとこの姫発光体ー!
[一言] プクプクプリンセスミーア様(*゜▽゜*) 無理に減量はしなくてもいいかな?
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