第九十九話 皇女ミーアの放蕩祭り3 ~白銀のミーア、帝都にそびえ立つ~
「あら……? あれは……」
白月宮殿においても、ミーアの誕生祭の準備は進んでいた。それはまぁ、いい。
城壁にはきらびやかに、飾り布が垂れており、そこには、でかでかとミーアの名前が書かれているのも、まぁ、いつものことといえばいつものことだ。
問題なのは……、その前。
白月宮殿と並ぶようにして立つ、白くて巨大な……、ミーア像だった!
「なっ……ぁっ!」
ミーアは、ひきつった顔で言葉を失う。
――なっ、なんですの? あれは……いったい!
さらに、
「ほら、そこの部分をもう少し削らないと、ミーアの可愛さが出ないではないか。ああ、そちらは気をつけてな。その、丸みを帯びた、ちょっぴりふくよかなところが実にミーアらしく……」
その陣頭指揮をしているのは、他ならぬティアムーン帝国皇帝、マティアス・ルーナ・ティアムーンその人だった。
最前線にてアグレッシブに奮闘する父の姿を見て、ミーアはさらに息を呑んだ。
頬がカッと熱くなるのを感じつつ、いそいそと馬車を降りるミーア。後ろの馬車からは、アベルとシオンが降りるのが見えたが、今はともかく、目の前の問題を片づけるべく動く。
ずんずん、っと歩み寄るミーア。そんなミーアの気配を察したのか、マティアスは振り返り……、
「おお、戻ったか。ミーア!」
満面の笑みを浮かべて、駆け寄ってきた。
「ご機嫌麗しゅう。陛下。ただいま戻りましたわ」
スカートをちょこん、と持ち上げて頭を下げるミーア。とりあえず、挨拶をしておく。その完全無欠な挨拶に、しかし、マティアスはものすごーく不満げな声を上げる。
「むっ! 愛しの我が娘よ。陛下などと他人行儀な。いつも通りパパと呼びなさい、パパと」
「ぱっ、普段からパパなんて呼んでおりませんわっ! お父さま、いい加減なことを言わないでくださいまし!」
ミーアは頬を真っ赤にして、思わず悲鳴を上げる。
なにしろ今のミーアは、父親と二人きりではない。
彼女の後ろには、二人の王子が控えているのだ。
ミーアが恐る恐る後ろを振り返ると……、アベルがぽかんとした顔でミーアの方を見ていた。一方、シオンは、口元を押さえて笑うのをこらえている。
――ぐ、うう、くっ、屈辱ですわ。恥ずかしい! こっ、このような辱めを受けるだなんて……。
などと思いつつも、ミーアは問いたださずにはいられなかった。
「それより、お父さま、これはいったい何なのですか……?」
震える声で、ミーアは言って、それから改めて、ソレを見上げた。
ソレ……もちろん、そびえ立つ純白のミーア像である。
「おお、これか。実はな、お前に喜んでもらいたくて用意していたのだ。雪像というらしい」
マティアスは誇らしげに像を見上げながら言った。
「過日、ベルマン子爵の訪問を受けてな。聞いたぞ? なんでも、ミーア学園には木製のミーア像を設置する予定というではないか」
「聞いてませんわ! 初耳ですわ!」
ミーアは前にベルマンが、巨大黄金像を作りたいと言っていたのを思い出す。
てっきり諦めたものとばかり思っていたが……、まさか、諦めていなかったとは……。
「それを聞いて、ぜひ、帝都にも欲しいと思っていてな。そんな折に、この雪で作る像の噂を聞いてな……調べたのだ」
実にフットワークが軽い。やる時はやる皇帝なのである。
そんなことに力を入れなくってもいいのに、と思わなくもないミーアである。
「で、ですが、帝都には雪は降っていないはずですわ……」
未だに、疑問は解消されていない。ここまでの道のりで、雪を見た記憶はなかった。
なるほど、確かに雪が降ってもおかしくはない寒さではあるし、一度雪が降れば、しばらくは溶けないであろうことは想像できる。
けれど肝心の雪自体は、しばらく降っていないはずなのである。けれど……、その疑問を受けて、マティアスは、なぜだか、得意げな顔で言った。
「ミーアが懇意にしているギルデン辺土伯に頼んで、雪を運んでもらったのだ。帝国の北方では、すでに雪が降っていたからな。積極的に協力してくれたぞ」
ギルデン辺土伯……、ガヌドス港湾国からの帰り道に、ミーアが仲間に引き入れた辺土貴族である。
――ベルマンにギルデン……うぐぬぬ……、あ、あいつら、余計なことを……。ゆ、許しませんわ!
ギリギリギリと、内心で歯ぎしりしつつ、ミーアは改めて、その『ミーア雪像』を見上げた。
それは、妖精のような格好をしたミーアを象ったものだった……なんというか、こうして見ると実になんとも、出来が良かった! 顔の造形や、髪の一本一本の作りこみなど、細かな部分にこだわりにこだわった芸術品のような逸品である。
――こんなの作れるのですわねー、芸術ってすごい……。
などと、ミーアが若干、現実逃避してしまったとしても、無理のない話だった。
しかも、ところどころが微妙に美化されていて、こう……ありていに言ってしまうと実物のミーアよりだいぶ美しくデフォルメされている。実物のミーアがギリギリ美少女だとすれば、その雪像は文句なしの美少女、かなり盛ってあるのだ。
さらにさらに、なんと言ってもでかい!己が存在を誇示するようにそびえ立つ巨大雪像は、白月宮殿の高さにも匹敵するほどの身長を持っていた。
これならば、ここにそれがあると知ってさえいれば、帝都のどこからでも、それを見ることができるのではないだろうか……。
さて……、少し想像していただきたい。ものすごく美しくデフォルメされた自分の像、そりゃーちょっと盛り過ぎと違いますか? というほどに美しく脚色を施された雪像……、しかも、城ほどの大きさのある像が、目の前にそびえ立っているのである。
その制作の陣頭指揮に立っているのが、他ならぬ父親なのである。
どう思われるだろうか……?
お年頃のミーア的には、ぶっちゃけ、ものすごーく恥ずかしかった!
――こっ、こんなの、アベルたちに見られたら、死んでしまいますわ!
これを見た人間はきっと思うだろう。
帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンは、自己アピールが激しい、ちょっぴりイタいヤツなのかな? と。しかも、その美しさを見た後で、現実のミーアを見たら、きっと生暖かい笑みを浮かべることだろう。
『あー、これがミーア姫か。まぁ、うん。えーっと、とても言いづらいけど、さすがにちょっと……盛りすぎじゃね?』
などと、思いながら……。
――こっ、こんなの二人には見せられませんわ。絶対絶対、見せられませんわ。
ミーアとしては、すぐさま踵を返して、王子二人の目を塞ぎたいところだが……、時すでに遅し。
二人の王子は、その見事な雪像を見上げて、びっくりした顔をしている。
嗚呼、いっそ空から星でも落ちてきて、世界が終わっちゃったりしないかしら? などと現実逃避モードに入ってしまうミーアであった。
……羞恥心は姫を殺すのだ。
これ以上、それを見ていることは精神衛生上よろしくない、と早々に察したミーアは話を変えるべく、マティアスに話しかける。
「んっんん、それはさておき、お父さま……」
「久しぶりなんだから、パパと呼んでくれてもいいと思うのだがな……。どうだろう?」
「お・と・う・さ・ま! 真面目に話を聞いていただきたいですわ。えーっと」
ミーアは振り返り、後ろに立っていた二人の王子たちの方に体を向けて言った。
「わたくしの同級生のアベル王子と、シオン王子ですわ。わざわざ、わたくしの誕生祭に参加するために、同行してくださったんですの」
そうして、にこにこ笑うミーア。
「むっ……」
ミーアの様子を見て、マティアスは、わずかばかり表情を厳しくした。
「そうか……。我が娘の誕生日を祝うために……な」
それから、むっつりとした顔のまま二人の王子に歩み寄り、
「遠路はるばる、よく参られた。マティアス・ルーナ・ティアムーンである」
鋭い視線を向けた。
視線を受けて、アベルは足を引き、礼の姿勢をとる。
――これが……、ティアムーン帝国の皇帝陛下、ミーアの父君か……。
その威風堂々とした態度に、アベルは小さく息を呑む。
戦士である自らの父とは、また違った雰囲気。
こちらを見定めようとするかのごとき、その鋭い視線に、自然と背筋が伸びる。
チラリとシオンの方を窺いそうになって、思わず、アベルは自分に呆れる。
――気後れするな!
挨拶の順番から行けば、レムノ王国はサンクランド王国の後……。それが順当というものだ。
大陸において、ティアムーンと並び立つ大国はサンクランド。レムノはだいぶ格が劣る。
しかも自分は第二王子。第一王子にして、王位継承権第一位のシオンよりも、格段に劣る存在で……。
――だが、それがどうした?
ミーアが信じると言ってくれたのだ。ならば、その気持ちに応えなければならない。
尻込みしている暇などないのだ。
「レムノ王国第二王子、アベル・レムノです。ミーア姫殿下とは、共に生徒会の任にあたらせていただいております。以後、お見知りおきを」
凛と顔を上げ、皇帝マティアスを見つめる。と、アベルに続くように、シオンも声を上げた。
「お初にお目にかかります、陛下。サンクランド王国第一王子、シオン・ソール・サンクランドでございます。彼と同じく、ミーア姫殿下とともに、セントノエル学園生徒会の任にあたらせていただいております」
二人の王子の挨拶を受け、マティアスは静かに腕組みをした。
――ふむ……、アベル・レムノ……。レムノ王国の第二王子か……。
マティアスは、じっくりとアベルを観察する。
――鋭い眼光、隙のない立ち姿……、騎士の趣のある少年だ。確か、レムノ王国は軍事力を強化しているとの報告があったな……。第一王子の方が剣の腕が立つという話だったが……、なかなかに凛々しい顔立ちだな。
次に、マティアスはシオンへと目を向ける。
――そして、こちらがサンクランドの第一王子。シオン・ソール・サンクランドか。華やかな容姿と隙のない姿勢。爽やかな印象を受ける少年だ。なるほど、これならば貴族の子女が放ってはおくまい。
頭の中の情報と照合していく。
そうなのだ、マティアスは近隣の有力貴族や王子たちの情報を、きちんと記憶しているのだ。
なんのためか? 決まっている。ミーアの婿探しのためだ!
――レムノ王国の第一王子は粗暴者との噂があったな。だが、見たところ、このアベルという少年には、その雰囲気はない。しかしミーアは優しい子。私のように、温厚な者を好きになるはずだ。昔は、私と結婚すると言っていたし……。
ふむ、と鼻を鳴らしつつ、マティアスはシオンの方を見た。
――ということは、ミーアの本命はこのシオン王子の方か。いや、だが、いかにも婦女子の人気が高そうな少年にミーアが飛びつくだろうか? そんな軽薄なことをミーアがするか? 否、しない。なにしろ昔は、私と結婚すると言っていたし……。もっと堅実な男を好むはずだ。
ふむ、と再び頷き、マティアスは思った。
――よしんばこの二人のうちのどちらかが、ミーアと恋仲になるにしても、あと五年、いや、十年は男を磨き、ミーアに相応しい男になってもらわねばならんな……。ミーアと釣り合いが取れるようになるのは不可能ではあっても、せめて、その足元ぐらいまでは到達してもらわなければ……。
などと……実にしょーもないことを考えつつ、腕組みするマティアスに、ミーアが横から話しかけた。
「そうですわ。お父さま、わたくし、今年の誕生祭について、とっても素敵なことを思いついたんですの」




