第九十七話 皇女ミーアの放蕩祭り1 ~食いしん坊ですか? いいえ、矜持です~
イエロームーン邸での会合を終えて後、ミーアは、帝都ルナティアへの帰路を急いでいた。
パカラ、パカラっと馬車に揺られながら、ミーアは頬杖をついて、物憂げな顔をしていた。
「あっ、ミーアさま、ほら、ルナティアが見えてきましたよ」
久しぶりの帰郷とあって嬉しげなアンヌ。そんなアンヌに笑みを向けつつも、ミーアは、ローレンツとの会話を思い出していた。
――結局、核心部分までは、まだ遠いように思えますわね……。
ローレンツの口から出てきた蛇の巫女姫なる人物……。そして、その人物が持つという蛇の聖典、地を這うモノの書。
結局、得られた情報は、そういうものが”ある”というだけの話であって、いまいち状況は進展したとは言い難かった。
ローレンツがもっと深く蛇に傾倒していれば、より多くの情報が得られたかもしれないが、最初からあまり従順でなかった彼は、巫女姫に会ったこともないのだという。
「さて、蛇のことをなんとかできるのは、いつになることやら……」
「ミーアさま?」
ふと、気づくと、すぐ目の前にアンヌの顔があった。心配そうにミーアの顔を覗き込んでいる。
「あの、ミーアさま、どうかなさいましたか?」
「ああ……いいえ、なんでも……」
慌てて、誤魔化すような笑みを浮かべかけて……、そこで思い直す。
――そう言えばアンヌにもずいぶんと心配かけてしまいましたし……。ここは素直にお話しようかしら……。
アンヌに隠し事をするのは悪いような気がしたから、ミーアは自らの心の内を話すことにした。
「イエロームーン公から、ずいぶんと大変なことを聞いてしまいましたわ……。結果、敵の大きさや得体の知れなさが際立つばかりで、ほとんど得るものがなかったな、と少し気落ちしてしまったんですの……」
「ミーアさま……」
アンヌは一瞬黙り込むが、すぐに首を振った。それから、ぐっと両手の拳を握りしめて……。
「胸を張ってください、ミーアさま。シュトリナさまは、救われました」
力強く、言った。
「ミーアさまがいなければ、シュトリナさまも、ローレンツさまも救われませんでした。だから、胸を張ってください。ミーアさまは胸を張るべきです」
その言葉に、ミーアは反射的に後ろを見た。彼女たちの馬車についてくる二台の馬車のことを。
その内、一台には、シュトリナとベルが乗っていた。
バルバラとのことですっかり消耗してしまったシュトリナ。そんな友人を励ますために、ベルが、帝都に同行することを提案したのだ。
――ふむ……、なるほど。言われてみれば確かにそうですわ。そこまで悲観するべきではないかもしれませんわね……。リーナさんを助け出せただけでも今回は良しとするべき。いいえ、むしろ、今回の目的はそれだったのですから、かえっておまけの情報まで得られたと考えるべきではないかしら……?
死んでいたかもしれない”茸馬の友”を助け出すことができたのだ。
その上、イエロームーン公爵を味方につけることができた。
彼が国外に脱出させていた、帝国貴族たちも、どうやら優秀な者たちのようだし、呼び戻すことができれば、きっと力になってくれることだろう。
これからの、大飢饉の時代に、それはなんとも心強いことだった。
――それに、美味しいタルトやクッキーも食べられましたし……欲を言えば、もう一、二枚と言わず、五、六枚食べたかったですけど……。
なんだか、気持ちがスッと軽くなるミーアである。切り替えが早いところがミーアのいいところなのだ。
「そう、ですわね……。うん、悩んでいても仕方のないことかもしれませんわ」
ミーアは笑みを浮かべて、アンヌに言った。
「ありがとう、アンヌ。少しですけど、元気が出ましたわ」
「はい。ミーアさまが落ち込まれてるのは似合いません」
「あとは……、ラフィーナさまのところに送ったバルバラさんがなにか話してくれれば……。うふふ、毎日、お説教だなんて、さぞや嫌がることでしょう……あら?」
とそこで、帝都の街並みに目をやったミーアは気付いた。
大通りには、いくつもの出店が立ち並び、町はいつも以上に華やかさを増していた。
人の数も普段より多く、賑わいが帝都一帯を包んでいるかのようだった。
「ああ……、準備が進んでますわね」
ティアムーン帝国、年末の風物詩「皇女ミーアの生誕祭」
今年も、その準備は着々と進んでいた。
全五日の日程で行われるそのお祭りは、近隣国の貴族も招待される盛大なものだ。
ミーアもいろいろな貴族に挨拶回りをしなければならない。なにしろ、誕生日の主役なので、大忙しなのだ。
以前は……、ミーアはそれをちょっぴり疎ましいものだと思っていた。
いろいろな貴族のもとを訪れて、たくさんの歓迎を受ける……、それを面倒に感じていたのだ。
けれど、今のミーアは知っている。それは、とっても贅沢なことであったのだと……。
たくさんの人に誕生日を祝ってもらって、お腹一杯美味しいものを食べるということ。
それは、とても幸せなことだったのだ。
毎日のように美味しいものを食べて、それを当たり前のことだと考えていた時には決して気付かなかったことなのだけど……。
そう、だから、ミーアがいつもたくさん食べるのは、決してミーアが食いしん坊だからではないのだ。食いしん坊だからでは決してないのだ。断じて食いしん坊だからなどではないのだ!
残すなんてことはできない、と、いつでも感謝してすべてを平らげるようにしているのである。
信念と矜持があるのだ! ……FNYリストとしての。
そんな残さず食べる主義のミーアにとって、自身の生誕祭は感謝して喜ぶべきものではあるのだが……、同時に少々悩ましいものでもあった。
なぜなら……。
――やっぱり、もったいなくはありますわね……。
ミーアは知っている。
誕生祭の時、ミーアがお呼ばれする先では、大量の余った食べ物が廃棄されているのだということを。
貴族というのは、見栄で生きるものだ。
そして、どれだけの食べ物を集め、無駄に捨てられるかというのは、その者の力と気前の良さを表すものだと考えられている。
この時期、帝国貴族たちは、みながみな、競って豪勢な宴会を催すのだ。皇女ミーアの誕生を祝うために、皇帝に、ミーアに、そして周囲の者たちに、精いっぱいのアピールをするのだ。
が……、
――そう言えば、この時に捨てた食べ物があればって、何度も思うことになりましたわね……。
ミーアは、久しぶりに、前の時間軸のことを思い出した。