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第九十一話 画竜点睛、黄金の審判皇女ミーア、降臨す

「はぇ……? んっ、んん、ふむふむ、なるほ、ど……?」

 事態の急変を前にミーアは、なんとか表情を取り繕いつつも……、

 ――ひぃいいいいっ!

 内心では悲鳴を上げていた。

 それは、思わぬ方向から飛んできた流れ矢だった。

 ローレンツの暴露、それがもたらすパラダイムシフトをミーアの嗅覚は正確に嗅ぎ取っていた。

 そうなのだ、今やこの場所は、ローレンツたちに対する裁きの場から、変容しつつあったのだ。

 問われているのは、ローレンツ、あるいはシュトリナの個人的な罪ではない。なぜなら、彼らは、直接、誰をも殺してはおらず、むしろ、蛇の手から要人を守ったのだ。

 称賛されこそすれ、そこに処罰されるべき罪はない。

 では、今、問われている罪はなにか……? ローレンツが問うていることはなにか?

 それは……、親の罪を子が負うべきなのか? という問い。

 言い換えるならば、彼が問題としているのは、彼らの親の罪、先祖の罪、呪われたイエロームーン公爵家という「一族」の罪である。

 その(とが)を、子孫であるローレンツやシュトリナが負うべきかどうか? 

 ローレンツは、ミーアに問うているのだ。

 そして……、もし仮に先祖の罪に話が及んでしまうと、困ったことになる人物がいる。

 そう……、もちろんミーアである!

 なにしろ、他でもないミーアのご先祖さまこそが、イエロームーンに罪を犯させた者であり、混沌の蛇に従うよう、段取りをつけた人間だからだ。

 イエロームーンが従犯ならば、初代皇帝は主犯である。

 ローレンツやシュトリナが従犯の子孫ならば、ミーアは主犯の子孫なわけで……。

 もはや、ミーアは無関係な第三者ではいられない。バリバリの関係者なのである。

 断罪女帝とか、ルンルンで遊んでいる余裕はもうないのだ。

 ――かっ、関係ないところから高見の見物しているつもりが、なぜこんなことに? ぐぬぬぅっ、それもこれも、すべてアホのご先祖さまのせいですわ!

 初代皇帝にひとしきり文句をつぶやきつつも、ミーアは考える。考えざるを得なくなったのだ。

 これでミーアは、意地でも彼らに重罪を科すことはできなくなった。なぜなら、ミーア自身もその責を負わされることになるからだ。

 ……というか、たぶんそんな迂闊なことをしたら、蛇が寄ってくる。

 イエロームーンに下した罰をミーア自身も受けるべきではないか? などと言って揺さぶりをかけてくるに違いない。厄介なことである。

 となれば、彼らに厳罰を科すことはできない。まぁ、もともとそうするつもりもなかったので、それはいいのだが……。

 むしろ、問題なのは逆の場合。すなわち、無罪放免とも言いづらい状況になってしまったことだ。

 ぶっちゃけた話、ミーア自身は先祖の罪なんか「知るか!」という感じである。

 親の罪とか言われても知ったこっちゃないと思っているし、シュトリナたちにもそう言ってやりたいところだが……、それを、そのまま言うわけにはいかなくなった。

 なにせ、今となってはミーア自身も関係者。

 無関係の相手に言うならばいざ知らず、自身の責任にも関係してくるこの状況において、簡単に無罪とは言えないのだ。なぜなら、「ミーアは、自分が助かりたいから、そう言った」ととられかねないからだ。

 ……そして、たぶん、そんな迂闊なことをしたら、蛇が寄ってくる。

 ――そうに違いありませんわ!

 先ほどのバルバラの意地悪そうな笑顔を思い出しながらミーアは確信していた。

 さらに……ミーアは気づいていた。自身の後ろにいるシオンやキースウッド、モニカらは、熱心にミーアに視線を注いでいることに。

 ここで、ミーアが安易に答えを出してしまったら、きっと文句が飛んでくるに違いない。

 ゆえに迂闊なことは言えない。ミーアは"誰が聞いても納得する妥当な落としどころ"を、頭をひねって考え出さなければならないのだ。

 ――う、うぐぐ……。これは難問ですわ。難問ですわよ?

 それでも、ミーアは考える。

 シュトリナたちを助けるため……、それ以上に、なにより自分に累が及ばないために。

 そうして、知恵熱で頭がクラクラし始めたところで……、ミーアはようやく口を開いた。

 裁きの大鎌を持った断罪皇女ミーアの、再びの降臨である!

「ローレンツ・エトワ・イエロームーン公爵……、話はわかりましたわ」

 そうして、ミーアは裁きの大鎌を振り上げる。振り上げた、その巨大な刃で……、

「なるほど、リーナさんも、イエロームーン公も、どちらもご自分の手を汚されたことはない、と……」

 ちまちまと、ナニカを削り始める。

 完成形である、みなが納得する妥協点を探りながら……、ちまちま、ちまちまと慎重に話を進める。その様は、さながら繊細な彫刻家のごとく。

「そのような戯言を、まさか本気で信じるおつもりですか? ミーア姫殿下」

 バルバラがガヤを入れてくるが、とりあえずスルーしておくミーア。

 ここで、ローレンツが嘘を言う意味はあまりない。

 一時、ミーアの目をごまかしたところで、破滅を先延ばしにするのみ。なんだったら、みなの心証を悪くして事態を悪化させるものでさえあるのだ。

 ゆえに……、

「ルードヴィッヒ、念のためにビセットさんから情報をもらって、その国外に逃がした者たちに連絡を取ってみてくださいまし」

「はい、すでに使者が向かっております」

「そう。さすがに準備がよろしいですわね」

 とりあえず、事の真偽は保留である。なので、そのことはとりあえず置いておくとして。

「もしも、手を汚していないというのであれば、リーナさん、そして、ローレンツ殿には、なんの罪もないと、わたくしは考えますわ」

 そこに疑問を差しはさむ余地はない。問題はそこから先……すなわち、

「けれど、イエロームーン公には……、そしてイエロームーン家には、罪なしとは言えないのでしょう」

 現に、かの家の工作により、没落した者たちがいるのだ。

 被害を受けた者たちがいるのであれば、無罪放免とは言えない。だから……。

「ローレンツ殿には、イエロームーン公爵として、当主として償う責任があると考えますわ。ゆえに……」

 ミーアは一度、そこで言葉を区切る。

 そっと瞳を閉じて、自身のこれから言うべき言葉を吟味する。

 それはさながら、完成間近の彫刻作品を見て出来栄えを確認する、彫刻家のようだった。

 それから、改めてミーアは断罪の鎌を手に取った。

 そうして、みなが納得する形を目指して、ちまちま、ちょこちょこ、彫りを再開する。

「あなたはその持てる力のすべてをもって、混沌の蛇の害を受けた者たちを救い、このイエロームーン家が被害を与えてしまった者たちに償うべきですわ」

 したり顔で言うミーア……。

 それはちょっと聞いた感じ、なにやら立派なことを言っているように聞こえる言葉だったが……。実のところ、ミーアが言ったのは「努力目標」に過ぎなかった。

 そう、努力目標……。すなわち、ミーアは残したのだ。

 「努力したけど、ここまでしか力が及びませんでした……」と言い訳する余地を。

 これならば、初代皇帝のポカを責められても問題ない。できる限りのことはやったけど、力及ばずです! と言い逃れることができる。

 自身に飛び火した際に、できる限り被害を少なくする、ミーアの妙手である。

 それに加えて……、

「そして、その償いは……しっかりとあなたの時代で終えなさい。娘であるリーナさんにまで、その咎を残すようなことがあってはいけませんわ。ええ、決して!」

 きちんと、付け足しておく! 強調しておく!

 万に一つも自分にまで累が及ばないように……。もしも、初代皇帝の罪が子孫にまで及ぶものであったとしても、それは親の代まででとどめておくべきである、と。

 娘にまで、その責任を負わせるなよ、と……。

 ちまちま、ちまちまと、裁きの鎌で削り上げたミーアの自己保身的妥協点は、今や、黄金のミーア像として、みなの前に、燦然とそびえ立っていた!

 裁きの天秤を右の手に、知恵の象徴たるスイーツを左手に持ったミーア像に、ミーアは最後の仕上げをする。

 画竜点睛、その瞳に、渾身の一削りを入れるべく、ミーアは口を開いた。

「今まで初代皇帝が……いいえ、わたくしのご先祖さまが、ご苦労をおかけしてしまいましたわ……。けれど、もはや古い盟約に縛られる時代ではございませんわ」

 そうして、ミーアは、高々と宣言する。

「あなた方、イエロームーン公爵と結んでいた呪われた盟約は、わたくし、ミーア・ルーナ・ティアムーンが破棄いたしますわ!」

 堂々たる宣言! それから、ミーアはやり切った顔で息を吐いた。

 これにより、今後、もしイエロームーン家が無茶なことをやったとしても、ミーアには何の関係もない。なにか暗殺にかかわったりしても、ミーアの知ったこっちゃないことである。

 ――ふぅ、これで一安心ですわ……。


 そうして、安堵のため息を吐くミーアをローレンツは……、瞳を感動で潤ませながら見つめていた!

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分本位で天然なところがあるバカキャラだけど、努力すれば勉強はできるし、今回も話題が変わったことを嗅ぎ取ってたり……やればできる子なんだよな。
[良い点] >そうして、ミーアは裁きの大鎌を振り上げる。振り上げた、その巨大な刃で……、 からの、一拍おいての >ちまちまと、ナニカを削り始める。 に、腹筋が一薙ぎにやられました。 >それか…
[良い点] 断罪の大鎌でちまちま着地点を彫刻する表現狂うほど好き これはむしろ現代法治社会を表す神表現では?世界的に普及するべき(割と本気)
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