表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
332/1403

第六十六話 聖夜祭当日 動き出した陰謀

 【聖夜祭当日、八鐘の刻(AM:8:00)】


 運命の一日の幕開けは、ごく静かなものだった。

 朝、もぞもぞとベッドから起きだしたミーアは、アンヌを伴い、共同浴場へと向かった。

 そこで寝汗を流し、顔を洗って、しゃきっとした顔になる。ミーアが朝からシャンとしているのは珍しいことである。

「ふむ……、こんなものかしら……?」

「ミーアさま、今日はずいぶんと気合が入っておられますね」

 ちょっぴり驚いた顔のアンヌに、ミーアはそっと微笑んだ。

「そうですわね。まぁ、今日ぐらいは……」

 それからミーアは朝食をとり、生徒会室へと向かった。

「あら、ミーアさん、ご機嫌よう」

 部屋に入ると、すぐに、ラフィーナが声をかけてきた。

「ラフィーナさま? はて……、今日はなにか生徒会の仕事がありましたかしら?」

 警備体制のチェック、祝宴の準備の進捗、島への人の出入りのチェック体制などなど……、生徒会で目を通しておくべきものには、一通り目を通していた。

 そもそも、当日に生徒会のメンバーがするべきことは、ほとんどないはずだが……。

「いえ、大丈夫よ。なにかあれば、集まっていただくことになると思うけれど……。ふふふ、あの日以来、サンテリが張り切ってくれているから、私たちのすることはないんじゃないかしら」

 ラフィーナは笑みを浮かべて言った。

「これもミーアさんのおかげね」

「そんなことはございませんけれど……」

 まったくである。ミーアは食欲に忠実に、毒キノコを食しただけなのだから。

「しかし、それではいったいなぜ、こんなところに?」

「少し、感慨に浸っていたの」

 ラフィーナは、静かで穏やかな笑みを浮かべた。

「私が、ここの主ではなくなって、もう一年が経つんだなぁって……。うふふ、なんだか、少し不思議な感じがするわ」

 それからラフィーナは、ちょこんと机の上にお尻を乗せた。ちょっぴりお行儀が悪いその仕草が、ラフィーナらしくなくって、ミーアは少し驚く。

「実はね、毎年、この日はここに来ていたの。身を清めて、聖衣に身を包む前に、気合を入れるためにね。ミーアさんは知らないかもしれないけど、結構、聖夜祭の儀式って、緊張するのよ」

「それは、心中お察しいたしますわ」

「でもね、今年は少し違うの。緊張はもちろんしているわ。だけど、その後で、みんなでパーティーをするって思うと、なんだか楽しくって……」

 それからラフィーナは、無邪気な子どもっぽい笑みを浮かべて言った。

「それじゃあ、私は行くわね。今夜の鍋パーティー、楽しみにしているわ」

 生徒会室を出て行くラフィーナを見送って、ミーアは小さくつぶやく。

「今夜……、そう、ですわね……」

 いったいなにが起こるのか……、今はわからない。だけど、鍋パーティーがある。大切な仲間たちとの楽しい時間が待っている。それに、今夜の鍋にはキノコが入っているのだ。

 絶品キノコ鍋なのだ! 絶品キノコ鍋なのだ!! 絶品キノコ鍋なのだっ!!!

 ――大丈夫。いかなる誘惑があったとしても、わたくしがセントノエル島を出るということは、ありえませんわ。

 それから、ミーアも、生徒会室を後にした。


【聖夜祭当日 十の鐘の刻(AM10:00)】


「あっ、ミーアさま!」

 祝宴の会場である大ホールの前を通りかかった時のことだった。

 ミーアは不意に、声をかけられた。

 視線を向けると、そこにはラーニャ・タフリーフ・ペルージャンの姿があった。

「ああ、ラーニャさん。ご機嫌よう……」

 愛想よく笑みを浮かべつつ、ラーニャのそばに行く。と、その目に飛び込んできたのは……

「まぁ! とっても美味しそうですわね」

 机の上に並べられたお菓子の類だった。ペルージャンの威信をかけた品ぞろえに、ミーアは思わず舌なめずりである。

 先日の反省もあってか、食べ物の近くには、ヴェールガの衛視が監視役として、厳しい視線を向けているため、つまみ食いは難しそうだが……。

「ああ、とても美味しそうですわね……」

「ふふふ、ぜひ、食べに来てくださいね。ミーアさま、お待ちしておりますから」

 ミーアは、そのお誘いに笑みを浮かべて、

「ふふふ、ラーニャさん、いつもありがとう。ペルージャンの食べ物には、いつもお世話になっていますわ。そうですわね……。できるだけ、来られるように努力いたしますわ」

 曖昧な返事をするのみだった。なぜって? なぜなら……。

 ――今夜はキノコ鍋の予定ですし……、お腹の隙間、あるかしら……?

 などと、腹(具合の)算用をするミーアである。

 なにしろ、今夜は絶品キノコ鍋なのだっ!!!!

 不安にもなろうというものである。

 それをジッと見つめていたラーニャは、ふいに机の上に置かれていたカップケーキを一つ手に取ると、スプーンとセットでミーアに渡した。

「ミーアさま、これ」

「あら? これは……」

「味見用です。どうぞ」

「? え、ええ、ありがとう?」

 小首を傾げつつも、ミーアは、ラーニャが差し出したお菓子をパクリ、と口に入れた。

「むっ! これはっ!」

「どうですか?」

「口の中でとろける旨味……、この濃厚な甘みは……、もしや、これは、甘露マロン?」

「はい。わが国で開発したマロンスイーツケーキです」

「ああ、やはり……、このこってりした甘みはマロンの甘味でしたのね。うふふ、ひさしぶりに食べましたけれど、とても美味しかったですわ」

 ミーアは、カップをラーニャに返しながら言った。

 ……ちなみに、こう聞くと、一口味見をして返したように感じるかもしれないが、この間にミーアはカップの中のケーキをペロリと完食している。

 スプーンを器用に使い、一かけらもカップには残っていない。食べ方がとても綺麗なミーアなのである。

「この調子ならば、ペルージャンは安泰ですわね。今夜の祝宴もきっと盛況だと思いますわよ」

 そうして笑みを浮かべるミーアだったが……、ラーニャは笑わなかった。

 ただ、じっとミーアを見つめてから、

「あの、美味しいもの、もっとたくさんありますよ。ミーアさま。私のところだけじゃなく、ほかのみなさんも、腕によりをかけた美味しいものを用意しています。だから……」

 ラーニャは必死な口調で言った。

「絶対に食べに来てください。ミーアさまに元気になっていただきたくって、たくさん美味しいもの用意しましたから」

 まるで、そう約束しないと、ミーアがどこかに行ってしまうと、思っているかのように……。

「ええ、わかりましたわ。そこまで言うのであれば……」

 ミーアは、ちょっぴり、キノコ鍋を食べるのをセーブすることに決めた。

 ――それに、甘いものは別腹という有名な格言もございますし、大丈夫ですわね。


【聖夜祭当日 第二 四つ鐘の刻(PM:4:00)】


 その後、一通り学園内を回った後、自室で、おとなしくしていると、不意にノックの音が聞こえてきた。

 応対に出たアンヌであったが、すぐに困り顔で戻ってきた。

「ミーアさま、申し訳ありません。少し、席を外してもよろしいですか?」

「別に構いませんけれど、どうかいたしましたの?」

「それが……、今夜の祝宴のための手が足りないとかで、お手伝いをお願いされてしまいまして……」

「ああ、今日は特別の日ですし、そういうこともございますわね。ふむ……、そういうことでしたら、問題ありませんわ。我が帝国の威信にかけて、しっかりと手腕を振るってくるとよろしいですわ」

 アンヌは、一瞬、不安そうな顔をして、

「はい、わかりました。でも、あの……ミーアさま」

 それから、なにか、言いたげな様子でいたが……。

「んっ? どうかなさいましたの?」

 ミーアの問いかけに、小さく首を振った。

「いえ。なんでもありません。それじゃあ、行ってきますね、ミーアさま」

「ええ……。あ、そうですわ。それと、もしもどこかでベルを見たら、部屋に戻ってくるように言ってくださるかしら? なんだか、今日は朝から見ていないような気がしますし……」

 ベルはミーアの一つ下の学年だ。部屋を出たら、夜まで顔を合わさないことも、よくある。なのだけど……、なぜだろう。今日は、そのことが少しだけ引っかかる。

「ベルさまですか?」

 アンヌは怪訝そうな顔をしていたが、すぐに頷く。

「わかりました。それでは、行ってまいります」

 そうして、アンヌが出て行ったのを見送ると、ミーアは、ベルのベッドに、ちょこちょこと歩み寄った。

 その下に隠してあるミーア皇女伝を取り出して、改めて中身をチェックしようというのだ。

 ――恐らく、記述は変わっていないと思いますけれど……、最後の最後にもう一度、皇女伝のチェックを……ん?

 その時だった。

 小さなノックの音が聞こえてきた。

「はて? 誰かしら? アンヌが戻ってきた……、というわけではないでしょうけれど……」

 首を傾げつつ、ミーアは、扉の方へと向かう。

 無防備に、その扉を開けようとしたミーアだったが、ふと、その足元、扉の隙間から差し込まれた一枚の紙に、視線が向く。

 そこに書かれていたのは……、


 貴女の大切な妹君、ミーアベルさまの身柄は、我々が預かりました

 ミーアベルさまの命が惜しくば、どうぞお一人で、指定の場所までお越しください。


 そんな文章で始まる、脅迫状だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この時点で全員に相談しちゃうな。 自分がヤラレタら孫は誕生しないわけだし。
[良い点] うはぁ…… 時間刻みで展開が来るとは……気合い入ってますなぁ 世界史でフランス革命のときだけ急に時系列が月単位になって、暗記に絶望したことを思い出すぜ。 ……古代は1000年単位で歴史が動…
[良い点] いいね!ベルが人質かぁ…!そうきたかー…ミーアなら助けにいっちゃいますよね…でもミーアの妹を誘拐した罪でイエロームーン家は崩壊…!いやしかしベルの存在はミーアも周囲に隠したい立場かぁ…友達…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ