第五十八話 ミーアの憂鬱(裏) ~ミーア姫、背徳の限りを尽くすことを決意する!~
さて……、周囲にさんざん心配をかけているミーアなのだが……。実のところ元気がない……、というわけではないのだ。
「ふぅ……」
などと切なげなため息を吐いているが、決して! 元気がないわけではないのだ。
なぜなら、ふぅ、とため息を吐きつつ、その手はお腹のあたりをさすっているのである。
そう、つまりは食べすぎである!
もちろん、精神的にも平常でないと言えばないのだ。
なにしろ、死期が近づいてきているのだから当然、いつもと同じというわけにはいかなかったが……。それでも、いつまでもビクビクしていても始まらないと吹っ切れていた。
――そうですわ。死を回避するための備えは、おおむねすべて済んでおりますし……。
聖夜祭の夜、すなわちミーアが死ぬはずの時間には予定通り、生徒会のパーティーを予定に入れておいた。警備も強化してもらった。やれることはやったのだから、後はもう仕方ない。
切り替えが早いのがミーアの良いところなのだ。
ではなぜ、ミーアの様子がおかしいのかと言えば、理由はとても簡単で……。
――でも……、万が一、死んでしまった時のために、悔いを残さぬようにすることも大切ですわ。どうせ死んでしまうのですから……好き勝手に生きたっていいんじゃないかしら!?
そうしてミーアは聖夜祭の日まで、この生活を謳歌することに決めたのだ。
いわゆる「明日、世界が滅びるんだったら何やったっていいじゃない!」理論である。
そうなのだ、ミーアは、刹那的に生きようと決めたのだ。
さて、そんなミーアが手始めにやり始めたこと、それが食事における贅沢である。
――美味しいところだけを食べて他を残す……。もったいないなどと言わずに、美味しいところだけ一口かじって残す……、それこそが究極の贅沢というものですわ!
お忘れかもしれないが、ミーアは一応は大帝国の姫君である。
長らく忘れていたが、贅沢の仕方はしっかりと知っているのだ。
――ふっふっふ、ああ、背徳の限りを尽くしてやりますわ! やってやりますわよー!
そうしてミーアは、実際にそれをやってみたのだ。そう……やってはみたのだが……。
――やはり、これを残すのは……ちょっとだけもったいないような……? も、もう少しだけ食べて残そうかしら……? でも、これも十分に美味しいですし……、やっぱり残すのはもったいないような……。
などと、すっかり吝嗇家が肌に馴染んでしまったミーアである。
結果、料理の美味しいところだけつまみ食いするぐらいで、ちょうどいい量になるように注文した(ちょっぴり多めに注文した)のに、それをちょこっとだけ残して平らげた上に、心配されて特別メニューまで出してもらう始末……。
その食べた量は、お腹のFNYがちょっぴり心配になるレベルであった。
さらに、肌荒れの原因もその乱れた食生活だったりする。
食生活のバランスが崩れてしまった結果、肌に如実に影響が出るようになってしまったのだ。
それはちょうど、贅沢に慣れない人が無理して美味しいものをたくさん食べてしまった結果、お腹を壊すことに似ている。
いつの間にかミーアは、贅沢ができない健康的な体になってしまっていたのだ。
「食事は、やっぱりいつも通りが一番ですわ……」
そう結論付けたミーアである。
「しかし、あと背徳の限りを尽くすとすると、ほかには……」
そうして、ミーアは考える。
まず、教室に落書きをして回るなどというしょうもないアイデアが浮かぶが、すぐに却下する。
世界が滅びると思い込んで、実際には滅びなかった時の悲劇……。その危険性をミーアはしっかりと認識しているのだ。
教室を壊して回った際、もしも、皇女伝の通りにならなかったら、せっかく生き残れたとしても、ラフィーナに別の意味で殺されるだろう。
あまり無茶はできない。
「そもそも、それって楽しくなさそうですし……。うーむ……、悪いことして楽しいって意外と難しいことですわ」
悪を為すにも勇気がいるものなのだ。ミーアの小心者の心臓では、悪行は楽しめないのである。
しばし迷った末、ミーアは、ポン、っと手を打った。
「あ、そうですわ。どうせ死んでしまうんでしたら、アベルといっぱいイチャイチャしたいですわね。馬に乗ってデートに行ったり、町を歩いたりしたいですわ!」
これは良いことを思いついた、と、ミーアはウキウキ、胸を弾ませる。
「そもそも、ここ最近のわたくしは生き残ることにばかり必死で、日々の生活に潤いがございませんでしたわ。もっと、アベルとイチャイチャしたり、キノコ狩りに行ったり、しておくべきでしたわ! 我ながら痛恨の失態、しっかりと取り戻さなければ……」
一瞬、そこでミーアは立ち止った。
「でも、アベルにも予定があるでしょうし……、連れまわしたりしたら迷惑かしら……」
しばし考え込む。けれど、
「いえ、気にする必要ございませんわ。だって、わたくしは、聖夜祭の夜に死んでしまうわけですし。好き放題にわがままやってやりますわ!」
ちょうどよい具合の「背徳を尽くす」行動を見つけて、ミーアはニンマリする。
「ふふふ、今のわたくしは無敵ですわよ!」
こうしてミーアは、刹那に生きるべく、アベルのもとへと向かったのだった。