表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
322/1472

第五十六話 愚か者で、弱虫な詐欺師の述懐

 帝都近郊、中央貴族領地群の東に位置する場所。

 イエロームーン公爵領、その領都の一角に、領主の館は建っていた。

 帝国を代表する四大公爵家のものにしては、いささか小さめなれど、それでも、一般的な貴族とは比べるべくもない大きなお屋敷。

 その中庭の、数多の花々に囲まれた庭園に、一人の男がたたずんでいた。

 年の頃は五十代の半ばといったところだろうか。その体は年相応に丸みを帯びて、腹などは、ぽんにょり突き出ている。

 どこかのFNY皇女がサボった末の姿を、思わず幻視してしまいそうになるFNY体型である。

 きょときょとと、落ち着きなく動く小さな目、その下には色濃く隈ができていた。

「……しかし、それは……、だが、ぐむ……毒キノコ……」

 ぶつぶつと何事かつぶやきつつ、その男、ローレンツ・エトワ・イエロームーン公爵は、庭園の中をウロウロと、落ち着きなく歩き回っていた。

 ふいに、こつ、こつ、という固い足音が近づいてくる。

 現れたのは老境の執事だった。姿勢正しく自らの主のそばまでやってきた執事は、恭しく頭を下げた。

「失礼いたします。お館さま」

 生真面目な呼びかけに、主たる男……ローレンツは、ビクリと肩を緊張させる。けれど、すぐに相手の正体に気づき……。

「あ、ああ……ビセットか。驚いた。ついつい考え事にふけってしまっていた……」

 バツの悪そうな笑みを浮かべるローレンツに、執事、ビセットは厳格な表情を崩さない。

「それは、ご思索にふけっておいでのところ、申し訳ございません。急ぎでご報告したきことがあり参上いたしました……。失礼ですが、もしや、昨晩からずっと、ここに?」

「う、うん、まぁ、ね。なにせ、一大事だから、悠長に寝てなんかいられないよ」

 気弱そうに言って、ローレンツはふわぁ、っと欠伸をこぼした。

「では、眠気覚ましにお茶を淹れて参りましょう。報告は、その後で……」

「ああ、すまないな……、ビセット」

 そう言って踵を返す執事に、ローレンツは深々とため息をこぼすのだった。


「しかし、お館さま。少しはお眠りになりませんと……、お体に障ります」

 戻ってきて早々、ビセットは苦言を呈した。けれどローレンツは、それに苦笑いを返すばかりだ。

「あ、ああ、そうしたいのだけどね……。私は詐欺師だからね。それも、あまり優秀じゃない詐欺師だから、欲しいものを手に入れるには知恵を絞らないといけないんだ」

 目元をぐりぐりと拳で押しながら、ローレンツは言った。

「なにせ、聖夜祭までに時間がない。頭を使える時間は限られている……」

「実は、その聖夜祭のことでご報告がございます」

 執事の言葉に、ローレンツはビクッと肩を震わせた。

「どうした? なにか、状況に変化が……」

「はい。実は、例の森にある毒キノコ……、火蜥蜴茸が、ミーア姫殿下によって発見されたとのことです」

「あー……」

 ローレンツは天を仰ぎ……、その後、気弱な笑みを浮かべた。

「まいったな……。そうか、帝国の叡智……。ミーア姫殿下とは、それほどなのか……」

 笑うしかないと言った様子で、ローレンツは言った。

「やれやれ、本当にすごいな。ミーア姫殿下は……。私など、知恵を振り絞っても、ただただ、()()()()()()()ことしかできなかったのに……。しかも、その尻拭いを娘にさせるなんて、最低なことまでやっているのに……。本当に、大したものだ……。それで、それ以降の情報は、まだ入ってきていないか? バルバラは、どうするつもりなのだろう?」

「残念ながら、不明です。ミーア姫殿下の家臣団が、なかなかに優秀なようで。それに、帝国内の風鴉が一掃されてしまったことが痛手でした」

「あ、ああ、そうだった。あれも、ミーア姫殿下がやったことか。いや、すごいな、本当に」

 首を振りつつこぼす、ローレンツのため息は深い。

「それと、どうやら、狼使いは、失敗したようにございます」

「連戦連敗じゃないか。まぁ、ミーア姫殿下の剣は優秀だという話だから、驚くには値しないだろうけど……。しかし、蛇ご自慢の“狼使い”が失敗するとは……。それはさぞや彼らも慌てているのだろうな」

「危うく討ち取られるところだったとかで……。どうやら、狼使いを一度呼び戻したいとのことですが……」

「そう……か」

 おどおどと、視線を彷徨わせつつも、ホッと安堵の息を吐くローレンツ。だったが……。

「まぁ、その決定を我々がどうこうできるわけでもなし。きちんと協力して国外に出して……」

 ふいに、その顔に真剣な色が宿る。

「呼び戻す……、方向としては……、セントノエル、ヴェールガを経由して……」

 ぶつぶつとつぶやきだしたローレンツを、ビセットは黙って見つめていた。

 そんな視線に気づいたのか、ローレンツは、再び、普段通りの気弱な笑みを浮かべた。

「しかし、いつも苦労をかけるね。君にも、そろそろ故郷が恋しいんじゃないかい? 本当なら、あの時に、彼らと一緒に帰ってもよかったんだけど……」

「あなた様から受けたご恩をお返しするまでは、帰ることはないでしょう。それに……」

 ビセットは、わずかばかり、表情を緩めて言った。

「いえ、お館さまのもとで働けることを誇りに思っております」

「お世辞はいいよ。私は、弱虫で愚か者で、嘘つきだ。だから、ちっぽけなものを手に入れるためですら……、すべての知恵を傾けなければならないんだ」

 ローレンツは、再び考え込んで……。しばらくしてから言った。

「私の頭では、とてもではないが情勢は読み切れない……。だが、セントノエルで事が起きるかもしれない。こちらも打てる手は打っておくとしようか……」

予告通り、ここまでで一区切りとします。

聖夜祭編は12月の第一月曜日からスタート……予定です。

本日、夕方ぐらいに活動報告更新します。いろいろと情報解禁があるかと思われます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 先延ばし?あれ?パパさん、ヘビを欺こうとしている?
[良い点] 漫画から知って一気に読んでしまいました…。こういう自分の弱さをわかっている人こそ厄介なんですよね…先の読めない展開、次回も楽しみです!
[一言] シュトリナパパがFNYだなんて、まさか将来的にはシュトリナさんも……? 来月からの展開を楽しみにしております!
2019/11/26 05:43 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ