第三十一話 光明
――どっどっどうすれば、どうすればいいんですの……!?
ミーアは混乱の渦中にあった。
もしシオンのダンスパートナーになどなってしまったら、これ以上ないぐらいにガッチリと、コネができてしまう。
関係が深まってしまえば、いつ間違いが起きて「革命→王国の参戦→ギロチン!!!」へのルートが開いてしまってもおかしくはない。
それはまずい、まず過ぎる。
けれど、ここでお断りしてしまえば、シオンの心証は悪くなるだろう。
さらに、断る口実として、ほかにダンスパートナーがいるなどとウソを言ったりしたら、当日までに相手を見つけることは限りなく不可能に近づいてしまう。
なにしろ「シオンの誘いを断った帝国皇女」に玉砕覚悟でパートナーの申し出をしようなんて奇特な人物がいるはずがないのだ。
八方塞がりな状況、そんな中、ミーアはなんとか起死回生の手段を模索する。
沈みゆく船にあって、逃げ道を探る小さな鼠のように、感覚を研ぎ澄ませる。
そんな時だった。ミーアの視界の端に、とんでもない光景が入ってきた。
先ほど、ハンカチを綺麗に無視してくれた少年、アベルが上級生の男子に連れられて、建物の裏に入っていったのだ。
どこか剣呑な雰囲気に、ミーアのネズミの嗅覚が鋭く反応する。
――好機到来ですわ!
「んっ? あれは……?」
どうやら、シオンの方も気づいたらしい。
「ちょっと失礼いたしますわ」
逃げ出すよい口実と、ミーアは、さっとシオンのかたわらを通り過ぎた。
「お前は……、なにをやっている?」
「ですから、お兄さま、ボクはダンスのパートナーを、と……」
答えようとしたアベルのほおを、その少年は思い切り殴りとばした。
――あら、ずいぶんと野蛮な方ですわね。アベル王子のお兄さまということは、あの方が第一王子ということかしら……?
その光景をミーアは物陰から眺めていた。
「軟弱者が……、卑屈に女にヘコヘコしやがって。誇りあるレムノの王家に連なる者ならば、もっと剣の腕を鍛えろ。そうすれば女の方が寄ってくる」
見下すように、アベルを見下ろして、
「ふん、まぁ、お前のような負け犬には、ダンスパートナーといってもロクな女が寄ってこないだろうさ。いくら情けなく、ご機嫌とりをしてもな」
――かたよってますわね、困ってる女子に声をかけることは、マナーだと思いますけど……。
ミーアは内心でちょっと呆れながら、声をあげた。
「なにをしておりますの?」
アベルとその兄は、ミーアの突然の登場に、驚いた顔をした。
「なんだ、お前は……」
不機嫌そうな声。
「今、取り込み中なんだ。お嬢ちゃん。ああ、心配しなくっても兄弟喧嘩みたいなもんだから、気にしてくれなくってもいい。だから、大人しくあっちへ行ってくれないか? な?」
そう言って、アベルの兄は顔を近づけて、真っ直ぐミーアの目をのぞきこんだ。
子どもと話す時は目線を合わせて……などという心遣いではもちろんなくって、それは、自分より年下の少女に対するあからさまな恫喝だった。
対してミーアは、
――あら、やんちゃなこと!
なんだか、微笑ましい気持ちになっていた。
ミーアの中身は、二十歳すぎの女性だ。地下牢で二年余りの時を過ごしたとはいえ、精神的に若干未成熟な部分があるとはいえ、一応は立派な大人といっていい。
しかも、革命軍の殺気立った暴徒に剣を向けられる程度の修羅場をくぐり抜けている。
本物の殺気を叩きつけられたことだってあるのだ。
対して、アベルの兄はどれだけ上級生ぶってすごんで見せても、しょせんは温室育ちの王子さま。
しかも、第一王子とは言っても、ティアムーン帝国より格が劣るレムノ王国。
――恐るるに足らず、ですわね。
ミーアは鼻でせせら笑って言った。
「なっ、なにがおかしいんだ!」
「あら失礼。ですが、あまりわたくしのダンスパートナーの顔を殴られると、わたくし困ってしまいますの」
そう言って、ミーアはつかつかとアベルのもとに歩み寄る。
どうやら、口の端を切ってしまったらしいアベルの、その口元に、そっと真っ白なハンカチを当て、笑みを浮かべる。
「もう、アベル王子。わたくしにダンスを申し込んでおきながら、それを忘れて他の女の子に優しくするから、こんなことになるんですのよ?」
「え……?」
ぽかーんと口を開くアベル。
そんな彼に構わず、ミーアはスカートのすそをちょこんと持って、
「お初にお目にかかりますわ。レムノ王国の第一王子殿。わたくしはティアムーン帝国皇女ミーア・ルーナ・ティアムーン」
上機嫌な笑顔を浮かべた。
「あなたの弟様に寄ってきたロクでもない女ですわ」




