第五十二話 …………とミーア。
三日が経ち、完全復調したミーアであったが……、再びお腹が痛くなるような出来事が待っていた。
ラフィーナからお茶会に誘われたのだ。
このタイミングでのお茶会である! これはお茶会という名目の呼び出しなのだ、ということを、ミーアは瞬時に理解した。
しかもその場には、なんと島の警備責任者であるサンテリも同席するという。
「……これは、怒られますわ……。絶対、怒られてしまいますわ!」
選挙の際に見た、ラフィーナの赤く染まった瞳を思い出し、ミーアは震え上がった。
そうなのだ、最近はすっかり油断していたが……、ラフィーナ・オルカ・ヴェールガは、基本的には怖い人なのである。
今回のように、自分勝手な振る舞いでみなに迷惑をかけて、怒られないはずがないのだ。にもかかわらず、やらかしてしまったのである。
一応、厨房の誰かが責任を問われるということは回避できたものの、それはあくまでも最低限。
咎められずにいられるはずもない。
「う、うっかり、獅子の尾を踏んでしまいましたわ……。うう、なんとか、言い訳を考えなければなりませんわ……。なんとか……」
などと、ぶつぶつつぶやきつつ、ミーアはお茶会の会場を訪れた。
奇しくもそこは、先日、鍋パーティーを開こうとしていた食堂の個室だった。
「失礼いたします、ラフィーナさま……」
部屋に入り、ミーアは少し身構える。
そこにはすでにラフィーナと元風鴉のモニカ、それに警備担当のサンテリの姿が揃っていた。
ミーアが入るや否や、険しい顔をしたサンテリがジロリとにらんできた。
――ああ……、やはりこれは楽しい話ではありませんわね……。うぐぐ、またお腹が痛くなってまいりましたわ……。
思わずお腹を押さえたミーアを見て、ラフィーナが心配そうに眉根を寄せる。
「もしかして、まだ、お腹が痛むの?」
「あ、ええ、いえ、そんなことは……」
と、途中まで言いかけて、ミーアはふと思う……。
――あ、まだ調子が悪いとか言ったら同情されて、あまり怒られなかったかもしれませんわね。それとも逆に、なんでもなかったと言っておいた方が大した被害が出なかったということになりますから、そちらの方が怒られずにいられたかしら? うう、難しい舵取りですわ。
加害者にして被害者のミーアの立場は実に微妙なのである。
わずかにうつむき、黙り込んだミーアに、ラフィーナは思いのほか優しい声で言った。
「無理せずに座って、ミーアさん。病み上がりに申し訳なかったわね。今日はお腹にいいお茶とお菓子にしたから、無理のないように食べてね」
「で、では……、お言葉に甘えて……」
ミーアは、とりあえず椅子に座って小さくため息……。それから、メイドのモニカが淹れてくれた、変わった香りの香草茶を口にする。
――ああ、とても……、落ち着きますわね……。
ほふぅ、っとため息を吐きつつも、ミーアは今日の方針を決める。
――ともかく、謝罪ですわ。今回のことは、どうにも言い逃れができぬこと。ならば、真摯に謝って謝って、謝り倒す。その中で、なんとか、切り抜ける手段を探すしかありませんわ。
かくして方針は定まった。ミーアは改めてラフィーナの方を見た。
「この度は、わたくしが勝手な行いをしてしまいまして……、なんとお詫びをすればいいか……」
それから深々と頭を下げる。
「……そうね。ミーアさん、あなたは勝手だったわ」
ミーアの謝罪を聞いて、ラフィーナは頷いた。けれど、すぐにその顔が悲しげに歪んだ。
「でも、それをさせてしまったのは、私たちの方。ごめんなさい、ミーアさん」
ともかく謝り倒してこの場を乗り切る算段だったミーアなので、この反応には、いささか虚を突かれる。
「きっとすごく悩んで、考えて、やったのよね?」
「え? あ、ええ、まぁ……」
小さく頷きつつ、考える……。
――まぁ、確かに……。ラフィーナさまたちに見つかったら止められるから、こっそり入れて、こっそり一人で食べたわけですし……。そういう点では"ラフィーナさまたちにさせられた"という考え方もできますわね……。それに、あれが毒キノコかどうか、わたくし、結構悩みましたけれど……。それが、どうしたというのかしら?
ラフィーナがなにを言いたいのか、一瞬、考えてしまうミーアであったが、次の瞬間、ピンときた!
――ははぁん、なるほど! 読めましたわ。つまり、ラフィーナさまは、わたくしがみなさんに美味しいキノコ鍋を食べてもらうために独断専行した、そのことに対して責任を感じておられるのですわね?
確かに、みなに止められないとわかっていたら、きちんとシュトリナに鑑定をお願いしていただろうし、自分が先行して味見をすることもなかった。
ミーアは目の前に活路が開けたように感じた。細く曲がりくねり、頼りない道ではあったが……。
――行くしかありませんわ……。この細い道を、全力で駆け抜けるほか、ありませんわ!
ミーアは覚悟をして、重々しく頷いてから、
「とてもとても悩みましたわ」
まずは、安直にキノコ・毒キノコを判断したのではないことをアピール! さらに!
「しっかりと、みなさまのことを考えて、やったつもりですわ」
みんなのことを考えてやりましたよー! 自分が食べたかったからじゃないですよー!! とアピール! アピール!!
そうして、情状酌量を狙っていくスタンスである。
実に姑息である!!
そうして、ちらりとラフィーナの顔を見たミーアは手応えを感じる。
――思っていたより、ラフィーナさまは怒ってなさそうですし、こっ、これはいけるんじゃないかしら!?
などと、ミーアが安堵しかけた、まさにその時……。
「まったく、面倒なことをしてくださいましたな。ミーア姫殿下」
厳しいサンテリの声が響いた。
見れば、サンテリが冷たい目でミーアをにらんでいた。
帝国内であれば、ミーアにこのような態度をとることは許されるものではないが……、残念ながらここはヴェールガ公国。聖女ラフィーナのお膝元なのだ。ミーアのわがままが通る場所ではない。
さらに言うならば、普通に考えて、ミーアの行いは咎められて当然、弁護の余地がないほどの大失態なのである。
批判は甘んじて受け入れるしかないミーアは、口をつぐんで、できるだけ反省している"風"の表情を作る。
「なるほど。恐ろしい毒キノコを見つけたのは姫殿下のお手柄。その毒キノコを把握していなかったのは、我々の落ち度でございましょう。されど、この度のあなたさまのお振舞いは、伝統あるセントノエル学園生徒会の名誉を著しく損なうものです。下手をすれば、ヴェールガとティアムーン、双方の国家的問題にもなりかねぬ事態ですぞ?」
ミーア的には、ごもっともです、としか言えない状況である。恐らくルードヴィッヒ辺りも、同じようなお小言をぶつけてきたことだろう。
一部の人間以外には、今回の事件の情報は伏せられているとはいえ……、もしミーアの父に知られていたら大変なことになっていたのだ。
ちょっとした戦争が勃発していたであろうことは、疑いようがない。
だからこそ、ミーアは肩を落として、ただただその批判を甘んじて受け入れる構え……だったのだが……。
「このセントノエル島の治安の責任を負う者として、セントノエル学園の名誉を守る者として到底看過できるものでは……」
「黙りなさい。サンテリ」
意外な方向から飛んできた声。
見れば、ラフィーナが鋭い怒りを宿した瞳で、サンテリをにらんでいた。
「あなたにはわからないのですか? ミーアさんのお考えが……」
「…………へ?」
予想外の言葉に、ぽっかーんと口を開けるサンテリ…………とミーア。
特に、ミーアの驚きは大きかった。
いったい全体、ラフィーナがなにを言い出したのかまるで理解できないミーアである。
「此度のミーア姫の行い……、それは聖人にも匹敵するもの。あなたには、それがわからないのですか?」
「…………はぇ?」
想定外の流れに、ミーアはただただ、瞳を瞬かせるのみであった。
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