第五十話 ミーア姫……投入する! そして、食べる!
かくして……、ミーアの悲願であった、キノコパーティーが始まる。
セントノエル学園の食堂には、いくつかの個室が存在している。そこに、厨房で作ったものを運び込んで食事会を催すのだ。
生徒会のみならず、事前に予約をしておけば、誰でも使うことができるようになっている。
ミーアたちが採ってきたキノコは、厨房の方に運び込まれた。そこで、専門の職員のチェックを受けた上で、鍋に入れ、煮込まれるのだ。
厨房に入ると、そこには、セントノエルの警備責任者、サンテリの姿もあった。
生真面目かつ頑固そうな眼付きで、ミーアたちの方を見つめてきてから、彼は深々と頭を下げた。
「お疲れさまです、みなさま。キノコ狩りはお楽しみいただけましたでしょうか?」
「ええ、ふふ、もう、大満足ですわ」
一同を代表して、ミーアが言った。
「そうですか。それは、島を管理する者として、無上の喜びにございます。しかも、此度は、このわたくしめも、生徒会の鍋パーティーにご招待いただきまして……。このサンテリ、恐悦至極にございます」
「いえいえ、あなたのような方がいらっしゃるから、わたくしたちは安心してこの学園で生活できているわけですから労うのは当然のこと、今日は楽しんでいっていただけると嬉しいですわ」
などと、一通りサンテリとのやり取りを終えてから、ミーアはそそくさと厨房の中を移動する。できるだけさりげなく……。目立たないように……。
「あっ、お帰りなさい、ミーア姫殿下」
と、顔見知りの厨房職員のお姉さんが話しかけてきた。
「ただいま戻りましたわ。準備、お手間をかけますわね」
愛想よく料理人たちを労うミーア。
ちなみに、たびたび厨房を訪れるミーアは、すっかり料理人たちと顔見知りになっている。
来るたびに、ささやかなつまみ食いをやらかすミーアだったが……、意外にもその評判は悪くない。
それはひとえに、アンヌが常日頃から人脈作りに励んでいるが故のことだった。
基本的にミーアは、アンヌに対してのみ、お金をケチるつもりはなかった。だから、街で気晴らしができるように、定期的にお金を渡すようにしていた。
けれど、アンヌはそのお小遣いをもらうたびに、いつも街に出て、なにこれと買ってきては、学園の職員に贈っていたのだ。ミーアからの差し入れとして。
ゆえに、ミーアはすっかり、気遣いのできる皇女殿下として知られるようになっていた。
当の本人は知らないのだが、学園に勤める平民たちからも結構な人気者になりつつあるのである。
さて、優しい笑顔で迎えてくれる料理人たちに挨拶しつつ、ミーアは、キノコが山ほど入ったかごに歩み寄った。後ろからついてきたお姉さんが、キノコの山を見て苦笑いした。
「それにしても、ずいぶんとってきましたね。これを一度の鍋料理にしてしまうのは、ちょっと大変ですね。一度では無理ですかね。ミーア姫殿下の持ってこられたキノコは、少し下処理が大変ですし……」
「ああ、そうみたいですわね……、ところで、ちなみにですけど……、これはあくまでも知的好奇心に促されて聞くのですけど、ヴェールガ茸を料理する時にはどうすればいいんですの?」
「え? ヴェールガ茸も採ってきたんですか?」
お姉さんがびっくりした様子で声を上げた。
「いえ、もちろん採ってきておりませんわ。あくまでも、知的好奇心の故の質問だと……」
「あ、そうなんですね。んー、そうですねー」
お姉さんは少し考えてから、ちょっこりと首を傾げた。
「ヴェールガ茸は美味しいですから、ちょっと洗って、二つか三つに割って煮込んだらいいんじゃないでしょうか」
「ほう……。そんな簡単でいいんですのね……。それは朗報……。あ、失礼。手が汚れてしまっておりますわね……。どこぞで、手が洗えるかしら?」
ミーアはわざとらしく、ぽこん、と手を打った。実にしらじらしい態度であるが……。
「ああ、森の中に行ったんでしたら手を洗われた方がよろしいですね。どうぞ、こちらに……」
「ちなみに、わたくしの手は繊細ですから、きれいなお水じゃないとダメなのですけど、大丈夫かしら? 食材を洗えるぐらいにキレイじゃないとダメですわよ?」
「はい、大丈夫ですよ。いつも食材を洗っている水がございますから、それをお使いください」
「そう。助かりますわ」
ミーア、にっこにこと笑みを浮かべつつ、ポケットの中にすすす、っと手を突っ込む。
――ふむ、キレイに洗って、大きめに割って鍋に入れる……。簡単なようで、なかなかに難しいですわ。
ミーアは、手を洗うふりをして、手の中に隠したキノコを洗う。丁寧に、生で食べても大丈夫なぐらいに念入りに……。それはさながら、熟練の手品師のような巧みさだった。
普段は、それほど器用でもないミーアなのだが、キノコに関してのみ、その器用さが跳ね上がっているかのようだった。やはり、キノコプリンセスとして覚醒しつつあるのかもしれない。
……キノコプリンセスってなんだろう……?
洗い終わると、ミーアはそのまま、ちらり、ちらり、視線を左右に走らせつつ、鍋に近づいていき……。もう一度、ちらりちらり……。こそこそ……。
――もっとも警戒すべきは、あのサンテリさんですわね……。あの方の目の動きを読みつつ、三……、二、一……、今っ!
刹那、ミーアは動く。その動き、まさに神速!
鍋の中に、四つに割ったキノコを投入。それから、素知らぬ顔で、そこから離れる。
ふしゅーふしゅーと、できもしない口笛を吹きながら……。
後に残るのは、なにかをやり遂げたような……得も言われぬ達成感だった。
そうして、いったん鍋から離れたミーアは、個室の方に移動する。そこでしばし談笑して後、タイミングを見計らって厨房に戻る。
最後の仕上げ作業に入るために……。
――もしも、先に見つかってしまったら、きっと食べるのを止められてしまいますわ。わたくしは、あのヴェールガ茸が本物だって知っておりますけど、きっと聞いていただけませんわね。なんとかするには、これしかございませんわ!
ミーアは、調理場にそそくさと忍び込むと、さっさと鍋に近づいた。
「あっ、ミーア姫殿下、ダメです。まだ調理中で……」
「うふふ、ただの味見ですわ。味見。一口だけ、一口だけですわ」
そう言って、ミーアはさっと鍋のふたを開けると、止められる前に真っ先に目についた白いキノコの欠片を素早く口に入れた。
もぐもぐ、こりこり……。
なんとも言えない歯応え、口に広がる瑞々しく芳しい香り……。
ミーアはうっとりと、頬をほころばせた。
「……ふむ、これは、なかなかのお味……。深みがあって、実になんとも……。ああ、やはり、とても美味し……!?」
異変は……、唐突に襲ってきた!
お腹に生まれた微妙な感覚、
ぐきゅるる……、という、なんともいやぁな音とともに、それがやってきた。
「いた……、あ、あら? なっ、お、お腹が、ひっ、いっ、いたぁっ!?」
刺すような、お腹の痛みに、ミーアはその場にしゃがみこむ。
「ひ、ひぃ、こ、ここ、これは……、あ、ダメ、ですわ……」
と同時に、喉の奥、何かが競りあがってくるような、嫌な不快感があって……。
「う、うぷ……」
強烈な吐き気と腹痛に、ミーアの意識は遠くなっていくのだった。