第四十九話 天使と、キノコアクマの囁き……
「なんにしても、いったん戻った方がよさそうですわね」
いつまでもそこにいても仕方がない、とミーアは仲間たちのもとへと戻ることにした。
ミーアたちを探していた生徒会のメンバーは、三人が戻ると一様に安堵の表情を浮かべたものの、
「実は、森の中に毒キノコを見つけましたの」
そんなミーアの言葉に、すぐに眉をひそめた。
「それは、本当なの、ミーアさん……」
中でも、最も深刻そうな顔をしていたのはラフィーナだった。
このセントノエル島で起きることに対して、ヴェールガ公爵令嬢であるラフィーナには絶対的な責任がある。
生徒会長を降りた今でも、それは変わることがない。当然、この島の警備に関わるようなことに、無関心でいられるはずもない。
「ええ、間違いありませんわ。火蜥蜴茸という、とても毒性が強いキノコですわ。赤くて、とても綺麗なキノコで……」
「まっ、まさかと思いますが、ミーア姫殿下、それを持ち帰ってきたりはしていませんよね?」
慌てた様子で、キースウッドが口を挟んでくる。
「もちろんですわ。触っただけでも、酷い目に遭うという話でしたし……」
レムノ王国の猟師、ムジクにすごい勢いで止められたことを思い出す。
きっと素手で触っていたら、大変なことになるのだろう……。
大男との相性が比較的いいミーアである。忠告にも素直に耳を傾けるのである。
「あ……ああ、そうですよね。さすがに、ミーア姫殿下でも、そんな危ないものを持ち帰ってくるなんてこと、ありませんよね」
思わず、といった様子で安堵のため息を吐くキースウッド。その様に、ミーアは微妙にムッとしつつ……、
「とっても綺麗なキノコですから、手袋があれば採ってきたところですけどね」
などと、軽めのジョークを飛ばすと……、
「ぜっ、絶対にやめてください!」
キースウッドが顔を青くして言った。
その反応を見てミーアは内心で「うふふ、ちょっぴり面白いかも……」などと悪い笑みを浮かべた。若い男をからかって遊ぶ、小悪魔ミーアである!
「ああ、思い出した。あれか……。確かに、あの時の猟師はそんな話をしていたが……」
ミーアの話を聞いていた、シオンが頷く。
「あの、そのキノコなら私も図鑑で見たことがあります。ものすごく強力な毒で食べたらもちろん、触っただけでも、そこから毒を吸い込んでしまって死んでしまうこともあるんだとか……」
クロエが横から補足してくれた。
「そう……、そんなキノコがこのセントノエルに……。この島は、毒をもつものは生えないはずなのに……」
うつむき、何事か考え込むラフィーナ。次に口を開いたのはキースウッドだった。
「だとしたら、みなで採ったキノコも危なくはないですか? 万が一ということもありますし……」
「大丈夫ですわ。そのために、リーナさんのチェックを入れていただいたわけですし。ねぇ、リーナさん?」
ミーアが話を振ると、シュトリナは小さく頷いた。
「そうですね。さっきまで採ったものは、似た種類の毒キノコはないはずですから、食べても大丈夫だと思います。でも、一応、厨房の、専門のスタッフにもチェックしていただいた方がいいと思いますけど」
「なるほど……。まぁ、専門家の方に見ていただけるなら……」
などというやり取りを見ながら、ミーアは、小さくため息を吐いた。
――ああ、せっかくヴェールガ茸を見つけましたのに……。これでは、採りに行くという感じにはなりませんわね。このまま、森から学園に帰る形になるでしょうし、森には当分、立ち入り禁止になるんじゃないかしら……。
それはとても残念なことだった。
せっかく、あんなにヴェールガ茸があったわけだし、絶品だというあのキノコを食べられないのは、とてもとても残念だった。
ふぅ、とため息を吐きつつ、ミーアは座ろうとして……、ふと気づいた……気づいて、しまった!
――あら……? あらあら? これ、は……?
自らの服にあった違和感。不自然に膨らんだポケットに、気づかぬ間に紛れ込んでいた異物、それは、崖から転がり落ちた時にたまたま紛れ込んでしまった白いキノコ……。
――これは……ヴェールガ茸……? でも、いつの間に?
先ほどのことを思い出しつつ、ミーアは首を傾げる。
――あの崖から転がり落ちた時に、ポケットの中に紛れ込んだみたいですわね……。ふむ……、しかし、これを食べるのは、やはり危険ですわね……。
白いキノコスーツを着たミーアが耳元で囁く。
『そうですわ。リーナさんは言っておりましたわ。ヴェールガ茸には、よく似た毒キノコ、偽ヴェールガ茸というのがあると……。それに、この島にだって毒キノコが生えるということは、すでに、火蜥蜴茸によって、証明されてしまっておりますし。ここは危険は冒せませんわ』
しかし、これに赤いキノコスーツを着たキノコアクマミーアが反対する。
『何を言っておりますの? せっかく見つけた絶品、ヴェールガ茸をみすみす捨てるだなんて、あり得ぬ愚行ですわ。それに、もしも、毒キノコである偽ヴェールガ茸であったとしても、少しお腹が痛くなるだけですわ』
それに、と、さらに畳みかけるようにささやくキノコアクマミーア。
『わたくしは、すでに名実ともにキノコ熟練者。なにしろ、知識に加えて、実際のキノコ狩りを経験し……あまつさえ、ヴェールガ茸を見事に見つけましたわ。そう、わたくしは、すでに、キノコプリンセスを自称してもよい程度には熟練者のはずですわ。そんなわたくしから見て、そのキノコ……どう見えるかしら?』
ミーアは改めて、その白いキノコを見つめた。じっと、その真贋を判別するかのように見つめて……。
「ふむ……これは、食べても大丈夫なやつですわ!」
ミーアの直感は早々に結論を下した。さらに、
「それに、こんな風にポケットに紛れ込むこと自体が奇跡のようなもの。これは、神がわたくしに、『やれ!』と言っているに違いありませんわ。であるならば、わたくしは天命に従うのみですわ!」
どこか遠くの方で、「奇跡はそう簡単に起こらないものですよ!」などというルードヴィッヒの声が聞こえたような気がしたが……。今のミーアには届かない。
そうして、ミーアは何食わぬ顔で、森を後にするのだった。