第四十五話 ミーア姫は揺らがない パート2
「ミーアさん、そろそろ、お昼にしない?」
そうラフィーナに声をかけられるまで、ミーアは一心不乱にキノコを採り続けていた。その鬼気迫る姿に、誰も声をかけられなかったのだ。
結果、アンヌに背負ってもらっていたカゴにはキノコが山のように入っていた。
そのうち、六割は『なんとか岩茸』という、ちょっぴりエグみの強いキノコである。二割は、苦みの強いキノコで、残りの一割が普通に食べられるものである。
微妙な戦果に、ミーアは渋い顔を見せた。ベテランキノコガイドとしては、納得のいかない戦果である。
「もう少しだけ……」
と言いかけるミーアに、ラフィーナは困ったような顔をした。
「企画を立てた者として成果を上げなければいけないという気持ちはわかるけど……、でも、ほら、アンヌさんが疲れてしまうわよ」
言われてミーアは、はたと気づく。
確かに、好き勝手にキノコを採るだけならまだしも、それを持たされているアンヌはたまったものではないだろう。
「言われてみればそうですわ……。アンヌに無理をさせてしまいましたわ」
ミーア、ちょっぴり反省する。
「ごめんなさい、アンヌ。疲れたでしょう?」
「なにをおっしゃいますか。ミーアさま、こんなの全然大したことないですよ」
朗らかに笑い、どんと胸を叩くアンヌ。それから一転、
「ですけど、私のことはともかくとして、ミーアさまは一度、休憩を取られるのがよろしいと思います。無理は禁物ですから」
ミーアを気遣うような顔をする。
それを見て、ミーアは少しだけ感動する。
――アンヌはやっぱり忠義の人ですわね……。わたくしに文句一つ言わないなんて……。
感動して……、
――アンヌは森の素人……、わたくしのような森の熟練者ではないのに、こんなに無理をして……。
感動して…………?
――この忠義に応えるためにも、精一杯、美味しいキノコ鍋を作らなければなりませんわ!
ブレないミーアの決意である。
そうしてミーアたちは、野原にやってきた。そこではすでにランチの準備ができていた。地面に敷かれた敷物には、みなが思い思いに座って楽しげに談笑している。
意外なことにミーアが口から出まかせで言ったこと、すなわち生徒会の結束を強めるという目論見は、意外なことに見事に成功していた……意外なことに!
共に料理を作ることで、結束を強めた男子チーム。特に、今までは微妙に距離があったサフィアスは、見事にその中に溶け込んでいた。
女子チームの方も、森の中の楽しい雰囲気ですっかり盛り上がっている。
「こういうのも悪くないですわね」
それを見たミーアも、なんだか楽しくなってきた。言うまでもないことではあるが、前の時間軸、こんな風に楽しく森でランチタイムを過ごしたことなど、一度もなかった。
「そうね。貴族も平民もなく、みんなで野原に座ってサンドイッチを食べる……。さすがはミーアさん、とっても素敵なランチタイムだわ」
すぐそばでは、ラフィーナがなにやら感動した様子で微笑んでいた。
「ミーアお姉さま、こっち、こっちです」
そんな時、ベルの呼ぶ声が聞こえた。誘われるがままにミーアは敷物の上に腰を下ろした。
ちなみに隣にはアベル。反対側にはシオンが座っている。
両手にイケメン状態である。
我が世の春を謳歌するミーアである!
……もっとも、お忘れかもしれないが、その格好は微妙に残念なキノコルックである。
両側にイケメン王子を従えたキノコ姫ミーアなのである!
ちなみにちなみに、シオンの隣はベル、その隣がシュトリナになっている。
ベルはベルで、ちゃっかりご満悦であった。
「そちらの戦果はどうだったんだ? ミーア。帝国の威信は保たれたかな?」
座るや否や、シオンが話しかけてくる。珍しく、おどけた様子のシオンを見て、ミーアは微笑ましい気持ちになった。
――うふふ、いかにシオンといえど、しょせんはまだまだ子ども。この程度ではしゃぐなんて、とんだお子さまですわ!
自身のことは棚上げにしつつも、ミーアは挑戦的な笑みを浮かべる。
「ふふふ、まぁ、少なくともサンクランドには負けませんわよ、シオン」
「そうかな? あまり大口を叩かないほうがいいと思うが……」
そう言ってシオンが視線を向けた先……、そこにはかごいっぱいに入ったキノコの山があった。しかもミーアの記憶が正しければ、シュトリナが「美味しいキノコだ」と言っていたものばかりである。
ミーアはぐぬ、っと唸りつつ、自らのキノコの山を見た。ミーアの記憶が正しければ、シュトリナが「食べられないことはない」と言っていたものばかりである。
「……勝負はまだ……、まだまだ、これからですわ」
絞り出すように、負け惜しみを言うミーア。それを見て、シオンは楽しげに笑って、
「ふふ、そうだな。しっかりと英気を養って、午後の時間に備えるとしよう」
余裕の態度で言った。
と、そんなやり取りをしているミーアの目の前に、すっと水の入ったグラスが差し出された。
「お疲れさま。ミーア。その格好では暑かったのではないかね?」
「まぁ、アベル、ありがとう。助かりますわ」
確かに、全身を覆う服は、少しばかり暑かった。汗をぬぐいつつ、アベルからもらった水を口にする。
冷たい水が喉を潤す感覚に、ミーアは、はふぅっと小さく息を吐いた。
――自分では意識してませんでしたけど、疲れてたみたいですわね。お昼はゆっくり休まないといけませんわ。
などと思いつつ、ミーアは改めて目の前に並べられた料理に目をやった。
――それはさておき……、ふむ、男子たちのお手並み拝見と行きますわよ。
まるで、親の仇でも見るかのように、ミーアは鋭い視線でサンドイッチを観察。
「では、さっそくいただきますわね」
そう言いつつ、サンドイッチを手に取った。
――ふむ、形はごく常識的なもの……。普通にパンの形ですわね……。独創性が足りませんわ。減点。
などと、偉そうに評しつつ、ミーアはパンをちぎって口に入れる。
「ふむ……、なかなか美味しいパン生地ですわ。このしっとりした甘味が実に素敵ですわね……」
基本的に、お子さま味覚なミーアである。甘いものは無条件に美味しいものと認識してしまうのである。
「はは、おほめにあずかり光栄だな」
爽やかな笑みを浮かべたのは、シオンだった。
「……そういえば、パン生地を練ったのは、シオンでしたわね」
「さすがですね、ミーアお姉さま!」
歓声を上げるベルに、ミーアは冷めた目を向ける。
――まったく、ベルのミーハーぶりにも困ったものですわ。まぁ、確かに美味しいですけれど、でも、それはしょせんパンの味に過ぎませんわ。わたくしが食べているのは、サンドイッチ。そう、中身とパン生地の調和こそが大事。その完成度が問題ですわ!
などと……小生意気な評論家めいたことを思いつつ、今度は中身ごと、サンドイッチを口に入れる。
瞬間っ! カッとミーアの瞳が見開かれた。
――う…………、うまぁ!
しゃくり、という葉野菜の音、と同時に口の中に広がるのはコクのある卵焼きの味。まろやかな酸味を持つホワイトクリームと、塩気の効いた燻製肉の香ばしさが口の中に広がり……、
――な、なぜ、初めてでこんな味が出せますの? ズルいですわ……。
「どうだろうか? 精一杯、頑張って作ったつもりだが……」
ふと顔を上げると、アベルが不安そうな顔で見つめていた。少し視線を動かせば、シオンも、キースウッドも、サフィアスも、ミーアの感想を待つかのように、ジッと待っていた。
それを見て、ミーアは、敗北を悟った。
そう、乙女力に勝った負けたとか……、そういうことはどうでも良かったのだ。
今日のこの日を素直に楽しめている彼らの勝ちは、ミーアの目には明らかで……。
だから……、
「……美味しい。とっても美味しいですわ」
ミーアは素直に感想を口にする。それを聞いて誇らしげに笑みを浮かべあう男子チーム。
そんな彼らがちょっぴりうらやましいミーアである。そして、
――美味しいものを作ってくれたみなさんのためにも、やはり、美味しいキノコ鍋を食べていただかなければなりませんわね。絶品キノコを探しに行く必要がございますわ!
少しもブレないミーアの決意なのである!