第四十一話 怪奇! キノコ皇女!
さて、ランチのサンドイッチ作りも無事に終わり、キノコ狩りの準備は整った。
生徒会のメンバーは各々準備を整えて、学園の校門のところに集合した。
残るは生徒会長、ミーアを待つのみというところで……。彼らは――――見たっ!
遠くから接近してくるシルエット……、その形は、まさしく…………キノコだった!!
その小さな頭にかぶるのは、キノコの傘のような白い帽子だった。その体には、分厚い長そでの服と同じく厚みのあるズボン。足にはくのは、山を行く猟師がはくような、無骨なブーツだった。
「え……?」
愕然としたその声が、いったい誰のものであったのかは定かではない。定かではないが、誰が出したものであっても、不思議ではないだろう。
それほどに衝撃的な、ミーアの服装だったのだ。
「ご機嫌よう、みなさま。最高のキノコ狩り日和ですわね」
ニコニコ、上機嫌な笑みを浮かべるミーア。そんな彼女に、シュトリナが代表して口を開いた。
「あのミーアさま……、そ、その格好は……?」
「ああ、リーナさん」
ミーアはシュトリナの方に目を向け、その服が普通の制服であることに、ちょっぴり勝ち誇った笑みを浮かべる。
「実はね、リーナさん、わたくし、この夏、無人島で過ごすという貴重な経験をいたしましたの」
「え? えっと、無人島、ですか?」
「そう、エメラルダさんと遊びに行ったのですわ。あれは…………なかなか大変な経験でした。まぁ、それはいいですわ。それで、その時に学んだことですけれど、山とか森で肌を出しているのは、あまり賢明なことではございませんの」
ミーアは、まるで子どもを諭すかのような穏やかな笑みを浮かべる。
「森の中で肌を露出させていたら、虫に刺されるかもしれませんし、傷を負う可能性もないとは言えないでしょう? ですから、森に入る時に長袖、長ズボンをはくことは、理にかなったことと言えますわ」
「で、でも、今日行くのは森の入口近くで……」
「入口といえど、森は森ですわ。油断は禁物。低い山だからと準備を怠り、油断して足を踏み入れれば思わぬことに足をすくわれるもの。しっかりとした備えは必要なのですわ」
……などと、正論めいたものを吐くミーアであるが……、そのいかにもベテランキノコガイドといった風貌のミーアに、何人かの者が心の中でツッコミを入れる。
「こいつ、絶対、森の奥まで入って行くつもりじゃねぇか!」っと。
そして、シュトリナもまた、そのことを察した一人だった。
彼女は、一瞬、すとん、っと表情を消したが……、すぐにまた、いつも通りの笑顔を取り戻した。
「そうですね。さすが、ミーアさま。準備は大事ですよね」
「ええ、その通りですわ。しっかり準備をして臨まなければ、キノコに失礼というものですわ」
まるで、キノコの化身の女神さまのごとく、神々しささえ感じさせる顔で、ミーアは言う。
そんなミーアを見て、シュトリナは迷った。
――ミーア姫殿下が、森の奥まで行くつもりなのは確実みたいだけど……、それは、リーナが話したヴェールガ茸を見に行きたいから? それとも……あのことに気づいたから?
華やかな笑みを浮かべつつ、シュトリナは考える。
――いや……、それはないかな。やっぱり、リーナが余計なこと言ったから、好奇心を刺激されてしまったのかしら……。だとしたら、失敗したな。
これは警戒すべきもの、これは注意すべきものと特別に名前を挙げることは、そのものに注意を向けさせることでもある。意識の外に置いておいた方が、むしろ隠し通すことができるということも往々にしてあるわけで……。
――まぁ、一緒についていくんだし、ミーア姫殿下が森の奥に行きそうになった時に、さりげなく注意をそらすようにすればいいかな……。それに、あれがあるのは確か崖みたいになってるところの下だったから、普通に行っても見つからないはず……。
などと考えていたところで、
「えへへ、リーナちゃん、楽しみですね」
すぐそばで、ベルがにこにこと笑みを浮かべていた。ちなみに、ベルの方はシュトリナと同じく、普通の制服姿である。
「キノコ狩りって、ボク、したことなくって。リーナちゃんはどうですか?」
「んー、リーナも、こんな風にみんなでワイワイ行くのは初めてかな」
そうして、ふと、シュトリナはベルの鞄に目をやった。
「あっ……、それ」
ふと気づく。ベルが鞄につけていたもの、それは、先日、シュトリナがプレゼントされた馬のお守り(トローヤ)だった。
「あ、えへへ。リーナちゃんと同じのを作ってみたんです。お揃いになるかなって」
「ああ、あのお守りね。リーナもつけてくればよかったかな。汚したらいけないと思って、大切に机の中に入れてあるんだけど……」
「あはは、リーナちゃんは心配性ですね。どんなに大切にしてても汚れたりなくしたりするものですから、気にしないで使っても大丈夫ですよ。ダメになっちゃったら、また、ボクが作ってあげますから」
にこにこ、無邪気な笑みを浮かべるベル。そんなベルを見ていると、なんだか少しだけ……。
――どうでもいい、そんなの……。
シュトリナは、首を振って、
「ありがとうね、ベルちゃん。じゃあ、今度から、つけるようにするね」
いつもの通り、花が咲くような可憐な笑みを浮かべる。綺麗な、とても綺麗な……笑みを浮かべるのだった。