第四十話 キノコマイスター ミーア、森に呼ばれる!
「ふわぁ! すっ、すごい! ミーアお姉さま、あの天秤王がエプロンを着てます!」
調理場に入って来て早々、ミーアベルが歓声を上げた。
瞳をキラキラ輝かせつつ、シオンに目を奪われている様子……。相も変わらずミーハーなベルである。ミーハーベルである。
――まったく、ベルは仕方がありませんわ。我が孫ながら恥ずかしいですわ。
などと呆れるミーアであったが……、前の時間軸において、シオンを初めて見た時、
「まぁあ! かのシオン王子の制服姿! ああ、あれこそまさに至高! 素晴らしいですわ!」
などとはしゃいでいたものである。ミーハー・ルーナ・ティアムーンであったのである。
もちろんそんなこと、とっくに記憶の彼方へ! なミーアである。
続いて、残りの女子たちも調理場にやってきた。クロエにティオーナ、リオラにリンシャまで……。
実になんとも、ミーハーな少女たちなのであった。
「では、本日のランチに食べるサンドイッチ作りを始めましょう」
ワイワイ、女子たちが騒いでいる中、男子チームは作業を開始する。
「私はいつも通りシオン殿下のサポート。サフィアス殿は申し訳ありませんが、アベル殿下と一緒に作業をしていただけますか?」
「構わないよ。それで、メニューはどうするつもりだい? サンドイッチの中身は?」
サフィアスは腕組みしつつ、キースウッドが並べた食材に目をやった。
「そうですね……。無難に、前回と同じように肉を焼いたものとホワイトソース。ああ、あとは、せっかくですから、今回はタマゴを焼いて挟みましょうか」
「そうだな。女性が多いだろうし、野菜を多めにしたものがあってもよいかもしれないな」
「なるほど。確かに、肉はボリュームがありすぎるかもしれませんね。では、野菜と卵焼きのものを一種類と、焼き肉のものを一種類。あとは、燻製肉の薄切りと野菜のものを一種類ということにいたしましょう」
キースウッドとサフィアスとのやり取りを見て、ミーアは思わず唸る。
――ふーむ、なかなかやりますわね……、サフィアスさん。あのキースウッドさんと対等に相談できるだなんて、大した乙女力ですわ! これは、負けていられませんわ!
ミーアは、ふんっと鼻息を鳴らし、
「手が足りないのではないかしら? ここで黙って見ているのもなんですし、なにかお手伝いを……」
などと言い出した!
しかし、そんな危険に対する対処は思いのほか早かった。
なにしろ、いつもはキースウッド一人でやっていることを、今回はサフィアスもサポートできるのだ。刹那のアイコンタクトの後、動いたのはサフィアスだった。
「いえいえ、それはあまりにも恐れ多きことにございます。どうぞ、そちらでご照覧くださいますように」
実に迅速な対応である。さらに!
「今回は、シオン殿下とアベル殿下の見せ場ですから。それを取らないであげてください」
諭すように、キースウッドが被せてくる。
「そっ、そうですの? そういうことでしたら……まぁ……」
見事な連携に、完全に動きを封じられたミーアであった。
そんなミーアの目の前で、王子たちの料理が始まった。
「では、アベル殿下、我々はその野菜を切りましょうか。ああ、押さえる方の手は握りこぶしで、そうそう、そうすると指を切らずにすみます」
「ほう……」
ミーアは、思わず瞠目した。
サフィアスに手取り足取り教えられているアベル。それを見て、ミーアはニマニマ、頬を緩めてしまう。
――ふふふ、あの、アベルのちょっぴり不器用だけど一生懸命なところ、イイですわね!
などと、微笑ましく眺めていたのだが……、けれど……、しばしの後、ミーアは気づいてしまった。
野菜を切るアベルの手つき、それが、徐々にさまになってきて……。
――あ、あれ、わたくしより上手いのでは?
気づいてはいけないことに、ミーアは気づいてしまったのだ。
そして言うまでもなく手先が器用なシオンもまた、卒のない手際で、パン生地を作っていく。女子たちの視線はシオンにくぎ付けだ。
さらにミーアにとって誤算だったのは、サフィアスの料理上手ぶりだ。明らかに、ミーアを上回っている。
つまり、ミーアは……、というか、この場に集う名だたる女子たちのほとんどは……。
――生徒会男子部に……負けておりますわ!
恐るべき事実を前に、ミーアは愕然とした。
今回の課題は、乙女力なるものをアピールすることである。その点では、この状況は絶対的にまずかった。
「あっ、そ、そうですわ。でしたら形を凝るというのは……。やはり、料理とは目をも楽しませるもの。前回は馬の形でしたし、今回はキノコの形とか……」
などと提案を始めるミーアだったが……、今回もキースウッドらの反応は早かった。
「いえ、大丈夫です。ミーア姫殿下」
疾風のキースウッド。
「でも……」
「本当に大丈夫ですから」
鉄壁のサフィアス。
さらに……
「ああ、ミーア、心配してくれるのはありがたいんだが、もう少しだけボクたちにやらせてくれるかい?」
愛しのアベルにまでそう言われてしまえば、ミーアとしてはもう何も言えない。
その後も、ミーアは王子たちの腕前を大いに見せつけられて……、敗北感に打ちひしがれた。
――こっ、これは明らかに、わたくしより手際が良いですわ……。
超人なシオンならばともかく、努力の人であるアベルと比べても、明らかに劣る自らの手腕。
自分ではとても太刀打ちできない……。そう察したミーアは、なんとか自己の存在を誇示しようと、頭をひねり……ひねり、やがて……、一つの真理へと到達した……、してしまった……!
それは……。
――そうですわ。勘違いをしておりましたわ。わたくしは帝国の食道楽ではない。わたくしは帝国の叡智。乙女力などという言葉に乗せられるべきではなかったのですわ。わたくしがアピールすべきは溢れる知識量。そして、ベテランキノコガイドとしての手腕だったのですわ!
……その場合でも、結局、アピールしているのは食べ物のことなのでは……などとツッコミを入れてはいけない。
触れてはならぬことというのがこの世にはあるのだ。
「やってやりますわよ! 美味しいキノコ鍋のために!」
男子たちの乙女力に触発され、ミーアの中のナニカが燃え上がる。その熱情に背中を押されるように、ミーアは自室へと戻った。
「アンヌ、着替えますわよ。こんな制服で森に入るなど、キノコマイスターの名に相応しくないですわ!」
「はい。わかりました。ミーアさま!」
まるで、なにかに誘われるかのように、ミーアの心は森の奥深くに誘われていくのだった。