第三十八話 熱き友情、芽生える!
「話は聞かせてもらったよ。キースウッドくん」
生徒会室の入口に立っていたのは、帝国四大公爵家の一角、ブルームーン公爵家の長子にして、生徒会書記補佐である少年……。
「サフィアス殿……?」
サフィアス・エトワ・ブルームーンが、爽やかな笑みを浮かべて立っていた。
意外な人物の登場に、キースウッドは首を傾げる。
サフィアスは、そんなキースウッドの肩にぽんと手を置いてから、ミーアの方を見た。
「あら、サフィアスさん、わたくしの計画になにか不備でもございまして?」
「はい。これは大変言いづらいことながら……」
サフィアスは深刻な顔をして、首を振る。
「ミーア姫殿下、その計画には足りないものがありますよ」
「まぁ! わたくしの完璧な計画に、足りないもの? それはいったいなんですの?」
驚きの声を上げるミーアの隣で、キースウッドは眩暈に襲われる。
――頼むから、もう余計なことは言い出さないでくれ……。
そんな彼の祈りをよそに、サフィアスは言った。
「簡単なこと、サプライズですよ。姫殿下」
「サプライズ……?」
想定外の言葉に、瞳を瞬かせるミーア。そんなミーアにサフィアスは得意げな顔で言った。
「そう。サプライズ。せっかくのキノコ狩りというスペシャルなイベントをするというのに、聞いたところによれば、そのサンドイッチ作りは、すでに経験済みのこととか。それでは、新鮮味に欠けます」
「新鮮味……」
「あえて誤解を恐れずに言うならば、ミーア殿下のお考えは、一度、紅茶を出し終えた茶葉のようなもの。いわば、出涸らしです」
「で、出涸らし……」
ミーアが、うぐぅ、っと唸る。
「なるほど、言われてみれば確かにそうですわ。あの剣術大会の時には、自分で作る場面ではないのに、手作りにしたからこそインパクトがあった。けれど、今度は、それは望めない……」
ミーアは、パンっと手を叩いた。
「言いたいことはわかりましたわ。つまり、今度はサンドイッチ以外の、もっと手のこんだ物を作れと、そういうことですわね!?」
「いえ、そうじゃありません」
サフィアスは、ちょっと慌てた様子で言った。
「前回ミーアさまたちが作ったというのなら、今度は我々、男子チームが作るのはどうか、と提案しているのですよ」
「まぁ、サフィアスさんたちが? でも……」
ミーアは一瞬、渋る様子を見せたが……。
「ええ。もちろん、王子殿下たちにも協力していただくと思いますよ。ああ、キースウッドくん、王子殿下用のエプロンを用意してもらえるかい?」
「えっ、エプロンっ!?」
ミーアの声が、微妙に高くなった。
「……サフィアス殿、助かりました」
二人に説得されたミーアが部屋から出て行ってすぐにキースウッドは言った。
サフィアスは、そんな彼に肩をすくめておどけて見せた。
「なに、大したことではないさ。君の様子を見る限り……アレだろう? ミーア姫殿下の料理の腕前は、ちょっとアヤしいんだろう?」
――ああ……これは、なんということだ……。
負け戦の中で、友軍が助けに来てくれた時のような感動を、キースウッドは味わっていた。しかもその相手が、自分があまり評価をしていなかった男だというのだから、感動も一入である。
危機感の共有……、まさか、それをこの生徒会の中でできるとは、思っていなかったのだ。
そう、ミーア・ルーナ・ティアムーンのカリスマに中てられた者たちは、誰もがみな、彼女に心酔し、疑うということを忘れてしまう。それは、かの聖女、ラフィーナですら例外ではない。
自らの主シオンや、アベル王子なども、ミーアへの好意から見誤っていることがある。
人間は一面的なものではない。すべてが完璧にこなせる者などいない。だというのに、ミーアにはなんでもできると、彼女が言い出したことであれば大丈夫だと、そんな無責任な肯定がいつの間にかできあがっている。
されど、ああ、されど違うのだ。
少なくとも料理という領域においては、皇女ミーアは信用に値しない。
そんな認識を共にする者、同志がこの生徒会の中に見出せようとは……。
「いや、実は俺も、その……ね……。許嫁が一時期、調理にはまったことがあってさ。大貴族のご令嬢なんだから、そんなもの、使用人に任せておけばいいと言ったんだが、どうしても自分で作りたい、と言って意地になってね。もう、だいぶ昔のことなんだが……いや、はは、酷かったよ。今でこそ笑い話だけどね」
そう言って、快活に笑うサフィアス。
「基本的に、俺は愛する女性が作ってきた料理は残すべきじゃないと思っているんだが……、あえて強く主張したいね。そいつは、"料理"に限るべきだ。消し炭や生焼け肉は、料理とは言えない」
「……サフィアス殿、そのぐらいで」
キースウッドは辺りに人がいないかきょろきょろ視線を動かしつつも、頷いた。
「ああ、そうだな。まぁ、それはともかく、その時に彼女を説得したのが、今のやり方というわけだ。女というものはだね、自分で料理を作ってみたいという欲求を持つこともあれば、男が料理をしているのを眺めたい、という欲求も持ち合わせているものなのさ」
「なるほど……勉強になります」
基本的に、キースウッドはモテる。けれど、あまり一人の女性と長く深く付き合うということはしたことがなかった。というか、シオンのそばにいると、忙しくてそれどころではないことが多かった。
ゆえに、許嫁である一人の女性と付き合い続け、相手の嫌な面を知ってもなお、愛していると公言できるサフィアスに、わずかばかり尊敬の念を抱いてしまった。
その上……、
「まぁ、そんなわけで、その時に少しばかり凝ってしまってね……。彼女の弟ともども、料理の腕前には少しばかり自信があるんだ。なにしろ、命がけだったからね……。下手なものを作ると、やっぱり自分が……などと言い出しかねない状況だったものだから……」
意外な特技を暴露するサフィアス。これで生徒会男子部は、料理ができないシオンとアベル、料理ができるキースウッドとサフィアスという二対二の状況になった。サフィアスの従者も、料理ができるというのであれば、援軍を頼むこともできるかもしれない。
キースウッドは、一つの心労から解放されたわけで……、思わず、ふぅう、っと大きな息を吐いてしまう。
「そういうことであれば、是非もありません。シオン殿下には私の方から話しておきます」
「うむ。お互い、協力してこの危機を乗り切ろうじゃないか」
そうして、サフィアスが差し出した手を、キースウッドは固く握りしめた。
ここに、奇妙な友情が成立した。
国を超えた二人の友情は、サフィアスが学園を卒業して帝国に帰ってからも続くものになるのだった。帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンが悪役としての役割を果たした珍しいエピソードといえるかもしれない。