第三十七話 キースウッド、波状攻撃に晒される
大国サンクランドの王子、シオン・ソール・サンクランドの腹心……、キースウッドは優秀な青年である。
天才と謳われるシオンに負けない剣の腕を誇り、機転も効く。
礼儀作法も一流で、涼しげな笑顔に心を奪われる女性も数多い。
正しきことのためならば、いささか向こう見ずになる主をよく支え、よく守り……、どのような危機にも、持ち前の剣と冷静な判断力を持って乗り越えてきた。
その穏やかな笑みが崩れるような事態は滅多にない。
……いや、なかった、と言うべきか。
このセントノエルに来るまでは……。
――なぜ……、なぜだ……。どうして、こんなにも問題が次々に起きるんだ……?
キースウッドは、訪れた災厄に思わずクラッとした。
その災厄は、可憐な姫の姿をして、彼の前に現れた。
輝くような、上機嫌な笑みを浮かべながら、可憐な姫ことミーアは言った。
「また、あの時みたいなサンドイッチを、わたくし達で作ろうと思っておりますの。お手伝いをお願いできないかしら?」
「はぇ……?」
ヘンテコな声が、キースウッドの口から零れ落ちた。
……かつてないほどの危機が、キースウッドを襲っていた。
キノコ狩りが決まった数日後、彼はミーアに呼び出しを受けた。
生徒会室に来た彼に、開口一番、ミーアは言った。
サンドイッチが作りたいから、手伝え、と……。
一瞬、聞き間違いかと思った(あるいは、そう……思いたかった)キースウッドは、改めてミーアの方を見つめた。
「え、えーと、どういうことでしょうか?」
「今度行くキノコ狩りで、ランチに食べるためのサンドイッチをわたくし達で作ろうと思っておりますの。だから、そのお手伝いをキースウッドさんにお願いしようと思って……」
キースウッドは頭痛をおさえるため、こめかみの辺りを押さえながら言った。
この話、なにかが間違っている! だが、いったいどこが間違っているのだろうか……?
衝撃のあまり、ぐるぐる混乱しそうになる思考を懸命に整理しつつ、キースウッドは言った。
「あの……大変お手数ですが、詳しく説明していただいてもよろしいでしょうか。どこがおかしいのか、少しだけ考えたいと思いますので……」
「はて? おかしいことなど、どこにもございませんけれど……。先日、森にキノコ狩りに行くことになりましたわよね?」
「ええ、まぁ、そうですね……不本意ながら……」
キースウッドはため息を吐く。あまり納得できないことながら、とりあえずキノコ狩りに行くのは間違いない。
「森の中をゆっくり散策するのでしたら、朝出かけて、午後戻ってくるぐらいの方がゆっくり出来て良いと思いますの」
「はい。妥当な計画だと思います」
ラフィーナからもらった地図を使って綿密に立てられた計画は、確かに見事だった。これならば、運動に慣れていないミーアやクロエなども、問題なく楽しめるはずだ。
「お昼は当然、森の中ですわ。調べたところ、ピクニックにちょうどいい野原が森の中にあるらしいんですの。だから、そこでランチタイムをしようかと……」
「なるほど、この場所ですね。野原でランチタイムというのも、親睦を深める意味ではよろしいのではないでしょうか」
悪くない計画。無理のない話だ。キースウッドは納得の頷きを返す。
「だから、わたくしがサンドイッチを作って持っていこう、と……」
「それだ!」
思わず、素が出てしまうキースウッド。
「それですよ、ミーア姫殿下」
「はて? どれですの?」
「サンドイッチを用意したいというのは理解できましたが、それをなぜ、ミーア姫殿下が作らなければならないか、というお話です」
「いえ、わたくしではなく、アンヌやクロエやティオーナさん、リオラさんもですわよ」
……前回、キースウッドが指揮した令嬢たちである。
烏合の衆とは言わないが……、こう………なかなかのメンバーである。
あの時感じた頭痛を思い出し、再び頭がクラッとするキースウッド。
だというのに、キースウッドの苦労など「知ったこっちゃねぇ!」とばかりに、ミーアは、
「前回、初めてだったのにあんなに上手くできたんですもの。あの時の経験を活かせば、厨房の調理人にお願いするより、良いものが作れるに違いありませんわ!」
自信満々に言い放った。その、清々しいまでのドヤァッ顔に、ちょっぴりイラァッとするキースウッド。
「それに、なんと今回は、ラフィーナさまにも参加していただく予定ですわ!」
厳かに、神託を告げる聖女のような口調で、ミーアが言った。
朗報でもなんでもねぇよ! と言いたいのをぐっと飲みこみ、キースウッドは大きく深呼吸。それから、改めて、新たな要素の考察に入る。
「ラフィーナさまが……?」
「ええ。お願いしておきましたわ。心強いですわよね」
――心強い……本当にそうだろうか? なるほど……。聖女ラフィーナは知恵に優れ、ダンスなどの運動も得意という。器用な方のようだから、料理も嗜んでいる可能性は否定できない……か。
そう、その可能性を除外することはできない。できないが……!
――そんな砂浜で砂一粒を見つけ出すような可能性に賭けることなどできるはずがない!
キースウッドの理性が告げる。それはあまりにも危険な賭けであると……。
「そ、それは、どうでしょう? みなさんお忙しいでしょうし。やはり、ここは厨房の専門家にお任せになった方が……。私も、なんだかんだで忙しいので、監督に行けないかも……」
自分が面倒見なければ、さすがにできないんじゃないかな……? などと甘いことを考えていたキースウッドであったが……。
「まぁ、キースウッドさん、そんなにお忙しいんですの? でしたら、無理しなくても大丈夫ですわ。今回は我々女子チームだけでも……」
「いえ、撤回します。いやホント、私がいない場所で勝手に行動とかしないでください!」
慌てて前言を翻す。
ミーアたちの暴走・迷走ぶりが、ありありと想像できてしまったからだ。
監視もせずに、ミーアたちだけで調理をさせるなど、あり得ぬ暴挙。
――だが、これは下手をすると、毒キノコ以前にシオンさまの危機なんじゃないか?
震え上がるキースウッド……。であったのだが、そこに助け舟を出す人物が現れた。
「話は聞かせてもらったよ、キースウッドくん」
その現れた意外な人物とは……。