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第三十五話 最古にして最弱という意味

 ミーアがセントノエルで悪だくみをしている頃、ルードヴィッヒとディオンも動き出していた。イエロームーン家に対して、調べを進めるために。

 後に、女帝ミーアの腹心として、親友同士として友好を深めることになる二人だが、こうして二人だけで行動するのは初めてのことだった。

 ルードヴィッヒの執務室に来て早々、ディオンは言った。

「ところで、具体的にはどうするつもりなんだい? ルードヴィッヒ殿。一人ひとり、関係者を殴り倒すというのなら協力するし、面倒だから、姫殿下に知らせずに処分してしまうというのであれば、気は進まないけど、協力はするよ」

 まるでルードヴィッヒを試すように、悪戯っぽい笑みを浮かべるディオン。それに対して、ルードヴィッヒはあくまでも冷静に首を振る。

「それはミーアさまの御心を損なうことだろうな。もし、それをやるにしても最後の手段になるだろう」

 あえて、その方法を否定せず、ルードヴィッヒは肩をすくめた。

「だが、まだ俺たちにはできることがあるはずだ」

 ルードヴィッヒは考えをまとめるようにゆっくりした口調で言う。

「以前も言った通り、ガヌドス港湾国から戻ってからずっと、部下に監視はさせているんだ。公爵家の執事、メイドなどの召使い、イエロームーンの派閥の主要な貴族にも。だが……、今のところ目立った成果はない。監視への攻撃を含めて、イエロームーン家の側からのアプローチはないんだ。もっとも、水も漏らさぬ監視というのは当然不可能だろうから、なにか裏で行動はしているのかもしれないが……」

 ルードヴィッヒは一瞬黙り込んでから、

「もしかすると、ガヌドス港湾国からの情報を受けて、動きを自重しているのかもしれないな」

「まぁ、そうだろうね。しかしそれでも、まったく外との連絡のやり取りがないわけではないんだろう? その中に紛れ込ませているのかもしれない」

 ディオンの疑問に、ルードヴィッヒは首肯して見せた。

「ああ、例えば、セントノエルに通っている娘への手紙は定期的に書いているらしい」

「セントノエル……、姫さんの学校か。まぁ、攻撃の対象としては妥当だね。で、その手紙にも怪しいところはなかったと?」

 ちらり、と鋭い視線をルードヴィッヒに向けるディオン。

「おいおい、父から娘への思いのこもった手紙だぞ? それを勝手に読むなんてことをやるはずが……」

「やるだろ? 当然、ルードヴィッヒ殿なら。やらなかったなら、とんだ無能者だ」

 にやり、と笑うディオンに、ルードヴィッヒは苦笑する。

「まぁ、やったんだがね……。そして、これまた予想通りというか、怪しいところのない普通の文面だった。近況を訊ねたりであったりとか、持っている能力を活かして頑張れという奮励だったりとか……」

「無能者だとか言っておいてなんだけど、えげつないことするねぇ。父から娘への手紙を盗み見るとか……」

 からかうような口調で言うディオンに、ルードヴィッヒも肩をすくめた。

「ミーアさまの安全のためだ。必死にもなるさ。だが、残念ながら収穫はなしだ。なんとかしてイエロームーン家の内情を探りたいところなんだが……」

 腕組みし、小さく唸るルードヴィッヒ。そんな彼の様子を楽しそうに眺めていたディオンだったが……。

「ふん、しかし実際のところ、公爵家の一部のみが陰謀に加担してる、なんてことがあるのかね?」

 唐突に、そんなことを言い出した。

「そういう大きな陰謀っていうのは、一族全体で関わるものじゃないかと僕は思うんだけどねぇ」

「そうだな……。俺は公爵一人だけが陰謀に加担していたというのも十分にあり得ると考えている」

 メガネの位置を直しつつ、ルードヴィッヒは言った。

「ふーん。根拠は?」

「秘密というのは、知っている者が増えれば増えるほど外に漏れやすくなる。この世の一つの真理というやつだな」

「なるほど。しかし、イエロームーン公爵家に関しては小さな噂すら聞いたことがなかった。これは、ごくごく限られた者、場合によれば公爵一人だけが陰謀に加担していて、残りの血族の者たちはなにも知らない、善良な人々であることを示唆している……と、そんなところかい?」

「ああ。もっとも、よほど特別な家柄であるならば、話は別なんだが……ふむ……」

 ルードヴィッヒはそう言ってから、再び黙り込んだ。

「どうかしたのかい? ルードヴィッヒ殿」

「いや、ふと思ったんだ……。イエロームーン公爵家の果たしていた役割がなんだったのか、と」

「果たしていた役割? というと?」

 首を傾げるディオンに、ルードヴィッヒは冷静な口調で言った。

「例えば、レッドムーン公爵家は黒月省に強い影響を持っている。影響を持つということは、裏を返せば、その方面に強い貴族として、有事の際には力を発揮するように期待されているということだ」

「まぁ、そういうことだろうね」

 ディオンは腕組みしつつ、頷いた。

「同じようにグリーンムーン公爵家は、外国との付き合いが深い。外から入ってくる知識や物品の価値に早い内から気づき、その方面への影響力を強めてきた。教育や学問に対して、影響力を持ちすぎるのは俺としてはあまり好ましくは思わないが、その方面での役割を担ってきたといえる」

「なるほど。とすると、ブルームーン公爵は、他の力ある中央貴族たちのとりまとめといったところかい?」、

「そんなところだ。いずれにせよ、四大公爵家には、それぞれ果たすべき役割があった。だが……、それじゃあ、イエロームーン公爵家は?」

 ルードヴィッヒの問いかけに、ディオンはわずかに黙り込む。

「ふん、四大公爵最古にして最弱……ね。素直に考えるなら、最も古い血筋。建国以来、皇帝一族とともに労苦を共にし、血を分け合った家系だから、と考えることもできるけど……?」

「今の時代ならばともかく、初代皇帝陛下は、そんなに甘い考えはしなかったのではないか? 少なくとも友情を出世にからめるタイプとも思えない。あくまで想像だが……」

 自己の目的のために、国を造ってしまおうと考えるような人物である。

「そんな無駄を許容したとは思えない。であるならば、当然のことながら、あったはずなんだ。イエロームーン公爵家の果たすべき役割というのが……。あるいは、今現在も果たしている役割というのが……。もしかしたら、そこになにかヒントが隠されているのかもしれない」

「最古、ではないとするともう一方の方かい? 最弱にどんな意味があるのか、とかそういうことかい?」

 そう言ってから、ディオンは肩をすくめた。

「弱いことに意味があるとは思わないけど……」

「いや、そうでもない。最弱であるならば少なくとも下手に目立つことはない。ディオン殿のように強ければ、敵味方に知られてしまって、動きづらいということはあるだろう。同じことだ」

「なるほど……。それはそうかもしれないね」

「そうだ……。ようやくわかった。俺たちがすべきことは、知ることだ。イエロームーン公爵のこと、今だけではない。もっと昔から、この帝国において、彼らがどのような立ち位置にあったのか……。その先に、敵の正体を掴むヒントがあるのかもしれない。そして、ミーアさまが求める、一族の中で誰が蛇に関係していたのか、という情報も……」


 かくて、当面の方針は決まった。

 ルードヴィッヒとディオンは、帝国の歴史の闇へと再び足を踏み込み……、そして……ミーアはセントノエルのキノコの群生地に足を踏み込むのだった。

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