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第二十九話 叡智と軍師の恋愛会議

「落し物がいいのではないかと思います」

「…………へ?」

 唐突なアンヌのもの言いに、ミーアは瞳を瞬かせた。

 この子、何を言っているのかしら? と小首を傾げるミーアに、アンヌは世界の真理を諭すかのような顔で続ける。

「いいですか、姫さま。人と人が知り合うには自然な理由が必要なんです」

「ええ、それはわかりますが」

 確かに、知り合いでもなんでもない人に声をかけるのは難しい。勇気が必要だ。

 小心者チキンハートのミーアには、相当な無理難題と言える。

 さらに、ダンスに誘うとなれば、難しい事情が付きまとう。そう、普通はダンスに誘うのは男子の側からなのだ。

 貴族の社交界において、女子は誘われる側であり、男子に誘われるために努力をする者、というのが一般的な価値観だ。

 女子の方から声をかければ、軽いだのはしたないだの、恥知らずだのと悪い噂が立ってしまうのだ。

 それゆえに、ミーアがダンスに誘われるためには、まず自然な出会いを演出しつつ、それなりに親しくなり、声をかけやすくするという段階を踏まなければならない。

 もちろん、見ず知らずの相手からダンスパートナーに選ばれる可能性もないことではない。

 その日まで約束を取り付けずに適当に声をかけようという男子も、いないわけではない。けれども、適当に声をかけるにしては、帝国皇女という身分は重すぎる。

 そもそもミーアが改心して、聖女や叡智などと言われ始めたのは最近の話。周辺諸国に対して、それなりにしっかりとした情報網を持った国でなければ知られていないことなのだ。

 それ以前は、わがまま勝手に権力を振りかざす高慢な姫君だったわけだから、なにも好き好んでそんな厄介者に声をかける者はいないのだ。

 ゆえに、ミーアは残された時間の中で「わたくし、怖くないですのよ」というアピールをしなければならないのだ。

 ……なかなかに厳しい。

「そこで、落し物です。アプローチしたい殿方の目の前で自然な動作で物を落とすんです。そうするとどうなりますか?」

「なるほど、たしかに目の前で落とし物をされれば、拾わざるを得ないですわね」

「そうです。そして、そこでお礼を言いながらさりげなく、ダンスの予定を聞くんです。それで、もしまだ約束がないようだったら……」

「会話のきっかけを作り、自然な流れで、誘わせる。上手いやり方ですわね」

 ミーアは腹心の策謀に感銘を受けた。

 まさか、アンヌにこれほど綿密な作戦を立てる力があるとは思ってもみなかった。アンヌが、帝国全軍の指揮権を持つ軍師のように見えて、頼もしさすらおぼえるミーアである。

「相手の方が少し鈍感な場合には、今日のお礼に、と言ってミーア様がお誘いする方法もありますけど……」

 確かに、女子の側から誘うのはタブーとされている。けれども、なにかのお礼に、というのであれば、はしたないとは言われないだろう。

 なんの理由もないのにプレゼントを渡すのは、相手の関心を買おうという安っぽい行動と見なされるが、なにかのお礼であれば、しない方がケチ臭いと思われる、というわけだ。

「しかも、落とすものによっては、ミーア様のセンスの良さや女の子らしさをアピールすることもできます。素敵なハンカチなんかがおすすめです」

「素晴らしいですわ、アンヌ……」

 気づけば、ミーアは拍手をしていた。

 彼女は、アンヌの提案が気に入った。聞けば聞くほどに、落し物作戦の完璧さが理解できた。

 ……その作戦が、すべて彼女の妹が書いたお話の中に出てくるシチュエーションであることなど、気づきもしないミーアである。

 けれども、それは無理もないことかもしれない。

 なにしろアンヌが提案しているのは、ミーアが読んでいたお話よりだいぶ前、エリスが物語を書き始めた最初のころに書いたものだったのだ。それだけに、少女の夢と妄想が色濃く出たシチュエーションになっているのだが……。

 ミーアも、アンヌもそれに気づかない。

 恋愛初心者な二人には、物語と現実との区別がつかないのだ。

「さぁ、いきますわよ」

 鼻息荒く、悠然とした様子で、ハンカチ落としに臨むミーアであった。


明日は土曜日なので四回ぐらい投稿します。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いちいち可愛い♪
[一言] 「ハンカチ落としに臨むミーア様」!(俊敏さのテストを想像)
[一言] ラフィーナ「パンを咥えて曲がり角でぶつかるのですわ!!」
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