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第三十一話 ミーア姫、この世の真理に開眼す!

「え……? キノコ……、鍋…………?」

 それを聞いた瞬間、キースウッドは耳を疑った。

 突如降ってわいた危機に、まるで理解が追い付かない。

 ――なぜ、そんな話に? いや、ついさっきまでは確かに聖夜祭の警備の話をしていたはず……。

 珍しく、ラフィーナの口から出た愚痴のようなもの。それを聞いて、なるほど、注意が必要かもしれない、などと頷いていたはずだった。

 ――それが、なぜ、どうして? どんな流れで、こんなことになった?

 危機は、極めて唐突にやってきた。


 その日、生徒会の会議にて話し合われたのは、聖夜祭の警備のことだった。

「この日は、外からの人の出入りも多くなるの。もちろん、警備には万全を期している、と言いたいのだけど……」

 議題を持ってきたラフィーナは、そこで言葉を濁した。

 それから、言いづらそうにしつつも、現在の状況を説明してくれた。

 ――なるほど、どこの国も大変そうだ。

 キースウッドはシオンの後ろに控えたまま、小さくため息を吐いた。

 いずこも同じ。ベテランであればあるほど、思考硬直に陥り、重大なミスを見落としがちになる。

 慣れとは恐ろしいものである。

 けれど、問題なのは、思考硬直に陥っている人物も、上手く扱わなければいけないという点だ。どのような人物であれ、上手く扱い、最大限に働かせなければならない。時に、上に立つ者には、そのような資質も求められるのだ。

 ――ラフィーナさまも大変だけど……、実際のところなにか手段はあるだろうか……?

 そんなことを考えつつも、成り行きを見守っていたキースウッドの目の前で、生徒会長ミーアは朗らかに言ったのだ。

「ふむ……、では、キノコ狩りをするのはどうかしら?」

 なにが、どう「では!」なのかがわからない。

 話の因果関係がまるでわからないことだった。完全に理解を絶している……。

 キースウッドは言葉を呑み込む以外にできなかった。

 しかし、相手は帝国の叡智である。自らの主であるシオンが認め、キースウッド自身も幾度も、舌を巻いた相手である。

 きっとなにか……、深い考えがあるのに違いない。そうに違いない。そうであってくれ……。

 心の中で切実な祈りをささげつつも、それでもキースウッドの中で一抹の不安は拭いきれなかった。

 ――ミーア姫殿下は……、時々、キノコのことで暴走するからな……。

 心配は、それである。

 なぜか、キノコに異様な執念を燃やすミーアのこと。いったい、その頭の中でどのようなロジックが展開されて、キノコ狩りという結論に至ったのか……。

 ――まさか、美味しい物で相手の胃袋を掴めばいい、などと思っているわけではないのだろうけれど……。

 自信満々の顔をするミーアに、不安いっぱいの視線を向けつつ、キースウッドは話の成り行きを見守っていた。

「それは……、えっとどういう意味、なのかしら? ミーアさん」

 ラフィーナも困惑した顔で首を傾げている。

 その目の前で、ミーアはただただ、自信満々に頷いて見せる。

「ここは、わたくしに任せていただけないかしら……? 勝利のカギは、絶品キノコ鍋にあり、ですわ!」


 ――胃袋をつかんでやれば、言うことを聞かせることなど可能ですわ!

 ミーアは、先日、クロエに借りて読んだ本のことを思い出していた。

「食欲とは、あらゆる人間にとって最も根源的な欲求であり、それゆえに、それさえ押さえてしまえば、その相手を支配することとて可能」

 ミーアは、その一文にいたく感心した。

「この本には、人間の真実が書かれておりますわ!」

 感動し、本を読み込んだミーアは、今や恋愛脳からグルメ脳へと進化していた!

 そんなミーアが満を持して切り札として、今回提案したものこそが絶品キノコ鍋なのである。

 ――その護衛担当のサンテリさん、とかいう方も、きっとキノコ鍋でイチコロですわ!

 さらに、帝国の叡智(グルメ)ミーアの狙いは二段構えである。

 ――そこで予行演習をした上で、聖夜祭の夜に生徒会で鍋パーティーを開催すれば……。

 皇女伝によれば、ミーアは護衛をお願いしていた王子たちの目を盗んで外に出ているという。

 それがどういうことなのか、ミーアは考えたのだ。

 結果、一つの仮説に至る。

「……なにか、わたくしが外に出たくなるような……、そういうことが起きたとか?」

 正直、あまり自信の持てる説ではなかった。ミーアは自分を知っている。一人で夜駆けに出るなんてこと、自分がやるとは思えない。自分は注意深く、思慮深い人間なのだ、と……ミーアは自分を冷静に見られる目を持っていると思っていた。まぁ、あながち外れてもいないが……。

「仮に、湖のそばに商隊が来ていて、そこに世にも稀な美味しいお菓子があったとして……行くとは思えませんし……」

 そうなのだ……。行くとは思えない。そんなことで、だまされるとはまったくもって思えない。

 けれど……、クロエの本を読んだ時、ミーアは知ってしまったのだ。

 この世界の真理……、すなわち……、

「食欲という根源的な欲求の前では、わたくしのように意志の強い者であっても、誘惑されてしまうかもしれませんわ……」

 例えば、聖夜祭の前の日に、ものすごく美味しいお菓子を食べたとして……、それがもう一度、食べられると誘われたらどうだろうか?

 それがとてもとても美味しかったら? あのウサギ鍋より美味しいものだったらどうか?

 ミーアは、そっとお腹を撫でる。今は、お腹は満ちている。

 けれど、もしその時、ものすごーくお腹が減っていたら?

 荒嵐を乗りこなした自分なら野盗や狼に襲われても逃げ切れると……、そんな甘いことを考えて外に出ないだろうか……?

「わたくしは、決して食いしん坊ではございませんけれど……、その自信はございませんわ。なにしろ、人の根源にかかわる問題ですから。きっとわたくしに限らず、多くの人がコロっといかれてしまうに違いありませんわ……。それを突いてきたとしたら、やはり蛇は侮れませんわ!」

 では、その場合の解決策はなんだろうか?

 ミーアは考える。考えた結果……、

「もし、わたくしが、自分でセントノエルの外に出たのだとしたら……外に出るより、楽しいことを学園内でやっていればいいのではないかしら? 外に出るより美味しい物を学園の中に用意しておくとか……」

 そして、ミーアは結論に至る。

「やはり、生徒会でキノコ鍋パーティーを開く以外に道はございませんわ!」


 ここに、ミーアプレゼンツのキノコ鍋パ企画が、静かに動き出すのだった。

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