第二十九話 悲報! 例の計画、ついに動き出す!
馬術大会も終わり、季節はすっかり秋本番。
天高く、姫肥ゆる秋……。美味しい物が増えてきたこの季節。
いつもであればミーアにとっては最も楽しい季節のはずなのに……。
「ふぅ……」
ミーアの口からは、切なげなため息がこぼれた。
理由は簡単……、FNYったから甘いものが食べられないため……ではない。もちろん違う!
言うまでもなく、ミーア皇女伝のことである。
いくらミーアの頭脳が都合がよく物を忘れられるようにできているとはいえ、冬に迫った死期を忘れられるほどに都合よくはない。
ミーアとは対照的に、いつまでも元の厚みを取り戻さないミーア皇女伝。馬術大会における優勝の記事は更新されているのに……である。余談だが、ヴィクトリーランの際には、観客席を妖精のように飛び回った、などという脚色までついていた。
――アンヌは、わたくしのこと、なんてエリスに話しているのかしら?
などと首を傾げてしまうミーアである。
それはさておき……、ミーアは悩んでいた。
「ふむ……、これはやはり、みなの力を借りるしかないかしら……」
馬術大会で改めて、他人の力を頼ることの大切さを知ったミーアである。
「もちろん、皇女伝のことを直接言うわけにはいきませんけれど……。例えば、わたくしに暗殺計画があるとか、そういうことを言ってみたら、どうなるかしら?」
アベルなり、シオンなり、キースウッドなり……。
腕の立つ男子が絶えず自分にピッタリ張り付いていてくれたならば……、これは十分に防げる事態なのではないか?
そう思いついたミーアであったのだが……。その企みは早々に潰えることになった。
意を決して、翌日、三人に相談してみようと思っていたミーアなのだが、朝、確認した皇女伝には、相談した際の”死に方”が、しっかり更新されていた。
ミーアは……、護衛のためにとついていてくれたアベルの目を盗んで、セントノエル湖を出ているのだ。
「ぐぬぬ、こっ、この未来のわたくしは、なにを考えているんですのっ!」
頭を抱えつつ、絶叫するミーアである。
しかし、同時に薄気味悪さも覚えていた。
「これでは……、まるで、わたくしが何者かに操られて、自ら死にに行っているようではありませんか……」
蛇の誘惑を受け、ふらふらと外に出ていく自分……。うつろな顔をする自分自身が想像できてしまって、ミーアは思わず震える。
「それに、よくよく考えれば……聖夜祭の夜にだけ生き残ったとしても、別の時に計画が実施されてしまえば意味のないことですし……。というか、そもそもわたくしは、本当に暗殺されるんですの?」
仮に、自らの周りを多くの護衛で囲ませて、暗殺者を牽制したとして……。それを一生続けるわけにはいかない。それでは根本的な解決にはならない。
最低限、暗殺者が誰なのかわからなければ、できることは対症療法的にならざるを得ないわけで……。
そもそも、なにが起きたのか自体がよくわかっていないのが痛かった。
当事者であるミーアが殺されてしまっているために、情報がほとんどないのだ。皇女伝を読んでも読んでも、ただ、"死んでしまうという結果"のみがあるだけで。
「いえ、この場合は、わたくしが護衛の目を盗んで、自分から死にに行くような真似をしたこともわかりますわ。ということは、ふむ……、その日一日、わたくしをどこかの柱にでも縛り付けておくとか? 地下牢にでも閉じ込めておくとか……? いや、それも先延ばしにすぎないから……。ふーむ……」
そんなことをぶつぶつつぶやきながら、ミーアが図書室の前を通り過ぎた時だった。
「あっ! ミーアさま」
図書室から出てきたクロエが声をかけてきたのだ。
「あら、クロエ。読書ですの?」
「はい。秋は読書の季節って言いますし」
クロエは、にっこにこと微笑みながら、胸に抱いた本を見せた。
「うふふ、過ごしやすいですしね。本を読むにはよい季節ですわ」
と言いつつも、ミーアはちょっぴり沈む。
――もしも、冬に死んでしまったら、エリスの小説も最後まで読めなくなってしまうんですわね……。王子と竜はいったいどうなるのか……?
未だ完成を見ない、王子と竜の物語。
ミーアが地下牢で聞いていたあの話だけでも、最後まで読みたいと思っていたのだが……。
――まぁ、そもそもわたくしがあのお話を聞いたのって、今から三年以上後のことですし、その時点でまだ完結にならないわけですから、仕方ありませんけれど……。
物語の最後まで読むことができないのは、本読みとしては痛恨の極みである。
なんとか、読みたいものだが、などと考えているミーアであったが……、
「あら……?」
ふと気づく。
クロエの差し出した本、そのタイトルが「秘境のグルメ2」であることに……。
――まぁ、クロエったら、読書と言いつつ、食欲に侵食されてますわね! 立派なわたくしの同士ですわ!
やはり、秋は収穫の季節。食べ物が美味しい季節なのだ。
「うふふ、ずいぶんと美味しそうな本を読んでおりますわね」
「そうなんです。これは、世界中の美味しい食べ物を書き記したものなんですけど、今回の第二弾では、季節の美味しい食べ物ということで……。あっ、ほら、これからの季節はキノコ鍋が美味しいって書いてありますね……」
「ほう……」
ふいに、ミーアの目が輝く。
「キノコ鍋……。それは実に魅力的ですわね。ぜひ読ませていただきたいですわ!」
キースウッドの受難の日々が、再び始まろうとしていた。