第二十話 ミーア姫は、どんな時にも自分らしさを失わない
時間はあっという間に過ぎ去り、馬術大会の当日がやってきた。
会場は、いつもミーアが練習に使っていた練馬場だ。
晴れ渡る青空、そよそよと吹く秋の風が心地よくて、ミーアは思い切り伸びをした。
「それにしましても……」
それから、ミーアは改めて会場を眺めた。
会場となる練馬場は、きわめて広大な面積を誇っている。一周するのに、ミーアであれば半日とは言わないまでも、途中であきらめてしまいそうな距離があった。
馬龍によると、コースの長さは一周1000mあるという。そのコースを二周してゴールになるとか。
そして、そのコースを囲みこむようにして、少し距離を開けて、無数の幕屋が建てられていた。露店も複数出ているらしく、漂ってくる香ばしい匂いに、ミーアは思わず鼻をひくひくさせる。
露店は、なにも食べ物屋ばかりでなく、馬術用の服を売ったり、あるいは、少し変わったものだと馬のぬいぐるみを売っている店もあった。
「なんだか、ものすごい活気ですわね……」
楽しい雰囲気に思わず笑みを浮かべつつも、ミーアは小さく首を傾げた。
――不思議ですわ。わたくし、ぜんっぜん記憶にないんですけれど……。
そうなのだ……、生徒会に上がってくる馬術大会準備の報告を見ながら、ミーアは首を傾げていたのだ。
――こんなの……あったかしら?
前時間軸において、ミーアは最低でも二度は、馬術大会を目にしているはずだった。それ以降は国が大変なことになってしまったから、それどころではなかったのかもしれないけれど……。
だというのに、このイベントの記憶はまるでなかった。
気になったミーアは、傍らに控えるアンヌに聞いてみることにした。と言っても、前時間軸のことを聞くわけにはいかないので……。
「ねぇ、アンヌ、去年の今頃って、こんな大会やっていたかしら?」
「昨年の今頃は、レムノ王国の紛争の解決のために、動かれていたのではないかと思います」
アンヌの言葉に、ミーアは、ああ、と頷いた。
「なるほど、確かにこのぐらいの時期でしたわね。レムノ王国に向かったのが夏休み明けてすぐでしたから……、帰ってきて、後処理をしていた頃かしら……?」
正確に言えば、後処理はすべてルードヴィッヒに任せて、気力を使い果たしたミーアは、ベッドの上でゴロゴロしていた頃なのである。
――授業に出るのすら億劫でしたから、この大会は見に来ていないのかもしれませんわね。アベルやシオンも自国のことにかかりきりで、出ていないはずですし……。
などと思っていると……。
「それだけじゃないぞ。今年の馬術大会が盛り上がってるのは、ほかならぬ嬢ちゃんのせいでもあるんだ」
「あら、馬龍先輩」
振り返ると、すぐそばに、林馬龍の姿があった……のだが。
「今日は、素敵な格好をされておりますのね」
ミーアは、ふむ、と唸って、一歩後ろに下がる。腕組みしつつ、馬龍の格好を上から下まで眺め回す。
黒に金に赤、青に黄色に緑。様々な原色の糸で大きな馬が刺繍されたその服は、おそらくは騎馬王国の民族衣装なのだろう。前合わせの東方風の服に、下は足首の上までを覆う長ズボンだ。
頭の上には、小さな丸い帽子をかぶった馬龍は、豪快な笑みを浮かべた。
「うちの部族の晴れ着だ。今日ぐらいは俺もお洒落しないとな」
そう言ってから、彼は、感無量といった様子で辺りを見回した。
「それにしても……、まさか、馬術大会がここまで盛り上がることになるとはな……。俺が卒業するまでに、こんな光景が見られるなんて思ってなかったぜ」
「えっと、どういうことですの? そう言えば先ほど、わたくしのせいとかなんとか……」
きょとん、と首を傾げるミーア。それを見た馬龍は、にやりと笑みを浮かべる。
「なんだ、知らねぇのか。セントノエルでは最近、乗馬がちょっとした人気になってるんだぜ?」
「まぁ、そうなんですの?」
瞳を瞬かせるミーア。
しかし、言われてみると確かに、馬術部に入部してくる者が増えていたような気はしていた。それに、教室でも、なにやら、馬の話題を聞くことが増えたような記憶もあった。
てっきり、馬術大会が近いから、だと思っていたのだが……。
「けれど、それがわたくしのせいというのは、どういうことですの?」
「覚えてないか? 生徒会長選挙の時、嬢ちゃん、馬に乗って選挙活動してたよな?」
「あー、ありましたわね……。そんなことが……」
遥か遠い記憶過ぎて忘れていたミーアである。
なるほど、確かに、そんなことをやった覚えはあった。
――とっても、迷走してるって思ったものですわ……。
遠い目をするミーアだったが……。
「新生徒会長の趣味が乗馬と聞いて、やってみようってやつもいたらしい。生徒会選挙なんて緊張する場面でも、"自分らしさ"を失わない姿が格好良かったって、女子の中でも人気が高まってるらしくってな」
馬に乗った凛々しい姿のミーアは、実のところ、それなりのインパクトを残していたのだ。
「なるほど、そんな裏があったんですのね……」
思わぬところに、自分が与えた影響に、ミーアは深く思いを馳せ……
「あ、あの串に刺さった焼き菓子、美味しそうですわね……」
てはいなかった。
どんな時にも"自分らしさ"を失わない姿を披露するミーアなのであった。
 




