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第十話 ミーア姫、復讐鬼と化す!

「……ああ、酷い目に、遭いましたわ……」

 ぐじゅぐじゅ、と湿った足音をさせながら、ミーアは共同浴場に向かった。

「大丈夫ですよ、ミーアさま。すぐに洗い落とせますから」

 ミーアの傍らで、そうアンヌが慰めてくれる。

「すぐに、いつもの綺麗なミーアさまにしますから!」

 腕まくりをするアンヌの瞳には、闘志の炎が燃え上がっていた。

 幸いなことに、セントノエルの共同浴場は、温泉を引いてきている関係上、いつでもお湯が溜まっている。すぐにでも入ることができるのだ。

「うう、ぐちょぐちょですわ……」

 ねっちょり濡れた服を脱いでも、顔や髪がネトネトしているので、気分はまったく良くならない。

 どよーんっと重たい気持ちのまま、浴場に足を踏み入れたミーアであったが……。

「あら?」

 鼻をくすぐる香りに、小さく首を傾げた。

 湯気とともに漂ってきたのは、香草のなんとも(かぐわ)しい香り。それは、嗅いでいると心地よくて、眠たくなってしまいそうな、気分を落ち着かせる香りだった。

「なんだか、いい匂いがしますわね」

 いつもとは違う空気に、ミーアがあたりを見回す、と……。、

「こんにちは、ミーア姫殿下」

「あれ? ミーアお姉さま? どうしてここに?」

 浴槽の方から声が聞こえる。視線を巡らせたミーアは、そこに知人の姿を見出した。

「それはこちらのセリフですわ、ベル。それにシュトリナさんまで、こんなところでどうしましたの?」

 孫娘ミーアベルと、その友人シュトリナだった。

 ――ふーむ、こんな時間に二人でお風呂に入ってるなんて、珍しいですわね……。

 首を傾げつつもミーアは、洗い場に据えられた木の椅子に腰を下ろす。と、すぐさまアンヌが歩み寄ってきて、ミーアの髪を洗い始めた。

 シャワシャワと、頭の上で鳴る心地よい音、ミーアは気持ちよさそうに瞳を閉じた。

 馬のネバネバ粘液が洗い流され、サラサラな髪が戻ってくるのを実感しつつ、ミーアはシュトリナに声をかけた。

「珍しいですわね。ティアムーンの貴族はあまり、共同浴場は好まないと思っておりましたけれど……」

 そう言いつつ、ミーアはシュトリナの方を横目で観察する。

 ――わたくしのこと、上手いこと丸め込んだと思ってるのかもしれませんけど、そうはいきませんわ!

 ミーアは鼻息を荒くする。

 なにしろ、相手は敵の可能性が極めて濃厚なイエロームーン公爵家の令嬢である。油断することなど、あり得ぬこと。怪しい素振りを見せれば、すぐに糾弾してやる、とミーアは視線を鋭くする。

 浴槽のふちに腰かけたシュトリナ、その幼くも華奢な肢体は、先日見た時と同様、造りの良いお人形さんのようだった。

 肉付きの薄いか細い手脚、その肌は病的なまでに白い。

 なるほど、病弱と自分で言っていたのも嘘ではないのかもしれない。

 少なくともあまり力が強そうには思えない。

 ――っていうか、この子……、殴り合いの喧嘩をしても勝てるんじゃないかしら……?

 持ち前の観察眼によって、相手の戦闘能力のおおよその部分を察知したミーアは……、妙な自信を覚えてしまう。

 そんなミーアに、シュトリナは可憐な笑みを浮かべた。

「実は……ベルちゃんと相談して……、後でミーア姫殿下もお呼びするつもりだったんです」

「あら、わたくしを……? ここに、ですの?」

「ええ。ラフィーナさまにお願いして、リーナの知ってる香草をお風呂に入れてもらったんです」

 そう言って、シュトリナは、両手でお湯をすくい上げた。

「ほう……」

 先ほど入ってきた時の良い香りは、それか……などと思いつつ、身を清めたミーアは、いそいそと浴槽に近づく。と、お湯にぷかぷか浮いている草花の入った袋が見えた。

「これは、なんの草ですの?」

「はい。それは、ムーンビーズと言うハーブですね。体のこりをほぐす効果があるって言われてます。どうぞ、お試しください」

 そう言ってシュトリナは、にっこり笑みを浮かべた。

 その笑みに誘われるようにして、ミーアは、お湯の中に身を沈める。

 思わず……、声が漏れた。

「ああ……、これは……。確かに、体がほぐれていく感じがしますわ。じんわり温かくて、とっても気持ちいいですわ」

 湯船に首まで浸かって、ミーアは、両手足をうーんっと伸ばした。

 つま先から、じわじわと心地よい熱が伝わっていく。

 小さく口を開き、ミーアは、おふぅ、っと息を吐いた。

 ……なんというか、ちょっと……残念な吐息だった。

「ベルちゃんから、最近、ミーア姫殿下が馬術の特訓をしてるって聞いて。少しでも疲れがとれたらいいなって思ったんです」

 再びお湯に入り、ミーアのすぐそばまでやってきたシュトリナ。

 その優しさにあふれた言葉に、ミーアは、

「まぁ! そうなんですのね!」

 ひどく感動した! 心から湧き上がる感動に、その瞳には涙さえ浮かんでいる。

 基本的に、チョロインであり、なおかつフロインであるミーアは、オフロ関係のことに高倍率の好感度ポイントが存在している。

 シュトリナの行動は、見事、そのポイントを射抜いた。

 この上、なにかお風呂で食べられるスイーツなど持参していたりしたら、親友(マブダチ)認定されていたかもしれない。

「ベルは、とってもいいお友達を持ちましたわね」

 ニコニコ、上機嫌な笑みを浮かべるミーア。それに応えるように、ベルも満面の笑みを浮かべる。

「うふふ、ありがとうございます。ミーアお姉さま。ボクも、リーナちゃんのこと、大好きです」

 上機嫌に笑いあう、祖母と孫。実に平和な光景だった。

「ああ、本当に素晴らしい湯加減ですわ……」

 ミーアは、すべすべになった右腕をお湯の上にあげる。両手でお湯をすくい上げ、顔にぱしゃぱしゃとかける。

 この、ちょっと熱めなお湯が、実になんとも気持ちよかった。

 ミーアお祖母ちゃんは、ポカポカが後まで残る、ちょっぴり熱めが好みなのだ。

「ところで、ミーア姫殿下、そんなに馬術の鍛練をされているということは、もしかして、秋の馬術大会に出場なさるんですか?」

 不意に、シュトリナが言った。

「ああ、やっぱりそう思われてしまうのですわね。本当は、そんなつもりもなかったのですけど、成り行きで出ることになりそうですわね……」

 ミーアは、先ほどのやり取りを思い出して、ため息を吐いた。

「それじゃあ、今度、練習の見学に行ってもいいですか?」

「あら、シュトリナさんも馬術に興味がありますの?」

 きょとんと首を傾げるミーアだったが、すぐに笑みを浮かべた。

「なら、遠慮なさらずに来たらよろしいですわ。馬も結構可愛らしいですし……一部を除けばですけど……」

 ミーアの脳裏に、にやにやとくしゃみをぶっかけてきた、あの馬のことが思い浮かぶ。

 ――あいつだけは、許しませんけれど……。ええ、あのクソ生意気な馬だけは絶対に許しませんわっ!

 グッと拳を握りしめ、心に誓う復讐鬼ミーア。

 ――今度、目の前でスイートニンジンケーキを食べて差し上げますわ! 見せつけてやりますわ!

 ……ちなみにそれは、帝国から料理長が考案し、レシピを送ってくれたお野菜スイーツだった。

 食堂で採用予定のメニューだった。

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