第三話 真理の体現者、ミーア姫
「…………はぇ?」
ミーアは、思わず、ぽっかーんと口を開けて、目の前の少女のことを見つめた。
ふわふわと輝く黄金の髪、風で髪が揺れるたび、心地よい花の香りが漂ってくる。頬をかすかに赤く染めたシュトリナは華やかな笑みを浮かべて、ミーアの方を見つめていた。
けれど、その灰色の瞳に、徐々に怪訝そうな光が宿っていく。
ミーアが、ずっと黙って見つめていたからだ……。
――あっ、まずいですわ……。
ミーア、咄嗟に笑みを繕いなおして、口を開いた。
「はじめまして、わたくしはミーア・ルーナ・ティアムーン。以後、お見知りおきをお願いしますわね」
それから、ミーアは小さく首を傾げた。
「それにしましても、縁戚でもあるイエロームーン家のあなたと初対面なんて、なんだか不思議な感じがいたしますわね」
「はい。申し訳ありません。リーナは生まれた時から体が弱く……。ミーアさまのお誕生会にも参加することができませんでした」
「まぁ、そうでしたの。これは変なことを聞いてしまいましたわね」
「ふふ、もう昔のことです。ミーアさまは、お優しい方なのですね」
そうして、シュトリナは、そよそよと揺れる花のように笑った。
森で歌う小鳥のように、笑った。
完全無欠な貴族の令嬢、よく笑い、愛らしく明るく……およそ、悪印象の抱きようのない少女だった。
ゆえに、ミーアの脳裏では、カーンカーンカーンッ! と警鐘が鳴り響き続けていた。
――こっ、このタイミングでイエロームーン公爵家の令嬢が、わたくしに近づいてくる? どっ、どう考えても怪しすぎますわっ! そもそもなんで、わたくしはこの子のこと知らないんですのっ!? おかしすぎますわ!
前の時間軸を合わせても、ミーアにはシュトリナの記憶がなかった。というよりは……イエロームーン家の関係者の記憶自体が、そもそもとても少ない。
他の四大公爵家の者たちのことは、それなりに印象に残っているというのに……。
『我らは古いだけで、四大公爵家としては最弱ですから……』
そんな、謙遜な言葉を言われた記憶があるが……せいぜいがその程度。
彼らに対する情報が圧倒的に不足しているのだ。
これはいったいどうなっているのか? と焦るミーアに、ベルが嬉しそうに話を続ける。
「リーナちゃん、じゃなかった。シュトリナさんとは図書室で知り合ったんです。それから、ずっと一緒にお勉強してもらってるんですよ」
「あっ、え、えーと、そう、なんですのね……。それはお世話になりましたわね、シュトリナさん」
ミーアが目を向けると、シュトリナは澄まし顔で頭を下げる。
「いいえ、とんでもありません。ご挨拶にうかがうのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「それは別に構いませんけど……」
と言いつつも、ミーアはじっくりシュトリナの観察を続ける。
――確かに、入学して以来、わたくしのところには、まったく顔を見せませんでしたわね。それなのにこのタイミングで……? 絶対に怪しいですわ!
判明した初代皇帝の思惑、それに合わせるように痩せ細ったミーア皇女伝。
そして……、現れたイエロームーン公爵の関係者。
すべてが一本の糸で繋がっているようにしか思えなくって……。
――実に怪しい、怪しすぎますわ!
名探偵ミーアの勘が告げていた。
目の前の少女は黒。犯人! お近づきになるにはあまりにも危険、と。
――これは、びしっとベルに近づくなと言うべきかしら……?
ミーアは、しばし思案する。が……。
――いえ、そうですわね。わたくしが与り知らぬところで動かれるのは、むしろ恐ろしいですわ。でしたらいっそ、ここでしっかりと繋がりを持っておいたほうがいいでしょう。せっかく敵の側から来てくださったのですから、その方が監視しやすいはず。
サフィアスを生徒会に入れたのと同じ理屈である。
それに……、とミーアはベルの方を見た。
ニコニコとご機嫌に笑っているベル。嬉しそうにお友達を紹介する孫娘を前に、ミーアとしてはあまり水を差すようなことは言いたくはなかった。
それでも、一応は「気をつけるように」と従者であるリンシャには言っておこうと思うけれど。
「これからも、どうかベルと仲良くしてあげてね、シュトリナさん」
「はい。リーナも素敵なお友達ができて、すごく嬉しいです」
シュトリナは、花のように華やかな笑みを浮かべた。
その、非の打ちどころのない笑みに、やっぱりミーアは警戒心を抱いてしまう。
――ふふん、下手なことをしたら、すぐに尻尾を掴んでさしあげ……。
「あ、そういえば、ミーアさまは、野草の類にご興味がおありとか……」
不意に、シュトリナは言った。
「あら……? よくご存知ですわね。ベルに聞いたのかしら?」
「いえ、噂を耳にしただけなんですけど、実はリーナも好きなんです。草花って。だから、領地の中の野草を採ってきてみたり、ご本を読んで勉強もしてるんですよ」
「……ほぅ!」
ミーア、少しだけシュトリナを見直す。
てっきり屋敷にこもって、なにか怪しげな策謀に加担する不気味な少女と思っていたのだが……。
――ふむ、わたくしと同じ生存術の心得があるとは思いませんでしたわね……。惜しいですわ……。もしも敵でなかったら、一緒に、革命が起きた時にどうやって生き残るかで……、盛り上がることができたかもしれませんのに……。
などと、ちょっぴり残念に思うミーアであったが……。
「それに、キノコとかも楽しいですよね」
その一言に釣られる。
「まぁっ! シュトリナさん、キノコ好きなんですの!?」
釣り上げられる。
「はい。実はキノコも研究してて、採ってきて食べたりもしてるんです。お鍋料理なんか、いいですよね」
「まぁ、まぁっ! それ、わたくしもやってみたかったんですのよ? よかったら、今度、教えてくださらないかしら?」
見事な一本釣りだった!
「もちろんです。今度、一緒にキノコ狩りにいきましょう」
ずががーんっ! とミーアの背筋に雷が落ちた。
かつて、ミーアをキノコ採りなどという、危険な遊びに誘った者がいただろうか? 否、いない!
ミーアは、ほわわあっ! と笑みを浮かべた。
シュトリナに対する好感度が、一気に上がり、
――もしかして、シュトリナさん、普通にいい子なのかもしれませんわ。お父さまのイエロームーン公爵はダメでしょうけど、この子は陰謀とかに関係ないのかも……?
などと……、すっかり気を許しそうになっているミーアである。
人は、見たいものだけを見て、見たくないものは見ないもの。
そんな真理の体現者こそが、ミーアなのであった。