第百一話 チキン探偵ミーア、推理する!
「ん……、うーん……アンヌ?」
ミーアはぽやーっとした寝ぼけまなこを、こしこし両手でこすった。
ぼんやりと霞む視界の中に、忠義のメイドの姿はなかった。
「あら……?」
……というか、むしろ誰の姿もなかった。
「…………あら?」
首を傾げつつ、そっと身を起こす。
薄暗い洞窟の中に目を凝らすが、やはり誰の姿もない。
「変ですわね……昨日は、確かにアンヌと一緒に…………っ!?」
唐突に、昨晩の記憶が脳裏に甦る。
遠くの方で聞こえた世にも恐ろしい悲鳴……。
この島には自分たち以外いないと思っていたのに聞こえてしまった人の声。
あれは、いったいなんだったのか?
「わたくしたちだけしかいないって……そう思い込んでおりましたけど……」
もしかしたら……いたのかもしれない。
それも、人間ではない別のナニカが……。
そう、それは、例えば……邪教徒の亡霊とか……。
「ひぃっ!」
ミーアは息を呑み込んだ。
背筋を冷たい手で撫でられたように、ゾワゾワッと悪寒が全身を駆け抜ける。
「あっ……アンヌ、アンヌぅ」
小さくかすれるような声で、名前を呼びながら、洞窟の入り口に向かう。
大きな声は出すことができない。なぜなら……、そんなことをしてしまったら、自分がいることがバレてしまうから……。
この島に巣食う、オソロシイ、ナニカに……。
「ひぃいいっ! あ、アンヌ、どこですの、アンヌぅ……」
微妙に涙目になりつつ洞窟から顔を出したミーアは、直後っ! こちらに駆け寄ってくる人影に、悲鳴を上げそうになって!
「大変です、ミーアさまっ!」
「あ、アンヌぅ……」
「わぁっ!」
起きて早々抱き着いてくる暑苦しいミーア。驚きの声を上げつつも、アンヌは冷静に、その小さな体を受け止めた。
「どうかされたんですか? ミーアさま、悪い夢でも見られたんですか?」
アンヌに優しく背中をさすってもらい、ようやく人心地つくミーアであった。
「あ、アンヌの方こそどうしたんですの? それに、みなさんはどこに?」
「あ、そうでした。大変なんです。詳しい話はみなさんが戻ってきてからなんですけど、実は、エメラルダさまがいなくなってしまわれたようなんです」
「は? エメラルダさんがいない……? どういうことですの? それは……」
やがて、シオンとアベル、キースウッドとニーナが洞窟へと戻ってきた。
改めて、説明を聞くと……、
「朝、起きた時に、エメラルダさまがいらっしゃらなかったんです」
ニーナは、わずかばかり困惑した様子で言った。
どうやら、それ以上のことはわからないらしい。
少なくとも、この周辺にはエメラルダの姿はなかったようだが……。
「ふむ……」
そこで名探偵ミーアは、一瞬で推理を組み立てる。
一、自分だけ除け者にされて、いじけて家出した……家じゃないけど……。
二、無人島を冒険してみたくなった
三、美味しい食べ物を探しに……
――ぶっちゃけどれもありそうですわ……。あるいは、わたくしが考えつかないようなしょーもない理由で出て行ったのかもしれませんし……。
ミーアは、ため息混じりに首を振る。
「ああ、もう、本当に、あの方は……」
「もしかしたら……お一人で泉の方に行かれたのかもしれません。朝の水浴びか、水を飲むために……」
おずおずと発せられたニーナの言葉に、ミーアは頷いて見せる。
「なるほど、あり得ますわね……。朝一番には、澄んだお水を口にできるのが当然、なんて言いかねませんし……。では、急ぎ泉の周りを探してみましょうか」
「いや、全員で行っても意味がない。キースウッド、すまないが、浜辺の方に様子を見に行ってくれ。海岸線沿いに、海の様子を一通り見てくるんだ」
「エメラルドスター号が帰ってきているか見に行ったかもしれない、ということですね?」
「それと海賊だ。万が一、怪しげな船が泊まっていたら、拉致された恐れもある」
シオンの指摘で思い出す。
――そういえば、この洞窟も、人の手が入っている可能性があるって言ってましたわね。
とすると、海賊の拠点になっている可能性も、まぁ、ないではないのかもしれない。
「彼女が自分以外の者の意志によって戻ってこないのだとすると、島に何者かが潜んでいたか、海の外からやってきた何者かに捕らわれたと考えるべきだ。あくまでも念のためだが、一応警戒しておこう……。それと、ニーナ嬢とは俺が一緒に行く。アベルは……」
「わたくしももちろん行きますわ。泉と反対側を探しましょう」
サバイバルの専門家を自任するミーアは、ふんすっと鼻息荒く言った。
それから、ミーアはアンヌの方を見つめる。
「アンヌ、申し訳ないのですけど、あなたにはここで留守番をしていただきますわ。エメラルダさんが帰ってきたら、しっかりと引き留めておくのですわよ」
「わかりました。お食事の準備も、できる限りでしておきます」
幸い、昨日、ミーアが考えなしに山ほどとってきた野草の類がある。
きちんと食べられるかどうかは、キースウッドのチェック済みだ。
「では、昨日もしましたが、そこの野草の節をとって、それから……」
ニーナが処理の仕方を話している間に、キースウッドは先行して出発する。
「アンヌ嬢、単独で行動させてしまい申し訳ない。もしも怪しげな者がやってきたら、躊躇わずに身を隠してくれ」
そんな指示を残しつつ、シオンとニーナも出発する。
「では、行ってまいりますわね、アンヌ」
「はい、お気をつけて。ミーアさま」
最後にミーアとアベルの二人が洞窟を後にした。
向かう先は泉の反対側。昨日、キースウッドと探索した辺りである。