第九十八話 和気あいあいサバイバル
ミーアたちが大量の野草と木の実類を抱えて戻ってくると、浜辺ではすでに料理の準備が進んでいた。
パチパチと音を立てる焚火、木の枝で作った即席の台の上には立派な金属製の鍋がかけられていて、中にはぶつ切りにされた魚がぐつぐつと煮込まれていた。
ほかにも貝や海藻類も入っていて、豪華海鮮鍋といった様相を呈していた。
「まぁ、鍋!」
それを見たミーアが、思わず歓声を上げる。
仮にウサギを捕らえたとしても、鍋ばかりはどうにもならないとあきらめていたのだが……、ここに、絶品ウサギ鍋への道が開けたのだった。
この島に住むウサギたちがミーアの胃袋に収まる日も、そう遠くないのかもしれない。
「よく鍋なんか見つけましたね」
感心した様子のキースウッドに、ニーナは表情一つ動かさずに言った。
「大人数用の鍋でしたから、多分、風で飛ばされることはないと思いまして。上手く木に引っかかっていてなによりでした。大体のものは煮込むか焼くかすればなんとかなりますから鍋があると便利かと」
その言葉に、キースウッドは遠い目をした。
「ああ……それは至言ですね……。料理に熟達した方の実に素晴らしい考え方です。あなたのような方がいてくださって、とても心強いです」
まるで遠い異国の地で同胞を発見した時のような……そんな顔をするキースウッド。それを見て首を傾げていたミーアであったが、すぐに、まぁいいか、という感じで、
「鍋があるのは素晴らしいことですわ。ウサギを煮るのもよし、キノコを入れるのもよし……」
キースウッドがまたしても遠い目をしたが、ミーアは特に気にしなかった。
細かいことは気にしない、目の前の鍋よりも器が大きいミーアなのである。
「それにしても、海藻はともかく魚なんかよくとれましたわね。釣り竿なんか持ってましたの?」
「竿は、そのあたりの木を使ってね。釣り糸は、申し訳ないが君の従者の大切なものを少しわけてもらった」
「え? アンヌの?」
ミーアはアンヌの方に目を向けた。アンヌの赤みを帯びた長い髪を見て……。
「まさか……」
「女性にとって髪は命だということはわかっていたんだがね……」
申し訳なさそうに言うアベルに、アンヌはおかしそうに笑った。
「放っておいても伸びてくるものですし、釣り糸に使うぐらいなら切っても、そんなに変わりません。それに、ミーアさまにお腹一杯お魚を食べていただけるなら……お役に立てるなら、それが私にとってなによりの幸せですから」
「アンヌ……」
忠臣の健気な言葉に、思わずウルっと来てしまうミーアである。
「けれど、海鮮鍋ですと、わたくしたちが収穫してきたものは、合わないかもしれませんわね……」
そう言って、ミーアがその場に並べたのは、複数種類の野草と木の実だった。
「おお、すごいな。そんなにたくさんとってきたのかい?」
目を丸くするアベル。シオンやニーナも驚いた顔をしている。
「ふふん、このぐらい大したことでは、ございませんわ」
パッと聞いた感じ、謙虚なことを言っているミーアであるが、その顔は、これ以上ないぐらいの渾身のドヤァ! 顔だった。
「キースウッドさんにも手伝っていただきましたし……」
「いえ、ミーア姫殿下のお知恵には感服いたしました……」
深々と頭を下げてから、キースウッドは遠くを見つめた。
「……できればキノコへの好奇心については、もう少し抑えて慎重になっていただけると、なお良いのですが……」
などと、ぶつぶつつぶやき始めたが……、ミーアは小さく首を傾げるのみだった。
細かいことは一切気にしない、大器ミーアである!
「ああ、それと満月ヤシの木も発見いたしましたの。甘い果汁が素敵ですけれど、硬い殻が食器として使えるのではないかと思いまして……」
「一つ、参考のために持ってきました。割ってみて使えそうでしたら、あとで採って参りましょう」
それを聞いて、ニーナが大きく頷いた。
「ありがとうございます。鍋ですとどうしても食器が必要と思っていたところです」
それから、ミーアが採ってきたものに目をやって、小さく首を傾げた。
「お持ちいただいた野草の類も、下処理して鍋に入れてしまいましょう。あとはヤシの果汁も、味に深みをつけるのに使えるかもしれません」
その”できる女”といった口調に、ミーアは瞳を見開いた。
「まぁ、ニーナさん、まさか、この状況でも問題なく料理ができるというのは本当でしたの?」
「帝国の皇女殿下であらせられるミーアさまや、王子さま方にお出しするには、はなはだ不足ではございますが……、最善を尽くそうと思っております」
頭を下げるニーナに、ミーアは感嘆の声を上げる。
「いえ、この状況の中で十分すぎますわ。このお鍋、すごくいい匂いがしておりますわよ」
「そうですね。これは、味付けは塩のみなのですか?」
作るのを見ていなかったキースウッドが尋ねると、ニーナは小さく首を振り、
「いつでもエメラルダお嬢さまに美味しい食事を食べていただけますよう、魔法の粉を常備するようにしています」
「ま、魔法の粉、ですの?」
小さく首を傾げるミーアに、ニーナは首に下げていた小瓶を取り出して見せた。
「海外でとれる香辛料にございます。これを一振りすると、味が格段によくなるのです」
「まぁ! そのようなものがっ!?」
興味津々に目を輝かせるミーアだった。
和気あいあいとした雰囲気。その様子をただ一人、エメラルダだけが、むっすーっと頬を膨らませながら見つめていた。