第九十七話 進め! ミーア探検隊!
食物を求めて、ミーア探検隊は森の奥深くへと足を踏み入れた。
すでに、野草の類は結構な量になっていたが、ミーアには目標の物があったのだ。
――できればウサギ……、ほかの肉類でもいいですけれど……。
ミーアの頭の中では、すでにウサギは肉類に分類されている。
島のウサギたちに、今、重大な危機が訪れようとしていた。
「あ、そう言えばカエルは、鶏肉みたいな味がすると聞いたことがございますわ。キースウッドさんは、試したことは?」
「…………いえ、あいにくとないですね」
微妙にひきつった顔をしているキースウッドに気づくことなく、ミーアは、ふむ、と考え込んだ。
「南の方に住まう者たちは虫を食することもあると聞きますが……、さすがに少し、それは抵抗がございますわね。ヘビなんかは火さえ通せば、さほど抵抗なく食べられるかしら……、でも、やはりここはキノコが……」
などと、ぶつぶつつぶやいていたミーアに、キースウッドが口を開いた。
「ミーア姫殿下、大変失礼ながらお聞きしても?」
「あら? なにかしら?」
「ずいぶんと野生の食物に詳しいようですけど、それは、いずれ来るとお考えの飢饉に備えているがゆえなのでしょうか?」
「はて……、その話、どこでお聞きになりましたの?」
「ルードヴィッヒ殿に、馬車で教えていただきました」
ミーアは、その答えにしばし黙り込むが……、
「なるほど、さすがはルードヴィッヒですわ。よい判断ですわね」
すぐに、深々と頷いて見せた。
「ええ、その通りですわ。来年から数年にわたり不作の年が続きます。飢饉は大陸全土にまで及ぶことでしょう。ですから、備えをしておくのが大切ですわ」
はっきりとした口調で、ミーアはそう告げた。
正直なところ……、サンクランド王国がどうなろうと、根本的には知ったこっちゃないミーアである。前の時間軸で普通に飢饉を乗り切っていたので、今回もどうせなんとかなるんだろうな、と思っているのだ。
けれど、ミーアは思い出した。以前、シオンに対して思ったことを……。
レムノ王国に潜入した時、焚火を囲みながらミーアは思ったのだ。
いきなり処断するのではなく、事前に警告してくれたってよかったのではないか、と。
同じ学校に通っていて、知らない仲ではなかったのだから、せめて一言でも言っておいてくれれば、ギロチンにかけられることはなかったのに……と。
それゆえに……、ミーアはキースウッドに警告するのだ。
自分がしてもらいたいと思っていることを相手にもするようにという、ごくごく当たり前の良心に従って…………では、もちろんない。
全然違う! それをする理由は、もちろん……。
――わたくしの場合は心が広いので、それで恨みに思うようなことはございませんでしたけれど、シオンの場合にはわかりませんわね……。腹いせに、なにか嫌がらせをしてくるかもしれませんわ!
その点を危惧するミーアである。
――まぁ、それに、シオンやキースウッドさんにもちょっぴり恩はありますし、ここで返しておくのも悪くはありませんし……。
などという複雑な心の動きを経て、ミーアは忠告する。
「サンクランドでも、備えておくに越したことはないと思いますわ」
けれど、キースウッドは小さく首を傾げた。
「ミーア姫殿下のお言葉を疑うわけではありませんが、そのようなこと、わかるものなのですか?」
その疑問を、当然のこととミーアは受け止める。
彼らには未来の記憶も、あの日記帳もないのだ。
いきなりそんなことを言われても、信じるのは難しいだろう。
ゆえに、ミーアは言う。
「信じる信じないは、もちろん、あなたたちの自由ですわ。ただ、わたくしはこう考えておりますの。飢饉が来ることを信じ込み、備えて準備をしていて、けれど実際には飢饉が来なかった場合と、飢饉など来ないと備えを怠って、飢饉が来てしまった場合と、果たしてどちらが悲劇か、ということを」
「なるほど、常に最悪に備えよ、ですか……」
感心した様子のキースウッドに、ミーアは、けれど首を振る。
それから、悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「いいえ。笑って誤魔化せるのはどちらかという話ですわ。もしも、わたくしが飢饉が来るぞと言って、備蓄を増やさせて……それで実際に来なかった場合には、溢れた備蓄はわたくしの誕生祭にでも、民衆に振る舞って、食べてしまえばいいのです」
それは、わがまま皇女の無駄遣い。されど、食事を振る舞われた側も苦笑いで済ますことができるわがままだ。
「どちらにせよ、そう悪いことにはならないのではないかしら?」
もしも未来が変わって小麦が大量に余ったら、お腹いっぱいケーキを食べてやろうと企むミーアなのである。それはそれで幸せな結末になるだろうと、ミーアは信じて疑わない。
そう、ケーキがないより、余っているほうが、きっと人は幸せになれるのだ。
「なるほど、素晴らしいお考えですね」
そんなミーアを見て、キースウッドは尊敬の念を新たにするのだった。
そうこうしている間に、二人は森を抜けた先の岩場に到達した。
島の中央から、やや西側に寄った場所だ。
「この辺りは少し歩きにくいですわね……。ひゃっ!?」
直後、ガラリと石が崩れる。バランスを崩しかけたミーアを、キースウッドが素早く抱き寄せた。
「気を付けてください。地盤が緩くなって、崩れやすくなっているみたいですから。あまり、こちらには来ない方が良いかもしれません」
「そうですわね。みなにも警告しておいた方がよさそうですわ。泉とは反対方向ですし、あえてこちらに来る必要はございませんわね……」
ミーアは、すぐそばでキースウッドを見上げて、それから、からかうような笑みを浮かべた。
「それにしても、キースウッドさんは女の子の扱いが上手いですわね。相当な戦果を挙げられているのではないかしら?」
「ははは、勘弁してください。シオン殿下のお供で、そんな暇ありませんよ」
頬をかきつつ、苦笑いを浮かべるキースウッドであった。