第九十五話 ホントに大丈夫ですので……
かくて、ミーアたちは、シオンの指導のもと、行動を開始した。
狼煙はすでに準備ができていたので、早速、火をつける。
「確か、木をすり合わせてつけるんでしたわよね?」
「ああ、よくご存じですね。ミーア姫殿下。ですが、今回は私が携帯用の火打石をもっておりますので……」
そう答えつつ、キースウッドは…………察した!
ミーアが、中途半端にサバイバルの知識を持っているということに。
そして……彼は知っている。
中途半端な知識ほど、失敗すると大けがになりやすいということを。
――これは、ミーア姫殿下のことを気にしておいた方が良いか……。
などと思っていたキースウッドは……、
「あっ、そうですわ。食料探しでしたら、わたくしを森の方の担当にしていただけないかしら? わたくし、詳しいんですのよ。山菜とかキノコとか……」
「それは素晴らしいですね。では、僭越ながら俺が同行させていただきますので、どうぞ、ミーア姫殿下は危険なことをせずに、指示にしたがえ……ってくださいね」
ニコニコ、笑みを浮かべるキースウッドだったが、その目がまったく笑っていないことに、ミーアは気づいていなかった。
「あっ、あの山菜は確か、なんとかヨモギと言って、苦いけど食べられるはずですわ」
「おお、さすがに目がいいですね。あれは、南洋ヨモギですね。湯がくと多少苦さも薄れるはずです。栄養もたっぷりあります」
結局、役割分担は、ミーアとキースウッドが森の中に食料探しに。
シオンとアベルは狼煙を守りつつ、海釣りを。そして、アンヌとニーナ(……とエメラルダ)が洞窟に残り、料理の準備をすることになった。
「グリーンムーン公爵家の威信にかけて、ニ……うちのメイドが料理いたしますわ。道具はございませんけれど、できますわよね?」
エメラルダに話を振られたニーナは、視線を斜め上に向けて、何事か考えこんでいたようだったが……、
「そうですね。メニューは限られるかと思いますが、食材がございましたら、なんとかいたしましょう」
そう請け負って見せた。
「ふむ……、まぁ、あのエメラルダさんに振り回されて鍛えられているのですから、多分、大丈夫でしょうけれど」
などと言うミーアの独り言を、キースウッドが光の宿らない目で見ていたのは秘密である。
それはさておき、ミーアによって次々に食べられる山菜類が集まっていく。
それを見て、キースウッドは不覚にも感心してしまった。
これは、もしかしたら、中途半端なサバイバル知識ではなく、本格的な知識なのではないか? などと錯覚しそうにもなった。
しかしっ!
「あ、このキノコは確か食べられるはずですわ。わたくしの勘が、そう告げておりますわ」
そう言って手を伸ばそうとしたミーアを、キースウッドが慌てて止める。
「いえ、その、ミーアさま、キノコは大丈夫ですので」
厳然と告げる。
「……はて? 大丈夫とはどういうことですの?」
小さく首を傾げるミーアに、キースウッドは断固とした口調で言った。
「ともかく、大丈夫ですので」
「ですから、大丈夫ってどういう意味ですの?」
「ええ、ほんとに大丈夫なので。大丈夫です」
などというやり取りを経て、ミーアはしぶしぶ、そのキノコから手を離した。
「もったいないですわ。美味しそうですのに……」
ちなみにそのキノコ、三日マイタケと言って、食べると文字通り、三日三晩踊り続けるという毒キノコである。やべーやつなのである!
またしても、主の命を救ったキースウッドであった。
「あっ、それと、あそこについてる実。あれは、美味しそうに見えますけれど、毒ですわ」
「鬼殺ですね。本当によくご存じですね」
キノコ以外は、と心の中で付け足してしまうキースウッドである。
――本当に、どうしてキノコに関しては異常なこだわりを見せるのに、知識がいい加減なのか……。
などと物思いにふけりつつ、キースウッドはさっとミーアの手首をつかんだ。
「……なにか、ございましたか?」
ミーアが手を伸ばした先、そこには、真っ白なキノコがあった。
輝くほど白くて……、ものすごく……、毒っぽい!
「い、いえ……、ちょっと、見たこともないキノコがございましたので、こう、隠し味的なのに使えないかなって……」
「ええ……使えません」
「でも、もしかしたら、とってもいいお味に……」
「使えません……」
「キノコが入ってると、味が一味も二味もよくなりますのよ? ウサギ鍋にするのであれば……」
「まず、ウサギ鍋にするんだったら、ウサギを捕まえる必要がありますし、そもそも鍋がありません。なので、ウサギと鍋が手に入ってから、隠し味の心配をするのでも遅くはないと思いますよ、ミーア姫殿下」
にっこり、笑みを浮かべるキースウッド。その目は、やっぱり笑っていない。
「うう、まったく……。あなたは相変わらず融通が利きませんわね」
ふぅっとため息を吐くミーアに、若干イラッとするキースウッドだったが、なんとか、それを呑み込んだ。
そう、ミーアには恩義があるのだ。クッキー一枚分の恩義が!
「キノコ以外で、できるだけ調理の必要がないものだけに絞りましょう。ご協力いただけますね? ミーア姫殿下」
「やれやれ、仕方ありませんわね……」
肩をすくめるミーアに、再びイラッとするキースウッドであった。