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第八十九話 暴風雨……

 ボタリ……ポタリ!

 頭に小石が降ってくるかのような感覚。反射的に顔を上げたミーアに大粒の雨が叩きつけてきた。

「ああ、降ってきましたわね……」

 ミーアの声に意地悪なナニモノかが応えるようにして、見る間に雨の量が増えていく。

 豪雨は吹き荒れる暴風にあおられて、さながら、たなびくカーテンのように視界を遮った。

「す、すごい雨ですわね……」

 両手で顔にかかる水をぬぐいながら、ミーアがつぶやく。それから小さく笑みを浮かべた。

 ――ふふ、まぁ、泳ぐ練習に来たんですから濡れるのは覚悟してましたけど、こんな風に島の上でも濡れるとは思っておりませんでしたわ。

 身に着けた服は水を吸い、肌にまとわりついてきて、微妙に重くなった。

 けれど、それが服を着たままで水浴びをしているような、なんだかヘンテコなことをやっているような感じがして、ちょっぴり楽しくなってきてしまうミーアである。

「みんな、絶対に離れるなよ。アベル、後ろを頼めるか?」

「心得た。殿(しんがり)はボクに任せたまえ」

 そのやり取りだけで、役割分担を済ませる二人の王子。

 キースウッドに先行させ、先頭にシオンが、そこから、ミーア、アンヌ、エメラルダ、ニーナが続き、最後にアベルが殿を守って、一行は慎重に幕屋(テント)への道を急いだ。

 ぬかるむ地面に足を取られないよう、ミーアは懸命に足を動かす。ぐしゅぐしゅと、水を吸った靴が音を立てて、なんとも歩きにくかった。

 何度も転びそうになりつつも、なんとか幕屋へと辿り着いた。

 見えてきた幕屋の布は、強風にバタバタと音を立てていた。今にも風に吹き飛ばされそうだ。

「たっ、大変ですわ! 幕屋が飛ばされますわ! 早く荷物を運び出さないと!」

 慌てて、中の物を持ち出すようにニーナに指示しようとするエメラルダだったが、

「それはやめておいたほうがいい。危険だ」

 横からシオンが制止する。

「そうだね。この風の中、荷物を運ぶのは現実的じゃないな。避難を優先しよう」

 アベルが同意し、シオンに頷いて見せた。

「どこか、風を避けられる場所を探そう。キースウッド、頼む」

「ですね。島の中央に向かいましょう。お姫さま方もしっかりついてきてくださいよ」

 キースウッドを先頭に、一行は島の奥へと足を踏み入れた。

 しばらくすると、背の高い木々が繁茂する、深い森が現れた。

 そのまま、森の中に足を踏み入れる。わずかながら風は収まったものの、木々の葉を叩く雨音は、かえって強まったように感じた。

 バタバタ、ボタボタ……。葉が揺れ、こすれ、叩き合わされる音。

 その音に、一瞬、仲間たちの声がかき消された。

 激しい雨音の中で生まれた刹那の孤独、ふと、頭上に目をやったミーアは黒々とした木々の葉に、思わず記憶を刺激された。

 ――ああ、未だに森に入ると、あの時のことを思い出してしまいますのね……。

 革命軍に追い回されていた時のこと……。

 メイドに見捨てられたミーアは、一人で森の中をさ迷い歩いたのだ。

 ――早々に転んでしまって、足を怪我してしまったんでしたわね。それで、別れ際には足手まといだなんだと言われたんでしたわ……。

 足を伝い落ちる雨粒の感触で、あの日、擦りむいた膝から流れ落ちた血の感触を思い出してしまう。

 擦り傷がひりひり傷んで、流れ出た血がぬるぬるして、気持ち悪かったなぁ……なんてことをぼんやり思い出して、油断していたからだろうか。

「あっ……」

 ずるっと、足元が滑った。

 前のめりに倒れつつ、ミーアは我が身の迂闊を呪う。

 ――ああ、あの時と同じように……ここでケガをしたら足手まといに……。

「危ないっ!」

 直後、声が響き、体が後ろから抱き留められるのを感じる。

「み、ミーアさま、大丈夫ですか?」

 ふんわりと柔らかな感触に振り返れば、心配そうな顔をしたアンヌが、ミーアの体を抱きしめていた。

「あ……え、ええ、問題ございませんわ」

 あの時になかったもの……今の自分が持っているものを思い、ミーアは少しだけ微笑んだ。

 本当なら、不安に震えなければならないようなこの状況でも、何とかなると思えてしまうのが、少しだけ不思議だった。

「気を付けていかなければなりませんわね。アンヌも、足元には十分に注意するんですのよ」

 そう言って、改めて歩き出そうとした、まさにその時、

「この先に洞窟があります。しばし、そこで雨風をしのぐのはどうでしょうか」

 雨に煙る前方より、キースウッドの声が聞こえた。再び、先行し、周辺を探っていたようだ。

「でかした、キースウッド。みんな、キースウッドの後についていくんだ。絶対はぐれるなよ」

 シオンの叱咤激励を聞きながら、ミーアたちはさらに、森の奥へと向かった。

 木々をかき分け、茂みをくぐったその先に、それは静かにたたずんでいた。

 コケの繁茂した岩肌に、唐突にぽっかりと口を開けた洞窟。屈まなければ入れないような小さな穴に見えるが……。

「中は広くなっております。どうぞ、お早く」

 そうして、キースウッドの後を追い、ミーアは洞窟に足を踏み入れた。

 ――なんだか、バケモノのお腹の中に入っていくみたいですわね……。不吉な場所って感じがしますわ。


 ミーアの時々当たる勘が、この時、見事に的中していた。

 彼らが踏み入った場所、歴史の流れに忘れ去られたその場所は……。


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