第八十三話 二人の小心者(チキン)
二人の王子に付き添われて、ミーアは無事に島に上陸を果たした。
サクサクと音を立てる白い砂浜に、ミーアは思わず歓声を上げた。
「まぁ、素晴らしい景色ですわ……」
サラサラ、キラキラ光る砂粒は、よく見ると星の形をしていて、実になんとも幻想的だ。
あまり人が立ち入った形跡のない、処女雪のような砂浜に、ミーアはちょこちょこ走り出した。
振り返れば、エメラルド色の海と、たなびく夏の雲が浮かぶ青い空。
ちゃぷん、ちゃぷんと音を立てる波は穏やかで、平和そのものだった。
「ここは、まさに楽園ですわね」
「ふふん、気に入っていただけたならば、なによりですわ」
いつの間に上陸したのだろうか。振り返れば、長い髪から水を滴らせたエメラルダが、浜辺に立っていた。腰に手を当てて、胸を張り、清々しいまでのドヤ顔を浮かべていた。
「私、毎年夏はここにきて、バカンスを楽しんでおりますのよ」
「ふむ……、ちなみに、エメラルダさん、夜はどうしておりますの?」
「少し離れたところに即席の幕屋を作らせますわ。虫の声を聴きつつ眠るというのも、なかなか風流なものですわよ?」
意外とアウトドアなエメラルダである。
普通の貴族のご令嬢は外で寝ることを嫌うが、大貴族の娘であるエメラルダは一周回って、自然を楽しむことを知っているのだ。
そして、その余裕は、ミーアも持ち合わせているものでもある。
――なるほど……、虫の声を聴きながら、星空を見上げながら、あるいは焚火を囲んでアベル王子と愛を語らいあう……、悪くない趣向ですわ。とてもステキなシチュエーション……、ああ、でも、やっぱりまだ少し早いのではないかしら?
船に乗って以来、恋愛脳全開のミーアなのである。
もろもろの場面を妄想して、思わず頬を染めて悶絶してしまう……。ちょっと怖い。
「さ、とりあえず、幕屋ができたらそこで水着に着替えますわよ。ミーアさまの分も用意してきたんですのよ?」
「…………ん?」
突如、耳に入ってきた不穏な言葉に、ミーアは一気に現実に引き戻される。
「エメラルダさんが用意した水着……ですの?」
嫌な予感をおぼえるミーアであった。
浜辺から少し離れた場所に急遽作られた即席の幕屋。
その中には、四人の少女たちの姿があった。
ミーアとエメラルダ、それに従者のアンヌとニーナである。
当初、エメラルダが用意したと聞いて嫌な予感をおぼえたミーアであったが、それでも、せっかくだから試着してみようかしら……、などと思い直して着替えてみた。
のだが……。
「まっ! なんていかがわしい!」
ミーアは水着を身に着けた自らの姿を見て、悲鳴を上げた。
「この水着、お腹が出てますわ!」
そうなのだ。エメラルダが用意してきた水着は上下で水着が分かれたセパレートタイプのものだった。ミーアの白いお腹と小さなおへそが完全に露出している!
……ちなみに、心配されたミーアのお腹FNY問題ではあるが、一応は、春先の頃の状態にまで持ち直していた。不断の努力が実を結んだのだ。流した汗(九割)と涙(一割)はミーアを裏切らなかったのだ!
それはさておき……、下の水着も問題だった。ラフィーナの紹介で作ったものより短いのだ!
ミーアが持参したものは膝のすぐ上までが覆われているが、エメラルダのは太ももの半ばまでが露出してしまう。大変なことである!
「こんな恥ずかしいものを着ろというんですの? しかも、スカートがついてませんわ!」
そう、ミーア持参のものには腰の部分から短くも、ひらひらしたスカートがついているが、エメラルダのものは、ただの半ズボンのような形をしているのだ。
別に、それで露出が増えるわけでもなく……。ミーアが外で活動的に行動する際に着るような、半ズボンと大差ないものではあるのだが……。
けれど、それは気分の問題なのである! ミーアにとって水着とは、水に入るときに身に着ける下着なのである。スカートが着いていないなど、あり得ない!
「大変、いかがわしいですわ! 却下ですわ!」
そう断言するミーアに、エメラルダは、きょとんと首を傾げた。
「あら、ですけど、泳ぎづらいと思いますわよ? そんなのがくっついてると」
当然、抵抗は少ない方がいい。
エメラルダが選んだ水着はデザインはもちろん、表面の素材に魚の皮の構造を応用した、水の抵抗を出来る限り少なくした、極めて機能的なものだった。
泳ぎ方を教えることについては、割と真面目にやるつもりのエメラルダである。
水着選びも、ガチなのだ。……まぁ、お揃いなのは趣味だけど。
「とっ、ともかく、お二人の王子がいらっしゃいますのに、あまりはしたない格好はできませんわ。今日のところは、わたくしは持参した水着を使いますわ!」
それを聞いたエメラルダは、ちょっぴり残念そうな顔をした。
「まぁ……、ミーアさまがそうおっしゃるなら、私も以前まで使っていたものにいたしますわ」
そう言って、エメラルダが身に着けた物は……、なんとお腹が出ていないおとなしい水着だった! しかも、スカート状のヒラヒラもばっちりついている!
……自分一人では、攻めたデザインのものを着る勇気のないエメラルダなのであった。
ミーアに負けずに、小心者である。
「王子殿下がお二人もいらっしゃるなんて、聞いておりませんでしたし? こういうのは、心の準備がございますしね。ねぇ、ニー……、あなた、そう思うでしょう?」
尋ねられたニーナは、一瞬エメラルダの姿を眺めて、しばし視線を宙にさ迷わせた後、
「あ、はい。ごもっともな判断かと……」
深々と頷くのだった。