第八十一話 その高慢の流れ着く場所
船首にて、ものすごく楽しそうにキャッキャするミーアを見て、エメラルダは満足げな笑みを浮かべた。
「ふふふ、ミーアさま、お楽しみいただいているようでなによりですわ。高貴なる血を持つ者にとっては、生涯の伴侶探しは義務ですものね……。てっきり、シオン殿下の方が好みなのかと思っておりましたけど、レムノ王国の王子殿下……確かアベル王子でしたかしら? あちらの方がお好みなんですのね。ふむ、どちらにしても面食いですわ。うふふ」
そんな風に満足げにつぶやいていた……のだが……。
「でも、私のことを放っておくのは、少しだけ気に入りませんわね。後でしっかりいじめて差し上げないと……。お顔に水をかけて差し上げますわ!」
気合いの入るエメラルダである。
と、その時だった。
「失礼いたします、エメラルダさま」
彼女のそばに、音もなくメイドのニーナがやってきた。
「あら、ニ……ではなく、メイド、なにか御用かしら?」
「はい、実は船長が、今日、明日中に嵐が来るので、島に停泊するのは控えるべきだ、と申しておりまして……」
「まぁ、嵐が?」
エメラルダは、怪訝そうな顔で空を見上げた。
「こんなに晴れているではございませんの。船長の気のせいではないのかしら?」
「ですが……」
「それに、この私が船遊びに来ておりますのに? そのように良くないことがおこると、あなた本当に思っておりますの?」
チラリ、とニーナをにらむエメラルダ。それを受けて、ニーナはそっと頭を下げた。
「申し訳ございません。過ぎたことを申しましたことを、ご容赦ください」
「わかればいいのですわ。それでは、船長には予定通りにするようにと伝えてちょうだい」
そう指示を出すと、エメラルダは楽しげな歩調で、船首の方に向かっていった。
その背を見つめて、深々とため息を吐くニーナに気づくことなく。
「ミーアさま、楽しんでいただけておりますかしら?」
アベルとイチャイチャしていたミーアは、その声にハッとした。
いつの間に来たのか、エメラルダがそばに立ち、ニコニコ機嫌の良さそうな笑みを浮かべていたのだ。
アベルに支えてもらって、船首に立って大はしゃぎ! などという……、後から思い出すと悶絶物の所業を行っていたミーアは、若干の気恥かしさをおぼえつつ、エメラルダに笑みを見せた。
「ええ、まぁまぁですわ。この船、少しチャチかなと思いましたけれど、こうして乗ってみるとなかなかに快適ですわ」
「おほほ、ミーアさまにそのように評していただけるなんて、光栄なことですわ。父にもそのようにお伝えしておきますわね……」
「ところで、エメラルダさん。船遊びというのは、こうして船に乗って移動するだけなんですの?」
ふと、なにかを思い出したような顔をして、ミーアが言った。
「ん? どういうことですの?」
「いえ、てっきり泳いだりするものだと思っていたのですけど……」
というか……、泳ぎ方を教えてもらえなければ来たかいがないというものである!
――いえ、まぁ、それならそれで……、いろいろと堪能できそうですけれど……。
先ほど生まれたラブラブ空間を思い出し、ミーアは、ほうっと切なげなため息を吐く。
――あれはあれで良きものでしたわね。むしろ、泳ぎの練習とかなくっても問題ないかも……。
などと、なんともふぬけたことを考えるミーアに、エメラルダは、心得たとばかりに頷いて見せた。
「もちろん、泳ぐ時間もございますわ。今向かっているのは島なんですの。そこの浜辺で泳ぎますのよ」
「へぇ、島ですか。島というとセントノエル島ぐらいしか想像できませんけど、どのような場所なのですか?」
横で聞いていたアベルが口を開いた。
エメラルダは会話に入ってきたアベルを見て、頭のてっぺんからつま先までを視線でねめつけてから、大きく一度頷いた。
「あいにくとセントノエル島ほどの広さはございませんわ。アベル王子殿下。ただ、泳ぐにはちょうど良い入り江がございますの。白い砂浜、星の砂粒、青く澄み渡る海水、まさにパラダイスのような場所ですわよ」
ニコニコと笑顔で応対する。どうやらアベルの顔は、エメラルダ的に合格だったらしい。
「それにしましても、ミーアさまには、とっても良いお友達がいらっしゃりますのね。うらやましいですわ」
「ふふ、まぁ、そうですわね」
自慢のアベルのことを褒められて、ミーアはちょっぴりご満悦である。
「お話し中のところ失礼いたします、ミーアさま」
「ああ、アンヌ。どうしましたの?」
「はい。ラフィーナさまから、お預かりしている水着の準備を……」
「あら、ミーアさん、きちんとメイドの名前なんかおぼえてますのね?」
ちょっぴり小馬鹿にした様子で、エメラルダが笑った。
「ええ、彼女はただのメイドではなく、わたくしの大切な忠臣なので、当然おぼえておりますわ」
「み、ミーアさま……」
その言葉を受けて、一瞬、感動に声を震わせるアンヌだったが、すぐに、エメラルダの方に顔を向けた。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はミーアさまのお世話をさせていただいております、アンヌ・リトシュタインと申します」
「まぁ! 別に聞いてませんけど? それにしても、ミーアさまからそのような分不相応な評価を受けている割に、なんか貴女、どんくさそうですわねぇ。おほほ」
エメラルダは冷たい声で言った。
「一応、言っておきますわね、ミーアさまのメイド。私は、いちいち下々の者の名前はおぼえないようにしておりますの。だから、あなたのことも名前で呼ぶことはないと思うけれど、悪く思わないでちょうだいね」
大貴族の令嬢に相応しい高慢な笑みを浮かべて、エメラルダは続ける。
「それにしてもミーアさまは、いちいちご自分の従者の名前までおぼえるなんて、変わってますわね。高貴な血筋はもっと堂々と、細かなことを気にしないようにしていないと、体がもちませんわよ。おほほ」
そんなエメラルダを、ミーアは複雑な表情で見守っていた。
ミーアはすでに知っている。
その高慢さがどこに繋がっているのかを……。
――忠告しても聞いていただけないでしょうね……。なにかあって気付いていただければいいのですけど……。
大貴族のやらかしは、皇帝一族の連帯責任にされる可能性が高いので、ミーア的にはできるだけエメラルダにはきちんとしてもらいたいところである。
それに、エメラルダが処刑でもされたら、それはそれで後味が悪そうだし……。
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