第二十三話 ミーア姫の口撃! ティオーナは……回復した!?
「ちょっと、そこのあなたたち、なにをなさっているの?」
ずんずん、と足音を立てて、ミーアは、その人垣に乗り込んでいった。
ティオーナを囲む少女たちの数は三。前の時間軸で見かけたことがある、それなりの国の、それなりの家柄の貴族の娘たちだ。そう……、あくまでも、それなりの、だ。
「はぁ? なんですの、あなたいきなり……」
突然の乱入に、不機嫌そうな声で答えるリーダー格の少女。
だったが……、
「みっ、ミーア姫殿下……」
ティオーナの唖然とした声を聞いて、青ざめた。
「みっ、ミーア、姫殿下って、まさか……」
「いかにも、ティアムーン帝国第一皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ。以後お見知りおきを」
スカートをちょこん、と持ち上げ、華麗に一礼。その瞬間、ミーアの背後では、帝国の威光が燦然と輝いていた。
それを見た少女たちは、思わず、その場にひれ伏しそうになる。
「それで……、あなたたち、なにをなさっているんですの?」
「え、あ、その、これは……」
少女たちの顔色が、徐々に白くなっていく。なぜなら、ミーアが……、敵に回してはいけない大帝国の姫君が……、激昂していたからだ。
そう、ミーアはキレていたのだ。マジギレと言っても過言ではないぐらいに。
自分に、よりにもよって仇敵に助け舟を出させるなんて……。やりたくもないことをやる場面を作った少女たちに向かって、燃え上がる憎悪の視線を向ける。
「わたくしの、帝国の臣民に、無礼を働いているように見えましたが……」
「い、いえ、ですが、帝国貴族と言っても、辺境貴族。社交界も知らぬ田舎者だって……」
「聞こえなかったんですの?」
助けざるを得ないのは、仕方がない。
けれど、ミーアは、往生際が悪い少女だった。そもそも、ギロチンで往生したくないから頑張っているわけで、それはわかりきったことではあるのだが。
この期に及んで、ミーアはほんの少しでも溜飲を下げたいとばかりに、言葉をつむぐ。
「わたくしは、あまねくすべての臣民に寵愛を与えておりますの。例え最底辺の奴隷の子どもさえ、わたくしの寵愛の中から漏れることはございませんわ。わたくしは、帝国臣民であれば、誰であれ、無礼を働かれているところを見過ごすつもりはございませんわ」
意味するところは、ずばり、別にティオーナが特別だから助けたんじゃないですよ、ということだ。
つまり、いじめられているのが、奴隷の力のない子どもであっても助けますよ、と言う意味であり、つまり、お前なんぞ奴隷の子ども程度の扱いだこの野郎! と言う意味である。
どうせ助けるのだから、せっかくなら気持ちよく助ければいいのに、と思わなくもないが、この往生際の悪さこそ、ミーアの真骨頂なのである。
ティオーナに向けて、キラキラと、やりきった笑顔を見せるミーア。
――助けてあげたのですから、なにを言われても文句は言えないでしょう?
ああ、けれど……、悲しいことに、ミーアの真意はティオーナには届かない。
ティオーナの実家は、歴史の浅い家系である。
彼女の祖父は、もともと近隣の農民たちのリーダーであり、盗賊退治の褒美によって貴族になった、いわゆる成り上がりである。
そもそも、彼女の家のある地域は、帝国に編入された時期が遅かったため、貴族扱いされないどころか帝国臣民と見られないことがほとんどだった。
準帝国人などと呼ばれるのはまだ良い方で、酷いものになると農奴の末裔だの、植民地人だの散々なことを言われた。
だから、セントノエル学園に入学した。
一生懸命に勉強し、礼儀作法を身につけ、宮廷剣術すら体得してきた。
すべては、自分を馬鹿にした貴族の娘たちを見返すため、最低限、馬鹿にされないため。
そして、帝国貴族として認められるためだ。
それなのに初日からこんな風に嫌がらせを受けて、早くも気が滅入ってしまっていたのだ。
どれだけ努力をしたって、認められない、自分は、ルドルフォンの家の者は、領民は、永遠に帝国人として認められない。
そんな絶望にとらわれかけたところに、彼女は現れたのだ。
ティアムーン帝国の頂点に連なる高貴なる姫君、ミーア・ルーナ・ティアムーンは、堂々と言ったのだ。
わたくしの臣民、と。誰であれ、わたくしの帝国の臣民に無礼を働く者は、許さない、と。
――えっ?
最初、ティオーナは、なにを言われたのかわからなかった。
助けてもらえることも期待していなかったし、まして、自身が帝国の民と認められるとは、思ってもみなかったのだ。
呆然とするティオーナだったが、ふいに自分に向けられている視線に気づいて顔を上げる。
――ミーア、姫殿下……。
そこには、温かで、優しげな笑みを浮かべる少女の姿があった。
「あっ……」
ふいに、その頬に涙が伝い落ちるのを感じる。
努力が認められたから、ではない。
なんの力もなく取るに足りない存在であったとしても、寵愛を与え庇護すると、目の前の姫君が保証してくれたから……。
何かに追いたてられるようにして生きてきたティオーナは、生まれてはじめておぼえる安心感に、涙を止めることができなかった。
本日はこれにて終了です。
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