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第七十九話 雌雄の決する時!

「あれが、エメラルドスター号……ですのね」

 港に停泊しているひときわ美しい帆船、エメラルドスター号。

 様々な技術を駆使して洗練された造形、無数の島々が浮かぶガレリア海の特性を考慮した、小回りの利くコンパクトさを実現した素晴らしい船を見て……、ミーアは、

「なんだか予想していたよりもチャチですわね……」

 小さく感想をこぼした。

 ちなみに、ミーアが知る船というのはセントノエル学園が誇る巨大船……のみである。

 ミーアにとって船とは馬車を何台も載せて移動する、恐ろしく巨大なものなのだ。

 堂々としていて、息を呑むほどに大きくて立派なものだ。

 それに比べれば、エメラルドスター号は、せいぜい馬車の二、三倍といった大きさである。

「エメラルダさんが自慢げに話しておられましたから、てっきり、ものすごーく大きいものだと思っておりましたのに拍子抜けですわ」

 ……ミーアは基本的に、なんでも大きいものが好きなのだ。

 スケール感が大事なのだ。大きさこそ迫力、大きさこそ感動なのだ。

 それからすると目の前の船は、なんだかオモチャみたいで、若干ガッカリ感があるのである。

 用途的に言えば、エメラルドスター号は遊ぶための船である。

 大量に荷を運ぶ商船ではないので、それほど大きくなくてもよいし、軍艦ではないので、大砲を積む必要もない。むしろ、必要な機能を維持した上で可能な限り小型化した、きわめて先鋭的な船なのだが……。

 そんなこと、知ったこっちゃないミーアなのである。


 腕組みして、偉そうに船を見上げるミーア。

 その彼女を守るように護衛の兵団が立ち並び、ミーアの後ろには、すぐにでも前に出られるようにアベルが控えていた。

 それを遠巻きに眺めながら、シオンはルードヴィッヒに声をかける。

「ところで、ルードヴィッヒ殿、ミーアは何を考えて今回の船遊びに来たのだろうか?」

「さて……、なにを考えて、とは?」

「いや、別にただ遊びに来たということなら、それでも構わないんだ。彼女とて人間だからな。ただ……」

 シオンは、少しだけ瞳を細めて続ける。

「混沌の蛇という、正体不明の危険な組織が暗躍しているこの状況だ。はたしてそんな時に、彼女がただ遊ぶために出かけたりするだろうか?」

そんな問いかけを受けて、ルードヴィッヒは静かに頷く。

「さすがはシオン殿下。ご慧眼ですね……。実はミーアさまは、近いうちに大きな飢饉が大陸を襲うと、そのように予想しておられるのです」

「飢饉……?」

「はい。それも大陸全土を襲う、極めて深刻なものです」

 それから、ルードヴィッヒは、そのための備えとして、ミーアがしてきたことを一つ一つ丁寧に説明した。

「それは、初耳だな……」

「話されなかったのは、恐らく、確実性のない話だからでしょう。私とて、そのことには半信半疑だったのです。未来を見通すようなことが人間にできようはずがない。だから、それは、帝国の食糧供給体制の不備を指摘するための比喩であると、そう思っていたのですが……」

 そこで、ルードヴィッヒは言葉を切った。

「今年の夏は、とても涼しい。こういう年の収穫物は減る傾向にあります」

 それから、ルードヴィッヒは、キラキラと日の光を反射する海に目をやる。

「それゆえに、このガヌドス港湾国からの海産物の輸入は、きわめて重要なものになる。けれど、この国との交渉を一手に握っているのは、グリーンムーン公爵家です。その状況を姫殿下は危険視されている、そういうことなのだと私は理解しています」

 そんなルードヴィッヒの話を聞いたシオンは、思わず驚愕にうなった。

「俺は……、まだ彼女のことを見誤っていたようだ。そこまで民草のことを考えて動いていたとは……」

 評価はしているつもりだった。けれど、それでも足りなかった。

「飢饉が起きた時の備蓄まではわかる。貧困地区への働きかけも見事としか言いようがなかった。が、クロエ嬢の実家を使った海外からの輸送網の確立、学園都市計画による啓蒙活動……。そこまでのことをしているとは思いもしなかった」

 それからシオンは、ふと何か思いついたように瞳を瞬かせた。

「では、ルードヴィッヒ殿は、ミーアが海に出ている間に、この国の政府と交渉をされるつもりなのか?」

「できる限りのことはするつもりですが……。いずれにせよ、グリーンムーン公爵家の協力を取り付けないことには交渉は容易ではないでしょう。そして、それがわからない姫殿下ではない……。ゆえにこそ、ミーアさまは、エメラルダさまの誘いに乗ったのでしょう」

 それから、ルードヴィッヒはミーアの背中に目を向けた。

「ミーア姫殿下が星持ち公爵令嬢(エトワーリン)エメラルダと雌雄を決されるのをお待ちしつつ、私は私にできることをするつもりです」


「ご機嫌よう、ミーアさま」

「ああ、エメラルダさん、ご機嫌よう」

 船から降りてきたエメラルダに、ミーアはドレスの裾を持ち上げて、ニッコリと笑みを浮かべる。非の打ちどころのない、完璧な愛想笑いである。

「この度は楽しい旅行のお誘い、感謝いたしますわ」

「なにを言っておりますの、ミーアさま。私たち親友でしょう?」

 対して、エメラルダは嬉しそうに、ニッコニコな笑みを浮かべる。ちなみに、こちらに裏表はない。割と本気で、ミーアと遊ぶ気満々なエメラルダなのであった。

「ところで、ミーアさまは護衛をたくさん連れていらしたとか……」

「ええ、そうですわ。五名の同行を許可いただきたいのですけれど……」

「うーん、許可したいのはやまやまですけれど、わたくしの船に乗る男性は、みな容姿端麗でなければなりませんのよ?」

 そういってエメラルダは両腕を広げた。すると、その後ろにずらりと彼女の護衛たちが並んだ。みな見目麗しい青年たちである。

「いかがかしら? 私の船に相応しい華麗なる護衛たちの姿は……」

 エメラルダは、それから、くすり、とミーアを小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「確かミーアさまの皇女専属近衛隊(プリンセスガード)は、荒くれものの方たちも多いとか? 近衛としての風格といいますか、そういうものをもっと気にされた方がよいのではないかしら?」

 そんな彼女の態度に、近衛たちが一斉に剣呑な顔をした。背後から沸き立つ圧のような感覚に、ミーアは察した。

 ――ああ、これは……、戦わざるを得ない場面ですわね。

 ここで黙っていては、近衛たちの士気に関わるだろう。

 いったい誰が、自身の名誉を守ってもくれない主君のために命を張ろうとするだろうか?

 ミーアにとって近衛兵は、前の時間軸以来の数少ない味方である。編入されたディオンの元部下たちも前の時間軸ではすでにいなかったため、ミーア的に含むところはなく。むしろ無駄な戦いから、ミーアの手で救われた彼らの士気は、なかなかのものである。

 それをわざわざ下げる必要もない。降りかかる火の粉は払わなければならない。

 ミーアは毅然とした顔で、口を開いた。

「あら? わたくし、別に彼らが近衛に相応しからぬ者だなどとは思っておりませんのよ? わたくしの身を守る護衛は強者揃いですし、頼りになる方々ですわ」

 まず、皇女専属近衛隊の面々に対するヨイショを見せる。その上で、

「それに、近衛隊から同行していただくのは二人だけですわ。あとは、わたくしの友人の方たちですの」

 マウントを取りに行く!

「は? 友人? それは……? なっ!?」

 きょとんと、目をまん丸くしたエメラルダだったが……、直後、ミーアの後ろに立つ三人の姿を見て、驚愕の悲鳴を上げる。

「この方たちならば、エメラルダさんのお眼鏡にもかなうのではなくって?」

「なっ、なっ、なぜ、シオン王子が? それに、そちらにいるのは、レムノ王国の王子殿下ではございませんのっ!?」

 ミーアが連れてきた二人のイケメン王子に、エメラルダが悲鳴を上げた。

 ミーアが評したように、エメラルダはイケメン好きである。ゆえに、きちんとセントノエルの男子生徒の情報を仕入れている。

 年下だけど、シオン殿下は、アリ……ですわね! あの従者のキースウッドさんもなかなかですし、これは、ねらい目ではないかしら!? などと思っていたのだ。

 ……ミーアと似た者同士なエメラルダなのである。

 ともあれ、そんな彼女にとってシオンとアベル、さらにはキースウッドのそろい踏みは刺激が強すぎた。

 ふらふらーっと、倒れそうになるエメラルダ。それを慌てた様子で支えるイケメン護衛たち。

 それを見たミーアは、ちょっぴり優越感に浸っていた。

 ――ふふん、雌雄は決しましたわね!

 ドヤァ! っと調子に乗った笑みを浮かべつつ、ミーアは言った。

「実は、アベルとシオンは、わたくしのことを心配して護衛を買って出てくださいましたのよ。船遊びにご一緒することを許していただけるかしら?」

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