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第七十七話 ミーア姫、考察する

 白月宮殿、白夜の食堂にて。

 ミーアは少し遅めの昼食をとっていた。

 ちなみに、シオンやアベルの姿は、そこにはない。

 本来であれば他国の王族が自分を訪ねてきた以上、もてなすのが礼儀ではあるのだが、お忍びで来ている彼らを、あまり大っぴらにはできない。

「せっかくだから、帝都見学をさせてもらうよ」

 そう言って去っていった三人が、実は新月地区に赴き、ミーアの建てた病院やら教会の様子を見学に行ったことなど、まったくもって知らないミーアであった。

 さてそんなわけで、ミーアは優雅に昼食を楽しみつつ、ルードヴィッヒからの報告を受けていた。

 それは、夏休みの旅程についてのことだった。

 ティアムーン帝国は海に接してはいない。だから船遊びをする場合、近隣の友好国まで行かなければならない。

 これから向かう先の国名を聞いた時、ミーアは小さく首を傾げた。

「はて、この国の名前、どこかで……」

 グリーンムーン公爵家の保有する帆船「エメラルドスター号」が停泊しているのは、ガヌドス港湾国という小国だった。

 ティアムーン帝国西部と国境線を接するこの小国は、古くから帝国に恭順を誓う友好国だった。国力、軍事力ともに帝国とは比べるべくもない弱小国、ガレリア海という内海に接している以外には、なんの特徴もない国。

 門閥貴族の中には、帝国の庇護を受ける属国扱いする者も多かったが……、帝国の崩壊を目の当たりにしたミーアは知っている。

 この国からの豊かな海産物が、ペルージャン農業国の収穫物とともに、帝国の食糧供給に大きな影響を及ぼすのだということを。

 ――ルードヴィッヒといっしょに頭を下げに行きましたわね……。

 思い出されるのは苦い記憶。

 きわめて重要で、けれど従順なはずだったこの国との交渉は頓挫(とんざ)することになるのだ。

「それもこれもグリーンムーン公爵家がとっとと逃げてしまったからですわ」

 ミーアは恨めしげにうなった。

 古くから、グリーンムーン公爵家は外国、海外に目を向けていた。そこから得られる富の巨大さに目を付けた公爵家は、海に接した外国と積極的に交流を図り、影響力を行使してきた。

 そして、このガヌドス港湾国も、その一つなのであった。

 ――あの時の苦労をもう一度ということになるのは避けたいところですわね。革命が起こらなければ、グリーンムーン公爵家が国外に逃げることはないのでしょうけれど……。

 万が一の可能性もある。

 来年には、あの恐ろしい大飢饉が帝国に襲い来るのだ。

 ――グリーンムーン公爵家以外にも、顔つなぎをしておくのは必要なことですわね……。食糧が不足してからだと足元を見られるでしょうけど、今ならば皇女の名を使えばチョロイはず……。

 安全策を幾重にも張り巡らせるのが小心者の真骨頂。

 フォークロード商会から得られる穀物とペルージャンとの友好関係、新型小麦の開発と積極的な食糧備蓄。

 それに加えて、ガレリア海の海産物の供給を確実なものにできるのであれば、まさに万全の態勢といえる。

 加えて、自身が遊んでいる間にやっておいてもらえるのであれば、これほど素晴らしいことはない。

 ミーアはルードヴィッヒの方に視線を向けた。

「ルードヴィッヒ、今度の船遊びですけれど、あなた、ガヌドスまで同行いたしなさい」

「はっ。かしこまりました。ガヌドスとの交渉の口を設けると、そういうことでしょうか?」

「ええ、その通りですわ」

 パンに甘いジャムをたっぷりつけて、一口。

 それから、ミーアはふと首を傾げる。

 ――それにしても、ガヌドスは帝国が持ち直した時にはどうするつもりだったのかしら……?

 ティアムーンが革命によって滅びたからよかったものの、飢饉を乗り切り、国を立て直した場合……。食糧の輸入を渋ったガヌドスに制裁が科されないはずがないというのに。

 ――まさか、帝国に対する捨て身の攻撃だったということはないでしょうけれど……。少し気になりますわね。あるいは案外、グリーンムーン家が蛇の関係者という、みなさんの危惧が当たっている可能性もあるのかしら……?

 エメラルダ自身は関係ないにしても、グリーンムーン家の者が関係していないとまでは言い切れないかもしれない。

 ――エメラルダさんもろともに海に沈められる……とはさすがに思いませんけれど……どれほど小さくても可能性の芽はつぶしておく必要がございますわね。

 もぐもぐ……、甘くて柔らかいパンを飲み込んでから、ミーアは紅茶に口をつける。

 その香りをゆっくり楽しんでから、改めてルードヴィッヒの方を見た。

「付け加えますわ。わたくしたちが船で遊びに出た後、ディオンさんも呼んで合流。ガヌドスでは行動をともにするようにしてくださいまし」

「ディオン殿ですか? それほどの事態が起こると?」

「あくまでも念のため、ですわ。皇女専属近衛隊やバノスさんのことを信用しないわけではございませんけれど……、荒事になった時にディオンさんほど頼りになる方もなかなかいないでしょう?」

 いっしょに船遊びなど、もっての外ではあるのだが……、何かあった時のためにはそばにいてもらったほうが良い。

 ディオンのことが苦手ではあっても、信頼はしているミーアなのであった。

 ――帝国から船の上に呼び寄せるよりは、ガヌドスにいていただいた方がはるかに来やすいでしょうし……。

 自らの身の安全には抜け目のないミーアである。

「あちらでの行動はあなたたちに一任いたしますわ」

 最後にそう言って、ミーアは昼食を終えるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] > 自らの身の安全には抜け目のないミーアである その方向になら自前で叡智が発揮されるんですね
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