第七十二話 エメラルダ、イイコトを思いつく!
ティアムーン帝国、四大公爵家の親睦を図るためのお茶会。「月光会」
最近は、すっかり参加者が減ってしまったこの会では、今日も一人、エメラルダが紅茶をすすっていた。眉間にしわを寄せ、不機嫌そうにケーキを細かく解体している。
「あれ? 今日もサフィアスくんはお休みかい?」
現れたのは、涼しげな笑みを浮かべるルヴィだった。
「それに、イエロームーンの姫君もやっぱり欠席か……」
部屋の中を見回して、肩をすくめる。
「というか、今日もなんだか機嫌が悪いみたいだね、エメラルダ」
「別に、そんなことはありませんわ。ええ、この私が機嫌が悪い? ありえませんことよ」
ほほほ、と笑いながら、エメラルダは紅茶に口をつけて、
「ああ、まずい。このお紅茶どこのものかは知りませんけれど、とってもまずいですわね……。次から仕入れ先は変えませんと」
「そう? いい匂いだと思うけど……」
ルヴィは苦笑いを浮かべて、エメラルダの前に座った。
「で、なにをそんなに不機嫌になってるんだい?」
「サフィアスのやつ、ミーアさまと一緒に図書室で勉強なんてしてましたのよ?」
ぐぬぬ、とうなりながら、エメラルダは言った。
「テスト前だからね。生徒会の役員は一緒に勉強してたんじゃ……、って、そんなことが聞きたいんじゃないか……」
途中で、自分の言葉などまるで聞いていない様子のエメラルダに気づき、ルヴィはやれやれ、と首を振った。
「まったく、何を好き好んであんな連中とつるんでいるのやら……。しかも、平民や、ルドルフォンの小娘まで一緒でしたわ」
ギリっと歯ぎしりしつつ、エメラルダは吐き捨てた。
「姫殿下の平民びいきも本当に困ったものですし、それに取り入ろうとするサフィアスのやつも気に入りませんわ」
どぼどぼ、と紅茶に砂糖を投げ入れて、がちゃがちゃ、音を立てながらかき混ぜる。大貴族の令嬢らしい品格は、そこには見られなかった。
「そういえば、話は変わるけど、君の狙いは失敗だったみたいだね、エメラルダ」
ルヴィは、自分の分のティーカップを持ち上げながら、話を向けた。
「……狙い? はて、なんのことかしら?」
すまし顔で、きょとんと首を傾げるエメラルダ。
「ここでの話は他言無用が不文律……とはいえ、将来の政敵にそんなこと話さない、か」
「口にする必要もないことではなくって?」
嫣然とした笑みを浮かべて、それから、エメラルダは言った。
「それより、あなたの方は動きませんの? なにかやるようなこと言ってましたけど……」
「あはは、私はどうも裏工作って苦手だからね。正々堂々と姫殿下に挑む機会を待ってるんだけど……」
「あら、挑むだなんて勇ましい。殿方のように剣の勝負でも挑むおつもり?」
「私と姫殿下が剣で切り結ぶのか……。それはそれで楽しそうな気もするけどね。ふふ」
レッドムーン家は、軍部との繋がりの強い家柄だ。
幼き日より、ダンスより剣術に親しんで育ってきたルヴィは、かなりの腕前を誇っている。もちろん、シオンなどにはかなわないものの、並大抵の男子生徒であれば、太刀打ちできないほどには強いのだ。
「まぁ、でも手加減が大変そうだから、やめておくよ。うっかり姫殿下にケガでもさせたら、我が公爵家と皇帝陛下とで戦が起きてしまう」
冗談にならない冗談を、朗らかな笑顔で言うルヴィ。
「それより君の方はどうするんだい? 緑月の姫君。まさか、学園都市の妨害失敗で諦めるわけじゃないんだろう?」
「あら、妨害だなんて、私がそんな品のないことするはずがないではありませんの?」
おほほっと笑ってから、エメラルダは言った。
「ともあれ、このまま黙っているのも業腹。なんとかしたいものですけれど、ふむ……」
考え込むエメラルダを見て、ルヴィはため息をこぼす。
「前も言ったけど、あまり騒ぎを大きくしないようにね。グリーンムーン家が皇帝陛下に反するようなことになったら、我がレッドムーン家は討伐に動かなきゃならないし」
「まぁ、同じ小さな星を身に帯びた四大公爵家なのに、冷たいこと……」
白々しい態度で驚いて見せてから、エメラルダは笑う。
「おや、緑月の姫君は、我がレッドムーンと組んで、帝国を二分しての戦がお望みかい?」
「あら? 危ないご発言。戦闘狂のレッドムーン家の願望に、我がグリーンムーン家を巻き込まないでくださらない?」
その物言いに、ルヴィはただただ苦笑を浮かべる。
「やれやれ、まったく。まぁ、戦に心躍るのは事実だけれどね。帝国軍を二つに分けての派手な戦であれば、それこそ言うまでもないけれど……。でも、まぁ、今は遠慮願いたいね。姫殿下の近衛隊とは、剣を交えたくないんだ……個人的な事情があってね」
「ふーん、そうなんですの」
「まぁ、なんにしても、早いところ動いた方がいいんじゃないかな? もうすぐ夏休みだし。今年の夏は涼しいようだけど、それでも夏にいろいろやるのは面倒だろう?」
「ああ、そういえば、もう夏休みなんですのねぇ。ああ、いやだいやだ。私、暑いの嫌いですわ。海にでも行って……海?」
ふいに、エメラルダは、顔を輝かせた。
「いいことを思いつきましたわ。これならば、ミーアさまと一緒に遊べ……じゃない、ミーアさまに恥をかかせることができるはず……。ふふふ、今から楽しみですわ、船遊び(クルーズ)……」
意地の悪い笑みを浮かべるエメラルダに、ルヴィは呆れ顔で首を振った。
「……素直に夏休みに一緒に遊びに行きたいって、言えばいいのに……」
……かくて、物語は再び動きだす。
来週からは、波乱の夏休み編
エメラルダとの決着と、判明する新事実……。