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第二十二話 ミーア姫、種をまく

 ミーアたちの学年には、絶大な人気を誇る男子生徒が存在していた。

 シオン・ソール・サンクランド。

 ティアムーン帝国と並ぶ大国にして、歴史と伝統を持つ国、サンクランド王国の第一王子である彼は、全女子生徒の憧れの的だった。

 白銀の髪と、涼しげな瞳、端正な顔立ちと甘い声。その上、穏やかで、気さくながらも正義感にあふれた性格。

 勉学の成績も極めて優秀、剣の腕前に至っては上級生はもちろん、教師の中でも並ぶ者はごくわずかと言った具合だった。

 まさにパーフェクトな王子さま、憧れるなという方が無茶な話である。

 そんな魅力的な少年にミーアは恋をした……無謀にも。

 いや、はっきり言えば、それは恋というよりもう少し傲慢な思いだった。

 つまり、大国サンクランド王国の王子と釣り合う人間など、大国ティアムーン帝国の皇女たる自分しかいないだろう、と……、そう信じ切っていたのだ。

 だからこそ、自分を差し置いて、彼と親しくなった少女のことが許せなかった。まして彼女が帝国の、それも貧乏貴族の娘であったのだから、なおのことであった。

 ティオーナ・ルドルフォン。

 帝国の南の外れ、農耕地が広がる辺境地域に領地を持つ、貧乏貴族の令嬢。そんな田舎者が自分を差し置いて意中の人の気持ちを射止めるなど、到底認めることができなかった。

 ミーアは、彼女をいびった。口汚く罵倒したし、他の貴族令嬢たちがやっている嫌がらせにも積極的に参加した。

 そして、その時の嫌がらせがティオーナの原動力となった。

 彼女は、民衆の怒りを代弁する革命の指導者となる。聖女と呼ばれた彼女の指揮によって、ミーアはギロチンで殺されるはめになるのだ。

 ――我ながら、愚かなことをいたしましたわ。

 二年間の地下牢での生活で、概ね似たような嫌がらせをされたミーアは、一つの真理を悟ったのだ。

 すなわち、自分でまいた種は自分で収穫しなければならないのだ、ということを。

 他人にした嫌がらせは自分に返ってくるものなのだ、ということを。


「ミーア様、あれ……」

 アンヌの声で、ミーアは記憶の海から引き揚げられる。彼女の指さす先、街の一角で、ティオーナが数人の女子に囲まれていた。

 ――ああ、これは。

 ミーアは気づく。

 これは、前の時間軸、自分とティオーナがはじめて出会った時とまったく同じ状況だ、と。

 この時、ティオーナは他国の有力貴族の令嬢とのトラブルに巻き込まれていたのだ。

 ――使用人が無礼を働いたとかなんとか、そんなのではなかったかしら?

 そして、ちょうど通りかかったミーアはこの時、ティオーナを冷たくあしらったのだ。

「どうしますか? ミーア様……」

「どうって……、そんなの決まってるじゃありませんか」

 危ない物には近づかない。馬車の中で確認した方針に従うのである。

 少しでも敵対的な態度をとることはもちろん、近づいて傍観者認定すらされたくはない。

 ああいう場面に立ち会って、敵にも味方にもならない、というのはなかなか難しい。なにもしない傍観者というのは、阻害されている者にとっては敵に他ならないのだ。

 巻き込まれでもしたら面倒なことこの上ない。

 ここは、道を変えて……、などと思っていたミーアは、ふいに背筋に粟立つような感覚を覚えた。

 ――なっ、なんですの? 今のは……。

 それはちょっとした違和感……、されど、取り扱いを間違うととんでもないことを引き込んでしまいそうな、予兆……。

 しばし考え込んだミーアは一つの疑問を覚えた。

 ――そうですわ……。アンヌはどうして、わたくしに尋ねたのかしら?

 右に行くか、左に行くか、という状況であれば、アンヌが自分に尋ねるのはわかるのだ。けれど、この場合、ミーアに助けてやる義理はない。

 同国人とはいえ、わざわざ行って助けてやる必要はない。

 にもかかわらず、アンヌは聞いてきたのだ。どうするか? と。

 これでは、まるで自分がティオーナをどうにかしなければいけないような……。

 そう、アンヌが考えているような……。

 ミーアは、改めて、アンヌの方を見て……、自らの推理が正しいことを察する。

 自分を信頼しきった目で見つめてくるアンヌ。彼女は、助けるか、助けないかを聞いているのではない。

 『どうやって、助けますか?』と聞いているのだ。

 アンヌは、敬愛するミーア皇女殿下が困っている人を助けないなどと、夢にも思っていないのだ。

 ――こっ、ここ、これは……究極の選択ですわ!

 目の前に突きつけられた選択肢は、どちらも選び難いものだった。

 自分の仇敵を助けるか? 一番の忠臣の信頼を失うか?

 ほどなくして、ミーアは結論を下す。今この時に、アンヌの信頼を失うわけにはいかない、と。

「仕方ありませんわね、行きますわよ、アンヌ」

「はい、ミーア様!」


 二年間の牢獄生活で、ミーアは真理を悟った。いや、悟ったつもりになっていた。

 けれど、彼女が理解していたのは、半分だけだった。

 自分がまいた種は、自分で収穫しなければならない……それが悪いものであっても、良いものであっても。

 他人にした嫌がらせが自分に返ってくるように、他人にした良いことだって、いつか自分に返ってくるのだということを。

 この時のミーアは理解していなかった。

ラストは21時ぐらいに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この従者の目、一点の曇りも無さそう 本質的には目が曇ってるのに
[一言] 一瞬でアンヌの考えを見抜く所に聡明さが見えますね。ごめんなさい。アホの子だと思ってました……
[良い点] ギロちん「待ってたよ……さあ、逝こう」(渋めなボイスで) ミーア「今、『逝こう』って言いましたわよね!?『行こう』ではなく!?」
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