第六十九話 ミーア姫、学園生活をエンジョイする
季節は巡る。
セントノエルに帰還し、溜まっていた生徒会の仕事を無難にこなしている内に、飛ぶように、時間は過ぎていった。
その日……、学生寮の食堂に顔を出したミーアは、メニューを見つつ夏の到来を実感していた。
「ああ、冷製スープが増えてきましたわね」
ちなみに、セントノエル学園の学生寮では、夕食のみ決まっていて、朝、昼はメニューの中から自由に選べるようになっている。
それは一つには、いくつもの国からやってきているため、食の好みが多岐にわたるためであり、さらには、他国の文化を知る良い機会であるためであった。
やろうと思えば、この食堂は他国の食文化をかなり詳しく学ぶことも可能な場所なのだ。
……だからこそ、先日のメニュー刷新のような問題が出てきたりするわけだが。
「今年は涼しいですから、全然意識しておりませんでしたけど……、もうすぐ夏なんですのね……んっ?」
その時、不意にミーアはなにか忘れているような……そんな予感にとらわれた。
「はて……? 夏……? 変ですわね。なにか忘れていたような……?」
うーんっと考えた末、ミーアは一つの答えを得た。すなわち……。
「ああ、そういえば、夏の試験がもうすぐでしたわね……。でも、まぁ別に……。ちょっと悪くても……最悪、進級さえできれば……」
セントノエルは、ラフィーナの方針により、貴族の子弟が通う学校にしては厳しいシステムをとっている。試験の結果が悪ければ、進級に響くことがあるのだ。
そこには一切の容赦はない。いかに身分の高い者であったとしても、進級できない時はできないのだ。
ともあれ……、それは非常に悪い点を取ってしまった時の場合だ。
ミーアは決して勉強ができるわけではなかったが……、頑張れば、なんとか乗り切れる程度の暗記力は持ち合わせているのだ。
「甘いものがあれば頑張れますし……、今回も、それで頑張ればいいですわね……」
などと、安直なことを考えていたから、バチが当たったのかもしれない。
食堂で出会ったラフィーナは、ミーアに衝撃的なことを言ったのだ。
「あっ、そういえば、ミーアさん、もうすぐ夏前の試験ね」
「もうそんな時期なのですね。時間が経つのが早いですわ」
そんな何気ない会話……のはずだったのだが……。
「今度、生徒会でも話題に出そうと思っているのだけど、最近、試験の結果があまり芳しくない方が多いのよ」
「まぁ、それは良くないことですわね」
ミーア自身、どちらかというと、その良くない方に属する者なのだが、そこはそれ……。
まったく他人事のような顔で返事をするミーア。だったのだが……。
「それでね、ミーアさんが忙しくしているのは知っているから、とっても申し訳ないんだけど……、生徒会でキャンペーンを張ろうと思っているの」
「キャンペーン……?」
「そう。成績の良い生徒の試験結果を廊下に貼り出して、みなのやる気を高めるのよ」
「なるほど、そんなこともするんですのね……」
半分より下、最下層よりは上の位置、それが前時間軸でのミーアの定位置だ。
従って、そのキャンペーンなるものは、本来、ミーアにはまったく関係のないもの……であったのだが……、
「それで、一般生徒はそれでもいいのだけど、主導する立場の私たち自身の姿を示す必要があると思うのよ」
微妙にきな臭い話の流れを、ミーアは敏感に察知した。
「え、えーっと、それはどういう……?」
「端的に言ってしまうとね、例年、生徒会役員の試験の点数は、みなの前で発表されることになってるのよ」
「……はぇ?」
ミーアは口をぽかーんっと開ける。
「えーっと、それは……、点数が良くても悪くても?」
「ええ、そうよ。まぁ、たぶんミーアさんなら大丈夫だとは思うけれど、最近、忙しかったから勉強、出来てないかもしれないと思って一応念のためにね。あ、でも、別に点数が悪くても、進級できないぐらい悪くなければ、なにかあるわけじゃないから気にしないでね」
微笑みながら言うラフィーナ。けれど、ミーアは冷静ではいられない。
なぜなら、これでも、ミーアにだってプライドがあるのだ!
――も、もしも、わたくしが悪い点をとったら……、アベルは優しいから、調子が悪かったと思ってくれるかもしれませんけど、シオンが見たら……鼻で笑われるに決まってますわ。
言ってしまえば、それは恥ずかしいだけのことだ。
処刑につながるわけでもないし、地下牢に捕らわれるわけでもない。
『断頭台よりはマシ……』それは、魔法の言葉だ。
別に、なにか失敗して恥をかいても、断頭台よりはマシと考えるのはミーアの一番の逃げ道なのだ。
では、あるのだけれど……。
生徒全体の成績が悪いからキャンペーンを張り、叱咤激励しているにも拘らず、その激励する立場の生徒会長自身の点数が悪い。
……まぁ、悪いとまではいかないにしても、パッとしない。
そんなことになった時にどうなるのか……?
――さっ、晒しものですわっ! わたくし、恥ずかし過ぎて死んでしまいますわ。
しかも、夏休み前には、例年、生徒会長が訓辞を垂れなければならないのだ。
原稿はラフィーナか誰かにお願いするにしても……、それを偉そうな態度で読むのはミーア自身なのだ。
そんな場に出なければならないというのに、直前のテストで悪い点など取った日には……。
――み、みなさんの視線が痛すぎますわ……。会長選挙の時の比じゃないぐらいの視線が突き刺さってきそうですわ!
断頭台よりマシな状況だからといって、我慢できるものでもないのだ。
そんな生き恥をさらすなど、まっぴらだった。
さらに……、そんな不甲斐ない態度をとってしまった場合、会長の座を渡してくれたラフィーナが、どんな反応をするのか……。
「ミーアさんなら、大丈夫だと思うけど……」
その笑顔に、ミーアは恐怖する。
それはもう、恥ずかしいとか、恥ずかしくないとか、そういう問題ですらない。
ことは、猛獣の尾を踏むか否かという話になってきている。
眠れる獅子、ラフィーナの尾を踏むか、否かの瀬戸際に、ミーアは立たされているのだ!
――こっ、これっ、下手なことできませんわ!
ミーアは、ラフィーナに余裕の笑みを見せて、
「もちろんですわ! 当然のことですわ」
強気に言って、どんと胸を叩く。けれど……、その背中には冷や汗が滝のように流れていた。
「うふふ、さすがはミーアさんね。あと心配なのはサフィアスさんだけど……」
そんなことをつぶやくラフィーナに一礼した後、ミーアは脱兎のごとく食堂を後にした。
今週も助走期間。学校でまったりミーアです。
○○編的に言うと、先週までが学園都市編で、今週は「夏休み編 序」みたいな感じになっています。