第六十七話 ミーア姫、決死のプレゼンをする
――どうして、このようなことにっ!?
目の前の現実に、ミーアは絶望に暮れる。
ミーアを呑み込まんとするもの、それは極めて巨大で、残酷な現実だった。
――なっ、なぜ、なぜなんですのっ!?
目の前が真っ暗く染まっていくのを感じつつ、ミーアは事態の打開を図る。
時間は少し前にさかのぼる。
ベルとリンシャと合流したミーアは、後のことをルードヴィッヒらに任せて、セントノエル学園に帰還を果たした。
「これでようやくのんびり出来ますわ!」
などとニコニコしていたミーアは、久しぶりに生徒会室に顔を出した。
「お久しぶりですわね、みなさま。すっかり留守にしてしまいまして……ご迷惑をおかけしましたわ」
生徒会室に集まっていた面々に頭を下げたのち、ミーアは溜まっていた仕事を片付けにかかる。
――といっても、ほとんど書類仕事ですし。ラフィーナさまがここまで上げてきたものは、わたくしがなにか言う必要もございませんわね……。
などと……油断をしていたのが悪かったのだろうか。
ラフィーナから手渡された資料を見て、ミーアは思わず目をむいた。
新たにやってきた問題、それは、ミーアにとっては、むしろ学園都市建設以上の深刻さを秘めていたのだ! すなわちっ!
「え? え? な、なぜ、なぜですの? どうして食堂のスイーツのメニューが減っておりますの?」
ラフィーナから渡された資料には食堂のスイーツのメニューを減らした刷新案が記載されていたのだ。
ちなみに、ミーアの大好物のフルーツタルトもなくなっていて……、
――なっ、なぜ、こんなことに? どういうことですのっ!?
ミーアはすっかり涙目である。
「ふふ、ミーアさんがいない間に、私たち三人でしっかり調べたの。栄養学って楽しいものなのね」
ラフィーナとティオーナ、さらにクロエまでもが、にっこにこと笑みを交わす。
――えっ、えいようがく、って、なんですのっ!?
一方、ミーアは混乱するばかりだ。
えいようがく、なるものがなにかはわからないし、なぜそれで甘いもののメニュー数が減らされるのかもまったくわからない。
それでも、なんとか態勢を立て直すべく、ミーアは気を取り直した。
「なるほど……えいよう、がく……」
「ええ、私も盲点だったわ。食べ物と健康の関係……、まさかこんな学問があったなんて……。だから、ミーアさんのご提案通りに、生徒の健康を考えていろいろ栄養バランスを考えると、スイーツを減らして、その代わりにもっとお野菜を使ったメニューを増やした方がいいんじゃないかって思ったの」
――そっ、そんなことまったく提案しておりませんわ。わたくし、そんなこと一言も言っておりませんわっ!
抗議の言葉を飲み込み、ミーアは懸命に打開策を考える。
甘いものを守るため、帝国の叡智がうなりを上げる!
「ただ、いくら体によいからといって、甘いものを減らして野菜料理を増やすとなると……、やはり文句が出るのでしょうね。問題はそこね」
悩ましげなラフィーナの言葉に、ミーアは活路を見出した。
――そっ、それ! それですわ! その線で押していけば!
ミーアは思い切りしかつめらしい顔を作って頷く。
「そう。それは大変深刻な問題ですわ。ですから、ここは無理せずに現状維持ということも……。今後の継続課題ということにしておいて、とりあえずは……」
「いえ、せっかくミーアさんが打ち出した政策ですもの。なんとか実現したいわ」
ラフィーナは熱意に溢れる顔で言った。それに合わせて、クロエとティオーナも頷く。
――なんで、そんなに結託しておりますのっ!?
友人二人の、ミーアに対する友情が、ミーアをゴリゴリ追い詰めていく。
「なるほど。確かに、民の上に立つ者として健康を維持することは大切なことだが……。栄養学というのは俺も聞いたことがなかったな……。だから、キノコにあんなにこだわりを持っていたのか。さすがだな、ミーア」
シオンも珍しく感心した様子である。
アベルもサフィアスも頷いていて、特に反対意見はないようだった。
スイーツ男子がいなかったことが、この際は悔やまれる。
――う、うう……、なんとか、なんとかしなくては……。
大勢がほぼ決したような状況の中、ミーアは懸命に策を練る。
孤立無援であっても、逃げられない戦いがそこにはあった。
――わたくしのスイーツたちを生き残らせるための、妙案……、妙案はありませんの? なにか、なにか……はっ!
刹那、ミーアの脳裏に、熊のような料理長の顔が思い浮かんだ。
『姫殿下のために、考案いたしました。野菜のケーキでございます』
「そうですわっ! や、野菜のケーキっ!」
起死回生の妙案、来る!
瞬時に、ミーアは自らの思考を組み立てる。
甘いものを食べると冴えるミーアの思考が、甘いものを守るために冴え渡る。
そこに生まれたのは、美しい循環、まさに助け合いの精神である。
……そうだろうか?
やがて、ミーアは静かに語りだす。
「しっかりとお野菜を食べさせることと、スイーツのメニューを減らさないことの両立……。ラフィーナさま、わたくしは提案いたしますわ。体にいいケーキをメニューに加えることを」
「体にいいケーキ? そんなものがあるの?」
びっくりした様子で、ラフィーナが聞き返す。それに、余裕たっぷりに頷き返し、ミーアは言った。
「帝国の技術力の粋を集めしもの……野菜ケーキなるものが、ございますわ!」
「や、野菜ケーキっ!?」
ミーアは熱心に、その利点を説く。
「まず、メニューの刷新ですが、甘いものはそのままでよろしいですわ。その代わり人気の低いこの野菜サラダと、濃厚グリーンスープをカット。そこに代わりの野菜ケーキを加えるのですわ」
「で、でも、ミーアさま! スイーツのメニュー数を減らさなければ、甘いものを食べすぎてしまう問題は解決しないんじゃ……」
疑問を呈したクロエに、ミーアは静かな顔で首を振る。
「心配いりませんわ。クロエ。野菜のケーキは、思わず手が伸びてしまうほど美味しかったですし……」
その言葉に、ラフィーナは納得の頷きを見せる。
「なるほど。つまりミーアさんの提案はこうね。美味しいものをメニューからなくし、あまり美味しくない健康に良いものを食べさせるのではなく、健康に良い美味しいものをメニューに加える、と。そして、そのあてがある、と」
「まさにその通りですわ。ラフィーナさま」
自信満々に頷くミーアに、ラフィーナは静かに頷き返した。
「さすがね、ミーアさん……。私には食堂のメニューと生徒の健康とを関連付ける視点はなかった。しかも、そのためのメニューまで用意しているなんて……」
「私も、帝都に行ったことあるのに、そんなケーキがあるなんて知りませんでした」
「本でも読んだことがありません……。ミーアさま、すごいなぁ」
三人の少女たちの尊敬の視線を受けて、ミーアは鷹揚に頷いた。
「もしもわたくしの案を採用していただけるならば、すぐにでも帝都に手紙を書きますけれど、どういたしますかしら?」
偉そうに腕組みするミーアなのであった。
会議が終わってすぐに、ミーアは帝都に手紙を書いた。
遠い地にいる忠義のシェフ、料理長に野菜ケーキの作り方を教わるためだった。
ミーア考案のヘルシー野菜ケーキは、セントノエル学園の食堂の名物メニューとなり……。学園を卒業した後、ミーアはその料理長の功績を高く評価。自由ミーア勲章を授与することになるのだが……、まぁ、それは、どうでもいいか。