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第六十二話 ミーア姫は容赦しない!

 宴会による歓迎を受けた後、ミーアは村で一夜を過ごした。

 ミーアとアンヌがお世話になったのは、年配の女性の小屋で、質素な造りながら清潔なのが好感が持てた。

 ちなみにミーアは、ベッドがなくても熟睡できるタイプである。

 これもまた地下牢の生活で鍛えられたのだ。

 なにしろ、そこは固い石造りの床と汚い肌掛けがあるのみだったのだ。眠れないなどとぜいたくを言っていられるのはせいぜい十日というところだった。

 ではあるのだけど……。

「ふむ……これは、なかなかでしたわ」

 朝……。チチチという小鳥の鳴き声とともに気持ちいい目覚めを迎えたミーアは、自分がくるまっていた布団をぽふぽふ叩いてみた。

「これは、なにかの毛が入っているのかしら……。触り心地といい、くるまり心地といい、温かみといい極上……。今まで寝具にはさほどこだわっておりませんでしたが……考えてみれば、わたくしの一生の内、かなりの部分をお布団の中で過ごすわけですし、そこに気を遣うのは賢いやり方なのではないかしら……」

 なんだか、高いお布団を売りに来る怪しげな行商人のようなことをつぶやきつつ、ミーアは起き上がった。

 ぽかぽかと温かい体がわずかに汗っぽく感じられた。昨夜は焚火を囲んでの宴会だったので、微妙に煙っぽくもある。

「水浴びでもしたいところですわね……」

 などとアンヌと話していたら、タイミングよく家主がやってきて、村の女性たちと一緒に近くの小川に水浴びに行くことになった。

 そうして身ぎれいにした後、着替えまで用意してもらって、ミーアはすっきり爽やかな気分になった。

「ルールー族の服も、なかなか可愛いですわね」

 それはなにかの動物の毛皮で作った、もこもこした服だった。ふわふわもこもこした毛の感触が気持ちよくって、ミーアは上機嫌に笑った。

「すっかりお世話になってしまいましたわね」

 そうして、笑みを浮かべるミーアに、族長が頭を下げる。

「もしも必要があれば、また、村にご滞在ください」

「けれど、ご迷惑ではなくて?」

「いえ、孫も、喜びますゆえ……」

「そう、ですの? でしたら、賢者さまにお会いできるまで、村への滞在を許可いただけるかしら?」

「許可などと……、恐れ多いこと。あなたは我が一族の恩人です。どうぞ、ご遠慮のなきように」

 と、そこまで言ってから、族長はなにかを思いついたように頷く。

「そうだ、姫殿下はなにか食べたい物など、ございますか? 言っていただければ、できるだけご希望に沿いたいと思いますが……」

「食べたいもの……そうですわね。甘い物は昨日も果物をいただきましたし……ハチミツかなにか……ああ、そうですわ!」

 そうして、ミーアはパンっと手を叩いた。脳裏に浮かんだのは、昨日ルードヴィッヒと話していて、思い出したもの。すなわち……。

「ウサギ鍋、あれがもう一度食べたいですわ!」

「ほう、ウサギ鍋……」

 ミーアから、ウサギの特徴を聞いた族長は頷いて見せた。

「村の者に言って、できるだけ探してみましょう」

「頼みましたわね」

 そうして、晴れやかな気持ちでミーアはルードヴィッヒの師匠を訪ねた。


「おはようございます。放浪の賢者さま。いらっしゃいますかしら?」

 幕屋の前に行き、ミーアは声をかける。

 できるだけ刺激しないように、静かめで、控えめな声で……。

 ――別にいいですけど、できればまだ出てこないでいただけるとありがたいですわね。

 そんなことを思いながら……。

 答えは……やはりない。ミーア、ニンマリである。

「では、また少しここで待たせていただきますわね」

 そう言って、ミーアは姿勢を正してその場に立つ。

「姫殿下、どうぞお座りください」

 そんなミーアを見たルードヴィッヒは自らの上着を脱いで地面に敷いた。

「どうぞ、こちらに」

 ミーアはそれを見下ろすと、おもむろに上着を拾い、ぱんぱんと手ではたいてから、

「無用ですわ。ルードヴィッヒ。この場に立ち、姿勢を正してお待ちする。それでこそ、礼節を尽くすということになるのではなくって?」

「いや、さすがにそれは……。我が師もそこまでは求めないと思います。どうか……」

 少しばかり焦った顔をするルードヴィッヒに、ミーアは静かに首を振った。

「ルードヴィッヒ、それは受け取る側によって変わること……、そうではございませんの?」

 ミーアは思うのだ……。ケチなんか、つけようと思えばいくらだってつけられる、と。

 人は、自分が不利な状況に置かれれば、相手の粗さがしに必死になる生き物なのだ。

 ミーアだとて、必要があれば、相手の非をあげつらうことに躊躇はない。というか……今がまさにそうだ。

 訪問されながら、応対に出てこないという極めて失礼な行為。それを交渉材料として、会談を優位に運ぶ。そのために万全を尽くしたいのだ。

 完璧な、どこから見ても文句のつけようのない"待ちの姿勢"を整える。それにより、相手を追い詰めていくのだ。

 ――うふふ、逃しませんわ。嫌味なんか言えないぐらいに完璧な弱みを作って差し上げますわ!

 ミーアは勝ち誇ったように笑い、ルードヴィッヒに言った。

「わたくしが、こうして立って待っているのは、それをする必要があるからしているまでのこと。それをする価値があると、わたくしは判断したのです。だから、あなたの気持ちは嬉しいですけれど、今は無用のことですわ」


 ――それをする価値がある……、か。

 ルードヴィッヒは、ミーアの言葉に少しだけ感動した。

 なぜなら、それはルードヴィッヒに対するミーアの信頼を表すものだからだ。

ミーアはルードヴィッヒの師と直接的な面識があるわけではない。彼女の持つ情報というのは、すべてルードヴィッヒを通して得たもののはずなのだ。

 ――師匠を学園長に迎えることに価値を見出してくださっている。俺の言葉を信用して、そのために、ここまでしてくださっている……。

 そのことを、心から嬉しく思いつつ、絶対にミーアの計画を実現しようと誓うルードヴィッヒだった。


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