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第六十一話 年下キラーなミーアさま

 ルールー族の村にやってきたミーアは大歓迎を受けた。

 先行したルードヴィッヒから、ミーアの訪問の知らせを受けた族長は、歓迎のために村の広場に宴会の準備を整えさせた。

 村の男衆に狩って来させた巨大な月輪(ツキノワ)イノシシの丸焼きをメインディッシュにした宴会。大きな焚火を囲んだ村人総出の宴会に、ミーアは目を丸くする。

「急なことでしたのに、すごい歓迎ぶりですわね……」

「ミーア姫殿下がいらっしゃると聞いて、大変な騒ぎでしたよ。あまり派手にしなくても構わないと言ったのですが……」

 先に来て準備を手伝っていたルードヴィッヒは、苦笑しながら首を振った。

「これもミーアさまの人徳ですね」

 冗談めかして言っているが、実のところルードヴィッヒの言葉は正しかった。

 もともとが恩義を大切にしているルールー族である。族長の孫の恩人にして、一族を滅亡の危機から救ったミーアに対しては、非好意的でいられようはずもなかった。

 そして、その人気はミーアやルードヴィッヒが想像しているよりも遥かに高い。

 この森に住まう者たちはもちろんのこと、リオラのように出稼ぎに出ている一族の者たちの好意をも、今やミーアは獲得していた。それは、帝国各地に住む腕利きの弓兵たちを味方にしているのと同義だった。

 もしもミーアが本気で逃げ出したいと思ったならば、案外上手くいってしまうかもしれないほどに、その戦力は侮りがたいものがあった。

 そんなこととはまったく知らないミーアとしては、夕食に供された巨大なイノシシの丸焼きに、興味津々だったが……。

「あのイノシシはこの森で獲れたものですの?」

「うん、そうです。ひめでんか! ぼくもいっしょについていったんだよ」

 ニコニコ、上機嫌にミーアに説明してくれたのは、以前、新月地区でミーアが保護した少年、族長の孫だった。

「まぁ、そうなんですのね。それは勇ましい……あ、そうでしたわ……」

 ミーアは、ぱんと手を打って、少年の顔を覗き込んだ。

「そういえば、わたくし、あなたのお名前を聞いてなかったのですわ。改めて……」

 少年に向き合うと、ミーアはチョコン、とズボンの裾を持ち上げて、

「わたくしは、ミーア・ルーナ・ティアムーン。帝国の皇女ですわ」

 それを見た少年は、ほわぁ……、と口を開けて、それから顔を真っ赤にしながら慌てて膝をつき、頭を下げる。

「ワグルです。ひめでんか。あらためて、ありがとうございました。ぼくを助けてくれたこと、一生忘れません」

 顔を上げた時、真っすぐにミーアを見つめるその瞳は、美しく澄み渡っていた。

「あら、お礼ならばもう十分にもらいましたし、別に忘れてしまっても構いませんわよ?」

 ミーアはおどけた様子で微笑んだ。

 それを見て、ワグルは、再び頬を赤く染める。

 ……実に、年下キラーなミーアなのであった。

「ご機嫌麗しゅう、です。ミーア姫殿下」

 遅れてそこにやってきた族長がミーアの前で頭を下げた。

「ご機嫌よう、族長さま。ワグルとは仲良くやっているようですわね」

 族長は、少しだけ照れくさそうに相好を崩した。

「すべて姫殿下のおかげに、ございます」

「そんなことはございませんけど……、ところで族長さま、少し帝国語が流暢になったのではないかしら?」

 ミーアは興味深げに族長の顔を見る。と、族長はまたしても恥ずかしげに頬をかく。

「放浪の賢者殿に教わり、少しばかり、練習してみました。ワグルも……その、帝国語の方が話しやすいようなので……」

「あら? 賢者さまにお会いできたんですのね」

「よく村の方に来られますが……、姫殿下は、お会いになれませんでしたか?」

「ええ、なにやら考え事をされているとかで、お返事をいただくことはできませんでしたわ」

 言いつつ、ミーアは切り分けられたイノシシのお肉を口に放り込む。

 熾火でジリジリ焼かれた肉は、噛みしめるたびに、口の中にジワっと肉汁が湧き出してきて、素晴らしい味だった。

 ――ああ、絶品ですわ! これもルードヴィッヒのお師匠さまと会えなかったおかげですわね。その上、わたくしに付け入る隙も見せてくれるなんて、案外甘い方ですわね。恐るるに足りず、ですわ。

 上機嫌に笑みを浮かべるミーア。けれど、そのすぐ隣で、ワグルがプリプリ怒っていた。

「ミーアさまを無視するなんて、ゆるせない……」

「ふふ、わたくしのために怒ってくれて感謝いたしますわ。でも、わたくしは別にそれでいいと思っておりますのよ、ワグル」

「え? どういうことです?」

 不思議そうな顔をするワグルにミーアは悪戯っぽい笑みを向ける。

「そのおかげでルールー族の村に寄ることができましたし、あなたの様子を見ることもできましたわ」

 それから、ミーアはワグルの頬に手を伸ばした。きょとんとするワグルの、その頬についた肉のかけらをとってあげる。

 目をまん丸くしたワグルは、再び頬を赤く染めてうつむいてしまうのだった。

 ……実になんとも年下キラーなミーアなのであった。

「ルードヴィッヒも、ご苦労でしたわね。その手際、見事ですわ」

「いえ、それより我が師に代わり謝罪いたします。姫殿下に予定外の外泊をさせてしまいました。大変、申し訳ありません」

 頭を下げるルードヴィッヒにミーアは、くすりと笑みを浮かべる。

「あら、話を聞いてもらうのに必要なことですもの。この程度、なんでもございませんわ。そうでしょう?」

 そう問いかければ、ルードヴィッヒは少しだけ驚いた顔をする。

「必要なこと……、なるほど。やはり……、ミーアさまはお気づきでしたか……」

「当たり前ですわ」

 ――ふふん、これが会談を有利に進めるための好材料であること……、ルードヴィッヒも気づいていたようですわね……。

 ミーアは、ふんすっと鼻息を荒くして、美味しいお肉を口に放り込む。

 ――さぁ、明日もわたくしのこと無視させて、さらに有利な条件を整えて差し上げますわ!

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