第五十八話 黄金の巨大ミーア像建造を阻止せよ!
ベルマン子爵領に着いたミーアは、翌日、建設中の学園の説明を受けることになった。
せっかくの機会ということで、ルードヴィッヒが視察の予定を入れたのだ。
――まぁ、いざとなれば逃げればいいですし……。
アンヌの言葉でやる気を取り戻したミーアは、少なくとも普段と変わらぬテンションで、もろもろの公務をこなしていく。
ベルマン子爵への挨拶、労いの言葉をかけ、その後、子爵の館にて、皇女の町の建設計画の説明を受ける。
「現在は、学園の建物を先に建てています。一刻も早く開校したいとのことでしたから、そのように手配しておりますが……」
「ええ、それで問題ございませんわ」
以前、会った時には卑屈な笑みを浮かべていたベルマンだったが、今は心なしか、少しばかり誇らしげな顔をしている。それは仕事にやりがいを感じている人が浮かべる笑みに似ていた。
そのすぐ隣には、赤月省から派遣された文官の姿があった。豪奢な金髪と綺麗に整えられた洒落た髭、人懐っこそうな笑みを浮かべる顔にはどこか気品があり、良家の出であることが窺える。
年のころは、ちょうどルードヴィッヒと同じぐらいだろうか……。
――あの方、どこかの貴族の家の方かしら……?
ミーアはじっくり観察してから、にっこり笑みを浮かべておく。
いずれにせよ、敵は作らないに越したことはない。笑みを浮かべるだけならば無料である。文官は、ちょっと驚いた顔をしつつも、ベルマン子爵の説明を受け継ぐ。
「校舎と学生が暮らす寮を優先して建設中です。近隣のルールー族の協力を得て、静海の森の木によって校舎を建てています。姫殿下のお気に入りの木材であるとお聞きしておりますが……」
そう言って、ミーアの頭に目をやった。そこには、ルールー族の少年からもらったかんざしが、今もつけられている。
「それは良いですわね……。さぞかし美しい校舎になるでしょう」
静海の森の木は削って磨けば虹色に輝く。淡く輝く校舎を想像して、ミーアは満足げに頷いた。
基本的に、お金をかけた豪華な建物などにはさほどこだわらないミーアなのだが、だからと言って美しいものが嫌いというわけではないのだ。
っと、そんなミーアに、ベルマンが話しかけてきた。
「姫殿下、こちらも見ていただきたいのですが……」
差し出されたのは一枚の羊皮紙だった。
「はて、なんですの?」
そうして、手を伸ばそうとしたミーアはふと気づく。
得意げな顔をするベルマン、のすぐ後ろ……。苦り切った顔をして立つ文官の姿に……。
――なんだか、嫌な予感がいたしますわ……。
そう思いつつ、羊皮紙に目を落としたミーアは、ぽっかーんと口を開けた。
「こっ……これは?」
「はい! ミーア姫殿下の巨大黄金像です!」
「きょっ、巨大……黄金像……ですの?」
その響きに、頭がクラっとする。
「はい。高さは白月宮殿の尖塔ぐらいの高さにしようと考えております」
それ、いくらかかるのかしら……? などと、それだけでげっそりしてしまうミーアであったが、それに気づかず、ベルマンは続ける。
「しかも、内部は空洞になっていて、中に入ることができます」
「なっ、中に、ですの?」
ミーアは急いで、羊皮紙をめくる。と、そこには、巨像の内部の設計図が綿密に書き込まれていた。
「はい。目と口のところから外の景色を見られるようになっております」
「へ、へー、そうなんですのね……」
「夜は、そこから光を放てるようにしようかと考えております。ただ、これを建てるにはいささか資金の方が足りないのです。そこで姫殿下、ここはぜひ……」
「……あー、却下ですわ」
力なく言って、ミーアはため息を吐いた。
――そんな無駄遣いしたらルードヴィッヒに怒られてしまいますし……、いや、それ以前に、それ、ちょっと悪趣味すぎないかしら……。
夜になると、目と口から光を放つ黄金の像を想像し、その顔がほかならぬ自身のものを模していることを想像し……ミーアは背筋を震わせる。
――この方……、以前のかんざしの時にも思いましたけど、いささか趣味が悪いようですわね。
「なっ、なぜです? 姫殿下、もしも、それが完成すればこの帝国一の名物になりえるでしょうに……」
「なぜって……」
理由を説明しないとわからないのか、とミーアは内心でため息を吐く。
いちいち納得させるのも面倒だし、命令で済ませてしまおうか……などと油断していたミーアであったが……。
「もし資金的に難しいようでしたら、皇帝陛下に相談させていただこうかとも思っております」
「……絶対にやめていただきたいですわ」
ミーアは即座に言った。
――っていうか、お父さまが聞いたら、絶対にノリノリで特別増税とかやりますわ! わたくしを模した金の像を建てるために増税とか、民に恨まれること疑いようもありませんわ。
しかし、目の前の男、ベルマンは、ここでミーアがやめろと言っても、皇帝に直訴する可能性が非常に高い。ここはなんとしてもベルマンを説得しなければならない。
ミーアは痛む頭を懸命に働かせて、言いくるめに移る。
「ベルマン子爵、あなた、心得違いをしておりますわ」
「心得違い、ですか? それはどういう……?」
「わたくしの栄光とは、すなわちこの学校に通う生徒たち。そして、ここから巣立っていった者たちが生み出す数多の功績ですわ! ですから、黄金の像などを建てるお金があれば、むしろ生徒たちにもっとお金をかけたいと思うのです」
堂々と胸を張り、ミーアは言い放つ。
――まぁ、数多の功績というか、具体的に言えばセロ・ルドルフォンの生み出す新型の小麦が目的ですけど……。
などと、心の中で付け足しながら。
「そのようなものにですか……? しかし」
「考えてもみなさい、この地にそれを建てたところで、その輝きは、ここを訪れた者しか目にできないのです。けれど、ここを出た生徒たちが目覚ましい活躍をすれば、やがてその名声は、大陸中を席巻することになるでしょう。世界で活躍する英才、それを育んだのは帝国初の学園都市、そして、その都市があるのが、ベルマン子爵領ということになりますのよ? それって、とても素敵だと思わないかしら?」
「なるほど……、人は王城、人は城壁、ですか……」
ふいに、ミーアの耳に小さなつぶやきが入ってきた。
声の方に視線を向けると、先ほどの文官が興味深げにミーアの方を見つめていた。
「なんですの? それ?」
「おや? ご存知なかったですか? 東方の有名な国王の言葉です。いかに立派な城を建てようと、人がいなければ意味がなく、人を大切にしていれば、時に人は城のように堅固に、城壁のごとく強硬に守ってくれる。そのような意味なのですが……」
ミーアは一瞬、もちろん知っていると答えようとした。けれど、寸でのところで踏みとどまる。
ミーアの嗅覚が、なにやら危険な臭いを察知したのだ……。
――頭の良い者の前で知ったかぶりをするのは危険ですわ。この方、なんだか、ルードヴィッヒとかと同じ臭いがいたしますし……。ここは……。
ミーアは取り澄ました顔で言った。
「まったく知りませんでしたわ。あなた、博識ですのね」
「いえ、私などは……」
首を振る文官。なにか考えているようなその様子が気になったミーアだったのだが……。
「なるほど、さすがはミーア姫殿下……。そのご見識、心から感服いたしました」
などというベルマンの言葉に満足してしまい、追及することはなかった。
こうして、なんとか黄金巨大像計画を阻止したミーアであったが、学園には後日、ベルマンによって、別の像が建てられる。
ベルマンの依頼を受けたルールー族の精鋭によって作られたその像は、大きさこそそれほどではないものの、素晴らしい出来であったという。
静海の森の木を削って作った像は、ミーアと一角馬とが戯れる姿を象ったもので……。
たまたま、妄想癖が激しい某お抱え作家がそれを見てしまい、胸に燃える熱い妄想の炎に油を注がれた挙句、皇女伝がより一層過激なものになってしまったりもするのだが……。
まぁ、それはどうでもいい話なのであった。