第五十話 ミーア姫、政治を語りだす
そんなこんなで、無事にベルと合流した一行は、そのまま新月地区へと向かった。
上機嫌に、鼻歌交じりにスキップするベルを見たミーアは少しばかり心配になった。
「ところで、ベル。ちょっといいかしら?」
「はい? なんですか、ミーアお姉さま」
きょとんと首を傾げるベルに、ミーアはひそめた声で言う。
「実は、新月地区の教会でルードヴィッヒたちと合流することになっておりますの」
「えっ!? ルードヴィッヒ先生にお会いできるんですかっ!?」
思わずといった感じで、ぱぁあっと顔を輝かせるベルに、ミーアは釘をさしておくことにする。
「それで、一応注意しておきますけど……くれぐれも、不用意なことは言わないようにすること」
「不用意なこと……? どんなことでしょうか?」
「たとえば、未来に関することとかですわ」
そう言うと、ベルは、あはは、とおかしそうに笑った。
「もう、ミーアお姉さま、そんなこと言われるまでもないです。お姉さまのお邪魔になるようなことは、絶対言いません!」
言い切るベルである。
前夜、エリスに語ったことは、すでに記憶の彼方に放り投げている。ベルの記憶の彼方は、ベルの肩でも届く程度の距離にあるのだ……。
実にミーアの孫なのである。
「よろしい。殊勝な心掛けですわ」
偉そうに頷いたミーアは、ふと、周りの町並みに目をやって首を傾げた。
「それにしましても、この辺りも随分と活気が出てきましたわね……」
少し前までは、多少は清潔になったものの、まだまだ貧困地区の雰囲気の残っていた「新月地区」だが、今では、往来に露店の並ぶ活気あふれる地区に様変わりしていた。
なるほど、雑然と並ぶ露店の中には怪しげなものも多く、さすがに買ってみようとは思わないが……。その洗練されていない、どこかいかがわしくもある空気が、逆に帝都の他の地域にはない活気を生み出しているかのようだった。
「なんでも、ルードヴィッヒの旦那が特区だかに指定したとかで。安く商売ができるってんで、商人たちが集まってきてるみたいですぜ」
さりげなく、ミーアたちをかばう位置を歩いているバノスが、豪快な笑みを浮かべながら説明してくれる。
「特区……、あ、もしかすると、ここってミーア大通り……」
「ミーア大通り……?」
不穏な単語を聞きつけて、ミーアは素早くベルに耳打ちする。
「なんですの? それは?」
「あ、はい。帝都名物の場所だったみたいです。いっつもお祭りをやってるみたいな場所だったんだって聞きました。ミーア焼きっていう、ミーアお姉さまを象ったお菓子が有名みたいで……」
「……ミーア焼き」
なんだか、火あぶりにされる自分の姿を幻視するミーアである。
「頭の方にクリームがたくさん入っているので、頭からかじる派と最後まで頭をとっておく派にわかれるんだって、エリスか……さんが言ってました」
「頭からかじる……」
ミーアは頭がなくなった自分を想像し、次に、頭だけ残された自分の姿を想像した。
――なんだかギロチンを彷彿とさせて不吉ですわ……。これはルードヴィッヒに言って、早めに禁止にした方が……。
「えへへ、ボクも一度だけ食べたことがあるんですけど、独特の香ばしさと甘いクリームがとっても美味しいお菓子でした」
「お、美味しいんですの?」
「はい。もう、ほっぺが落ちちゃうかと思いました」
手をぶんぶんさせるベルを見て、ミーアは、ふむ、と鼻を鳴らした。
――まぁ、民衆が盛り上がっているところを邪魔するのも野暮というもの。今回は大目に見ることにいたしましょう!
ミーアは心が広いのだ。
断じて、そのお菓子を自分も食べてみたいから、というわけではない。
「ねぇ、ベル。そのお菓子って、いつぐらいに完成したものなのかしら?」
……食べてみたいから、というわけではない。たぶん。
そうこうしているうちに、一行は教会に到着した。
ルードヴィッヒとは、ここで待ち合わせることになっている。
「ルードヴィッヒは、少し遅れてくると言っておりましたし、先に神父さまと話を進めておきましょうか」
そうつぶやいてから……、ミーアはベルの方に目をやった。
――ベルもティアムーン帝室に連なる身……。政治のことも少しは学んでおく必要がありますわね。
ちょっと抜けたところのある孫娘を見ていると、なんだか心配になって……、お祖母ちゃん心が刺激されてしまうミーアである。
「ベル、一つ教えておいてあげますわ」
「はい! なんでしょう、ミーアおば……お姉さま」
言い間違えかけたのは、自分に偉大なる祖母としての威厳があるからに違いない、と頭の中で解釈して、スルーするミーア。ミーアのスルースキルは意外にも割と高い。
「わたくしたちは、これから、神父さまにお願いに行くのですけど……、基本的に誰かにお願いをする時には、贈り物を持っていくと話が円滑に進みますわ」
そう……ミーアが立てた神父篭絡のための作戦。それは一言で言ってしまえば贈り物。すなわち賄賂である。
極めてありがちな作戦……にもかかわらず、ミーアは偉そうに胸を張る。
「ベル、よく覚えておきなさい。政治というのは綺麗事だけでは済まないもの……。ちょっとした贈り物で話し合いを円滑に進められるのであれば、むしろ積極的にすべきであるとわたくしは考えますわ」
「なるほど! 勉強になります。ミーアお姉さま」
そんなミーアをキラキラ、尊敬のまなざしで見つめるベル。
「ところで、あの兵士の人が持ってるのが、その賄賂なのですか?」
ベルが視線を向けた先、護衛の兵士が抱えているのは四角い布に包まれたものだった。




