第四十九話 ミーア姫、気を利かせる
ルードヴィッヒと面会した翌日のこと。
ミーアはベルたちとともに、新月地区に向かうことになった。
どうやら、ルードヴィッヒの師匠は住居不定らしく、すぐには居場所が分からないらしい。
なので、学園長のことはとりあえず置いておいて、ほかの講師探しをすることになったのである。
「でも、探すといっても、難しいんじゃないかしら……」
そう首を傾げるミーアに、ルードヴィッヒは、
「そうですね……。もしよろしければ、新月地区の神父さまに相談してみるのはいかがでしょうか?」
「まぁ、神父さまに?」
一瞬、首を傾げるミーアだったが、
「なるほど……。確かにそうですわね……」
すぐに理解の頷きを返す。
貴族の影響を受けにくい知識層として、確かに中央正教会は検討の余地がありそうだった。
「もともと教会は学校をやっているところもございますし……。そのノウハウを活用できるかもしれませんわね。とすると……ふむ、学園には広く一般民衆も受け入れるつもりでしたけど、教会孤児院で保護している子どもなども何人か受け入れるというのはどうかしら……」
そうすれば資金の供給先として貴族たちだけでなく、中央正教会もあてにできるかもしれない。
などと早くも皮算用を始めたミーアだったが、ルードヴィッヒは若干渋い顔で口を開いた。
「もっとも、少しだけ難しいかもしれませんが……」
「はて? なぜですの? あの神父さまならば快く引き受けていただけるように思いますけど……」
「ミーア姫殿下のお考えを実現するために、私はセントノエル学園を引き合いにして、各貴族家に呼びかけました。セントノエル学園に匹敵する学園都市を帝国内にも、と……」
「ええ、それは知っておりますけれど……」
説明を受けていたミーアは、その必要性がきっちりわかっている。
貴族たちの愛国心を煽り、より多くの資金を供出させる。
結果としてミーアの学園都市計画は、資金面においては、まず安心できるだけの状況にあるのだ。
「あの時はそれが最善だと判断していました。けれど、セントノエル学園は中央正教会の聖地、ヴェールガ公国に建つ権威ある学園です。しかも、ミーア姫殿下は、事情はどうあれ、聖女ラフィーナさまを蹴落として、セントノエル学園の生徒会長になられた。その中央正教会の協力を得るのは……、なかなか難しいかもしれません」
「あぁ……」
そこまで言われて、ミーアは気づく。
自分は、あの神父に嫌われそうなことを、結構やっているということに……。
――というか、あの神父さまって、熱狂的なラフィーナさまファンではなかったかしら……?
であれば、いっそラフィーナの協力を仰いでは……などと思うのだが、今回の場合はその手も使えない。
なぜならそれは、下手をするとラフィーナの慈悲を仰いだと、他の貴族にとられかねないからだ。
そうなると、孤児院の子どもたちに枠を設けるのも、ラフィーナに慈悲を求めた結果、枠を無理やりにねじ込まれた、ととられかねない。
学園都市計画に反対する者たちにも、攻撃材料となりかねない。
ティアムーン帝国対ヴェールガ公国という構図で競争心を煽った以上、協力をお願いできるのは、あくまでも帝国内の教会組織に限られる。安易にはラフィーナには頼めないのだ。
それがわかっているからこそ、ルードヴィッヒも渋い顔をしているのだろう。
正直、ミーアとしては、面倒だなーという感じなのだが……、そうも言っていられない。
ベルマン子爵の例を引くまでもなく貴族とはプライドに生きる者。今回は特にそのプライドに訴えかけて資金を出させた以上、無視するわけにもいかない。けれど……。
――まぁでも、ラフィーナさまを相手取った時よりよほど気が楽ですし……。ともかくできる限りの準備をしていけばなんとかなるのではないかしら?
幾度となく絶望的な経験を乗り越えてきたミーアは、この程度でへこたれたりはしないのだ。
一晩寝ずに作戦を考える……どころか、一晩ぐっすり寝て……寝ぼけ眼でぼけーっと朝食を食べている時、ミーアは唐突に思い出した。
「そうですわ! あの方は熱狂的なラフィーナさまファン。ということは例のお土産を持っていって、ご機嫌取りすれば、あるいは……!」
ミーアは神父から頼まれていたことを、きちんと忘れずにやっていた過去の自分を、思わず褒めてやりたくなるのだった。しかも気を利かせて、頼まれていた以上の……やや過剰なサービスまでやっていたのだ。
――さすがは、わたくしですわ。よく気が利く出来る女ですわ!
そうして、完璧な作戦とともにミーアは近衛を引き連れて、アンヌの実家へ向かった。
その道すがら……。
「あら? あなたは、たしか……」
ふと、隣を歩いていた皇女専属近衛兵の顔を見て、ミーアは首を傾げた。
「ディオンさんのところの、副隊長さんではなかったかしら?」
「おっ? へへ、おぼえていていただけましたか?」
熊のような巨漢の近衛兵は、照れ笑いを浮かべて頭をかいた。
「実はルードヴィッヒの旦那が皇女専属近衛兵団の増強を図るとかで……。あの時の隊のほとんどが、編入されたんでさ」
「まぁ、そうなんですのね。ぜんぜん知りませんでしたわ」
「俺たちみたいなガラの悪いのが近衛なんて、とは思ったんですがね」
と、そこで、副隊長はそっとミーアに顔を寄せた。
「どうも、厄介な連中と喧嘩してるみたいじゃないですか。暗殺ってのは、存外、防ぎにくいもんなんでね。一人でも多く腕利きが欲しいとかで」
「なるほど、そういうことなんですのね……」
「ええ、まぁ、むさくるしいかと思いますが、勘弁してくださいよ」
「とんでもない。わたくしの方からぜひお願いいたしますわ。副隊長さん」
「へへ、相変わらず気持ちいいぐらいの割り切りですね、姫殿下。もう副隊長じゃねぇんで、俺のことはバノスと呼んでもらえるかい?」
「ええ、わかりましたわ。バノス。では、道中よろしくお願いしますわね」
ミーアは上機嫌に、スカートのすそを、ちょこんと持ち上げた。
ミーアは大男との相性がいいのだ。
「あっ、ミーアさま!」
やがて、アンヌの実家に到着した。出迎えてくれたのはアンヌの弟と妹たちだった。
輝くような笑顔で迎えてくれる子どもたちに「うむ、苦しゅうない」などと、ミーアも満更でもない雰囲気であった。
「ご機嫌麗しゅうございます。ミーアさま」
「ああ、エリス。久しぶりですわね。いつも、あなたのお話、楽しんで読ませていただいておりますわ」
「えへへ、ありがとうございます。ミーアさま」
自身の書いた物語を褒められて、嬉しそうに微笑むエリスである。
「あ! あの、ところで、ミーアさま……。天、あ、あれは秘密だって言ってたっけ。えっと、その、そう、トクベツな馬に乗れる……っていうのは本当なんですか?」
「特別な馬……ですの?」
はて、なんのことかしら? と首を傾げるミーアだったが……。
「ああ、特別な……。そうですわね、確かに特別な馬にも乗ったことがありますわ」
セントノエルの馬術クラブでは、いろいろな馬を飼っている。
基本的には戦場で乗るようなゴツイ馬がメインではあるのだが、その他にも速く走ることを目的とした種類の馬(体力があるため、伝令に使われるらしい)や、一見すると仔馬のような小さな種類もいる。
――あのちっちゃい馬なんかは、わたくしも知らなかったですし、特別な馬といえますわね。すごく可愛かったですわ……。
などと、思い出していると……。
「やっぱり……そうなんだ……」
なぜだろうか。エリスは瞳をきらっきらさせながら、ミーアに頭を下げた。
「あの、ミーアさま、お忙しいことは重々承知していますが……、その、もしもお時間がある時は、特別な馬に乗った時のお話を聞かせていただけないでしょうか?」
「そんなこと聞いてどうするんですの?」
「もちろん、参考にします!」
――ああ、確かに、エリスの書いてる物語には王子が乗る馬とか出てきますし……。馬に乗るとどんな感じか、とか聞きたいんですのね……。
納得顔で頷くミーアは……
――ということは、普通に馬に乗った感じをお話しするのでは面白くないでしょうね。草原を駆け回るようなスピード感がきっと大事ですわ。まるで、飛んでいるかのような、スピード感……。ふむ、少しオーバーにお話ししてあげた方が迫力があっていいですわね!
エリスの書く物語を面白くするため、しっかりと気を利かせる。
ミーアは気が利く出来る女なのである!
……こうして、偽史皇女ミーア伝の完成が、また一歩近づいたのであった。