第四十七話 ルードヴィッヒ、感動に打ち震える!
「グリーンムーン家はもともと平民軽視の傾向が強くありましたから。貴族のみならず、平民にも門戸を開くという姫殿下の方針に対しての抗議なのではないかと思われます。残念ながらそれに賛同する貴族も多く、事態は深刻です」
帆船を保有しているグリーンムーン家は、古くから海外の国と強いつながりを持っている。
海の向こうからやってくる知識の有用性に早い段階で気付いたグリーンムーン家は、以降、積極的に学問に投資することになった。
そのような経緯から、グリーンムーン公爵は帝国内の学閥に大きな影響力を持っているのだ。
それゆえ、その影響力は決して無視できないものだった。
また、今回の場合、ミーアに不満を抱く貴族たちを糾合するための旗印に、グリーンムーン家がなっている形である。以前から、平民に対して寛容で有利な動きをしてきたミーアを快く思っていない貴族は、少なくないのだ。
バレないのであれば公爵家の方に協力したとしても、決して不思議ではなかった。
もっともそれとは反対に、心ある文官たちはミーアとルードヴィッヒの行動を支持しているため、グリーンムーン家の暗躍の情報などが、ルードヴィッヒのもとに集まってきたりはするのだが……。
「ちなみに他の四大公爵家の動向はどうなっておりますの?」
「レッドムーン家、イエロームーン家、ともに静観を決め込んでいます。ブルームーン家だけは、資金援助を申し出てくれました。かなりの額です」
「あら……それは意外ですわね……」
これは、生徒会に入ったサフィアスをよろしく、という意図がありそうだったが……。
「あるいは蛇がすり寄ってきたと見るべきかしら……。どうあれ、この際は味方してくれるというのならば、問題ありませんわ」
「ええ。ありがたいことに資金繰りは、今のところ心配ありません。建物もベルマン子爵が音頭を取って、上手く進んでいます」
「まぁ、それも意外ですわ。てっきり彼がなにか渋っているのかと思いましたわ」
心の中で、こっそりと謝るミーアである。
「それにしましても……どうしたものかしら……?」
「そうですね。説得するか、あるいは別の人材を探すか、どちらかでしょう」
ルードヴィッヒの言うのは、もっともなことではあったが、同時にそれは容易なことではなかった。
「簡単ではありませんわね。グリーンムーン家に逆らおうなんて方、そうそういらっしゃいませんし……ん? グリーンムーン家の影響力の外? はて? なにやら、最近、そんな話をどこかで聞いたような……?」
うーん、とうなり声をあげ、考え込むことしばし……。ミーアはようやく思い出した。
――ああ、そうでしたわ。ラーニャさんのお姉さんが確か植物学の先生とかでしたわね……。ペルージャン国王は、どこぞの貴族と結婚して、国のために繋がりを作りたいということでしたけれど……。わたくしの学園で講師をするということで、わたくしが頭を下げれば、少しは納得していただけないかしら?
少なくとも、どこぞの変な貴族のもとに嫁入りするよりは、よほど良い人脈であるはずと、ミーアは自分のことを評価している。それに、なにも十年も講師をやってもらおうというわけではない。
二、三年教鞭をとってもらい、その後、退職して結婚なりしてもらっても、こちらとしては構わないのだ。
その間に次の者を探してくることはできるだろうし、時間的余裕が作れるのが大きい。
――それに、セロに新型小麦を開発してもらうために、植物学を教えられる人間は必須ですわ。
なんだか、ものすごくよいことを思い付いてしまったように感じて、ミーアは思わず笑みを浮かべる。
「ルードヴィッヒ、講師候補ですが、わたくしに一人、心当たりがございますわ」
「心当たり、ですか……? それは?」
「ペルージャン農業国、第二王女……。アーシャ・タフリーフ・ペルージャン姫はセントノエルで植物学を学ばれていたとか……。そして、その知識の生かし先を探しているということですわ」
ミーアはあっさりとした口調で言って、
「わたくしの学園都市にちょうど良い人材ですわ」
自信満々に言い切った。
――ミーアさま……、やはり、そういうこと、なのか?
告げられた名、そしてその人物が習得している学問に、ルードヴィッヒは息を呑む。
農業国の姫を、植物学の講師として呼ぶ……。それが意味するところ、それは……っ!
――この帝国に巣食う≪悪しき反農思想≫と、ミーアさまは真っ向から戦おうとされているということか!
思えば、非合理な差別や迷信を一掃する一番の方法は教育だ。
ミーアは学園都市と自らの学校によって、ティアムーン帝国の最大の問題を解決しようとしているのだ。
ルードヴィッヒの体を、突如、戦慄が震えとなって駆け抜けた。
激しい感動に、鳥肌が立って仕方なかった。
――ああ、この方は……やはり、紛れもなく帝国の叡智なのだ。斜陽のこの国に天が遣わした知恵の天使なのだ……。
ルードヴィッヒの目に映るミーアの、その背には確かに月影をまとった輝く翼があった。
そのような至高の存在の指示で働けることが誇らしくて……、ルードヴィッヒは彼らしくもなく、朗らかに笑った。
「ふふ、そうでしたか……。すでに講師にちょうど良い人材に目をつけておられたとは……」
「いえ、まだ直接、声をかけたわけではございませんわ。それに、講師が一人だけというわけにもいかないでしょうし……。なにより、学園の顔である学園長のことは頭が痛いですわ」
たしかに、それはその通りだった。
当初は、帝国内でも高名な知識人として知られるバッハマン伯爵を学長に据える予定だった。
その名声に惹かれて、講師に名乗り出てくれた者も何人かいたのだ。
講師たちの上に立つ者には、やはりそれなりに知られた人間を据える必要があるのだ。
だが……。
「その件についてですが……。私に任せていただけないでしょうか」
「あら? 心当たりがございますの?」
「はい。一人だけ……。正直なところ気が進まなかったのですが……。でも、ミーアさまのお覚悟を聞いて、私も決心ができました」
「……はて? 覚悟? ま、まぁ、いいですわ。それはいったい誰なんですの?」
ルードヴィッヒはしばし目を閉じてから、静かな口調で告げる。
「私の……師匠です」