第四十四話 ミーア記念日
帝都ルナティアに到着したミーアは、早速、父のもとへ帰還の挨拶に向かった。
ちなみにリンシャとベルは、アンヌの実家でお世話になることになっている。
アンヌはミーアの専属メイドなので後ほど白月宮殿に来ることになっているが、さすがにベルを連れて城内に入るわけにはいかない。
自室で着替えたミーアは、早速、謁見の間へと向かう。が……、
――そういえば、パパと呼べとか、騒いでましたっけ……。
思い出し、微妙に気分が重くなる。
もう遠い昔のことのように思えるが……、そのせいでミーアは早めにセントノエルに行っていたのだった。
――まさか、まだそんなことを言うとは思いませんけれど……。
そこはかとなく不安を覚えていたミーアだったが……。出迎えた父は、思いのほか冷静だった。
「おお、ミーア、帰っていたか。息災なようでなによりだ」
「ありがとうございます。陛下、無事に先ほど到着いたしました」
「いつも言っていると思うが、お父さま、ないし、パパと呼ぶように」
「では、お言葉に甘えまして、お父さま。おひさしゅうございます」
この辺りは、いつものやり取りである。
とりあえず、パパ呼びを強制されることがなくって、ホッと安堵の息を吐くミーアである。
「そうか……。セントノエルは楽しいか」
「はい。最近ではラフィーナさまやシオン王子、アベル王子などとも懇意にさせていただいておりますわ。他国の貴族の方々と交流を持つと視野が広がりますし、とても楽しく過ごさせていただいておりますわ」
ミーアの学園での生活を聞いて、うんうんと嬉しそうに頷いていた皇帝だったが……、ふいにその顔が曇る。
「しかし……、お前が重用している文官、ルードヴィッヒだったか……。あの者は少しばかり咎める必要がありそうだな……」
「……へっ?」
一瞬、意味が分からず、瞳をぱちくりさせるミーアだったが……。
「皇女たるお前を呼びつけた挙句、楽しい学園生活を中断させるなど、到底、許されることではない。先日のレムノ王国での事件における功績があるから処刑にはせぬが、日の出とともに辺境の流刑地に飛ばして……」
「やめてください。お父さま。わたくし、こうして帝国に帰ってこられてむしろ嬉しいぐらいですわ。それに、必要があるから帰ってきたまでのこと。帝国皇女として当然のことですわ」
ミーアはきっぱりと言った。ここでルードヴィッヒを失ったら大変なことになる。
きちんと釘を刺しておかなければならない。
「本当にそれでよいのか? 咎める必要がないと、お前はそう言うのだな?」
「はい、その通りですわ」
大きく頷くミーアを見て、皇帝はふぅとため息を吐いた。
「そうか。お前がよいというのならば、わしは心置きなく彼を激賞することにしよう」
「…………は?」
「不思議そうな顔をするでない。わしはこれでも皇帝なのだ。お前の父であると同時に皇帝でもあるのだから、その都度、顔を使い分けねばならぬ。時には私人としての意見を飲み込む必要もあるのは、当然のことだ」
その言を聞き、ミーアは少しだけ感心した。
――お父さまって、てっきりダメな皇帝なのかと思ってましたけど、きちんと考えることは考えてるんですのね……。
思わず感心してしまうミーアだったが……。
「ゆえに、わしは皇帝として彼を大いに激賞しようと思う」
続く父の言葉に、思わず笑ってしまう。
「もう、肝心なところが間違っておりますわ。お父さま。皇帝としてではなく、わたくしの父として、わたくしが帰ってきたことを喜んでくださっているのですよね?」
「ん? 別に間違ってはおらぬぞ? ミーア。お前が帝都にいれば帝国臣民すべてが嬉しいし、お前がヴェールガ公国に行ってしまえば、帝国臣民すべてが悲しい。だから、お前がこうして帰ってきてくれるきっかけを作ったルードヴィッヒ君は、皇帝として激賞する。どこも間違ってはいないではないか?」
「…………」
心底から、当たり前のことを言いました! という様子の父親に、ミーアは頭がクラッとした。
自分が父親から溺愛されていることは知っていたミーアだったが、まさかこれほどとは……。
――なんだか……わたくしが、帝国のことをきちんと考えてくださいませ、って頑張ってお願いしたら、いろいろなんとかなってしまいそうな気がしますわね……。
危うく究極の真理に気づきそうになるミーアだったが、さすがに、そんなことはないかと思い直す。
――それにしても相変わらずですわね、お父さま……。
自分の帰還を満面の笑みで迎えてくれた父が、ちょっぴり嬉しくて、まぁまぁウザく感じてしまうミーアである。
「よし。ミーアが帰ってきてくれたから、今日はミーア記念日としよう! 今日から十日間、国を挙げての一大祭典を……」
「いえ、それはまたの機会に……」
だいぶウザく感じてしまうミーアである。
――ああ、でも……、お父さまにはベルの関係で、いろいろと泥をかぶってもらったんでしたわね……。
ラフィーナにすっかり誤解されてしまっている父を思い、ミーアは若干罪悪感を刺激された。なんとなく、父に対して優しい気持ちになってしまったミーアは、
「お父さま、国の者に祝っていただくのは、もちろん嬉しいのですけれど……。わたくし、今日は、お父さまと一緒にゆっくりディナーがしたいですわ」
そう言ってやわらかな笑みを浮かべた。
それを見た皇帝は……、
「おお……おおぅっ!」
泣いた。その瞳から、滝のように涙がダバダバ流れ落ちる。
「ミーアが……、可愛いミーアが、わしとの食事を望むと……、くぅ、なんという……。よぉし、わかった。お前のために至高の料理を用意させよう! 森を焼き払い、ちょうどいい焼き加減のウサギ肉を……」
「いえ、やめてくださいまし。普通に黄月トマトのシチューとかで構いませんから……」
大変、ウザく感じてしまうミーアなのであった。