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第四十二話 ミーアは知っている。ケーキもパンも小麦からできているということを……

 ペルージャン農業国はティアムーン帝国の南西に位置する国だ。

 国土のほとんどが農地、国民も農業関係者がほとんどというその国を軽視する帝国貴族は多い。

 農奴の末裔、ティアムーンの属国……そのような目で見る者たちすらいる始末である。

 ……けれど、ミーアは知っている。

 もしも、ペルージャンから農作物の輸入ができなくなった場合、帝国はシャレにならない状況に陥るということを。

 そして、いざという時、一番、大切なものは綺麗な絹でも煌びやかな宝石でも貴金属でもない。

 腹を満たす農作物であるということを。

――そう、わたくしは知っておりますわ。パンとケーキとが、実は同じ小麦からできているということを!

 ゆえに、パンがなければケーキを食べれば……などということは、もう言わないミーアである。

 前の時間軸、それを言ったら、ルードヴィッヒに心底呆れられたのだ。同じ轍は踏まない。

 ペルージャンの第三王女であるラーニャに対しても、失礼な態度などもってのほか。

 丁重に、最大限の礼をもって臨むミーアである。

「失礼いたします。ミーアさま、申し訳ありません。突然、押しかけてしまって……」

「構いませんわ。ただ、今はアンヌが出てしまっているので、お茶を出すことができないのですけれど……」

「あっ、ミーアお姉さま、ボクが行ってきます」

「あら? 気が利きますわね、ベル」

「えへへ」

 ニコニコと嬉しそうなベルを見て、ミーアはピンと来た。

 ――ああ、そういえば最近、ベルはあまーいホットココアにはまってるんでしたわね。飲みすぎると体に悪いから、アンヌに止められてましたけど……、もらってくるつもりですわね! ちゃっかりしてますわ。まったく、誰に似たのかしら……?

 などと思いつつ、ミーアは止めない。

 理由はとても簡単。自分も飲みたいからである。孫娘と祖母との共犯関係がここに成立した!

 ベルは、ラーニャに会釈して部屋を出て行った。

「ふふ、可愛らしいですね。妹さんですか?」

「ええ、まぁ……。そんなようなものですわ。それで、今日はどうなさいましたの?」

 ミーアはラーニャに椅子をすすめ、自らもその対面に座った。

 椅子に腰かけたラーニャは、一瞬、考え込むように黙り込んでから……口を開いた。

「実は、二番目の姉のことなんです」

「はて、お姉さま……?」

 ミーアはきょとんと首を傾げた。それから、おもむろに頭の中でつぶやきだす。

 ――ラーニャさんのお姉さんの名前……、なんだったかしら……。えーっと、あ、あ、い、い、う、う、え、お……。んー、ア行だった気がいたしますわね。あ、あ、あっ!

「たしかアーシャ・タフリーフ・ペルージャンさま、でしたかしら?」

「はい。さすがミーアさま。ご存知でしたか?」

 ラーニャは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 一方のミーアも、朗らかな笑みを浮かべる。思い出せたスッキリ感で、思わず微笑んでしまったのだ。

 ――思い出す努力が大事だと、ルードヴィッヒも言ってましたわね、確か。

 そう、ボケ防止には思い出す努力が大事なのだ。

「アーシャ姉さまは、このセントノエルで六年間学び、専門の知識を身に着けました。国をもっと豊かにしたいからって一生懸命に……。でも、父は、そのことを認めようとはしませんでした。ペルージャンのためになる国と親交を深めるために、姉に嫁入りをするようにって、言うんです」

「ふむ、なるほど……」

 それは、よくある話ではある。王族の婚儀とは、そういうものだ。

 国の行く末を視野に入れ、その上でより良い国の貴人と婚姻関係を結ぶ。

 学問や個人の能力によって国を富ませることよりは、少なくとも一般的な考え方なのだ。

 ――ふむ……、ラーニャさんの御父上のおっしゃりようは理解できますわね。

 ミーアは、なにやら厄介ごとの気配を敏感に察知しつつ、ラーニャの方を見る。

「それで、わたくしにお姉さまのことを話してくださった理由は?」

「姉の気持ちを無駄にしたくないんです。なんとか、その……ラフィーナさまに、お取次ぎいただけないでしょうか? この、セントノエルで働けるように……。それで、実力さえ認められれば、お父さまだって話を聞いてくださるはず」

 ――ああ、やっぱり、そういうことですのね……。

 ふーむ、と鼻を鳴らしてミーアは考える。

 正直なところラーニャとの関係は、ミーアにとって大切にしておきたいものだ。だから、できる限りのことはしてあげたいと思う。

 けれど、そのせいでペルージャン国王から悪印象を持たれるのは得策ではない。

 ――ラーニャさんのお願いを聞きつつ、ペルージャン国王の心証の悪化も防ぐ手立てを考える必要がありますわね……。

 うなりつつ、ミーアは腕組みする。

「ラフィーナさまにお願いするのは、問題ございませんけれど、ちなみに、姉上はどのようなことを学んでおられましたの?」

「はい。植物学を専攻しています。妹の私が言うのもどうかと思うのですが、優秀な成績をおさめていると思います」

「なるほど。植物学……」

 その時の、ラーニャの言葉をミーアが思い出すのは少し後のことになる。

 ほどなくして、ベルがホットココアとともに部屋に戻ってきて。

 さらにそのすぐ後で、焦り顔のアンヌが、帝国からの報せを手に帰ってきたため、いろいろなことがうやむやになってしまったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] パンがなければケーキを食べれば……などということは 当時の決まりでパンは決められた等級の小麦でしか作れなかった、平民が食べていいものに制限があった、などと色々あったわけですが、その制限を無視…
[良い点] 地の文さん、辛辣...!そう、ボケ防止には思い出す努力が大事なのだ。
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